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銀狐の章

閑話休題「少年 ①」

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 彼はウキウキしながら母親に手を引かれ歩道を歩いていた。
 明日は日曜日。少年は先ほど友達の家に遊びに行く約束をしたばかりだった。

 ――今日はお菓子を買いに行くんだ!

 彼の母親は毎日仕事で帰りが遅かった。
 それはいつもの事なので気にならない。
 
 父親はいない。
 
 それもいつもの事なので気にならない。
 気にしたら悲しくなる。
 だから、いつも気にしないようにしている。
 心がチクリとしたけれど気にしないようにしている。

「のぼるちゃん、今日はなんだか楽しそうね」

 母親に名を呼ばれ少年は嬉しくなった。

 ――それはママも同じでしょ!

 久しぶりのお買い物。せっかくの休みなのに母親は少年を連れて買い物に出かけてくれた。
 近所のスーパーまでの短い道のり。
 いつも一人で歩いている道が今日は輝いて見えた。

 しかし、その輝きは一瞬にして失われた。

 いつどのようにして失われたか定かではない。
 
 横断歩道。
 驚きにかを歪ませた母親。
 振り向いた時にはすでに目の前に楠間が迫っていた。
 危ないと思うよりも先にとっさに目をつぶった。

「のぼるちゃん!」
 
 車が迫る直前、目の前にあらわれる母親の姿。

 それ以降の記憶はあいまいだった。
 
 ただ風が冷たいと思った。
 ひどく寒い。
 体の震えが止まらない。
 寒さもそうだが、心の中がひどく冷たい。
 
 目の前に映る母親の姿。
 弱々しく口を動かし何かを訴えている。
 その口の動きから「ごめんなさい」とだけ読み取ることができた。
 悲しそうな母親の顔。
 きっと自分も同じような顔をしているのだろう。

 ――ママを悲しませてしまっている……

 心がひどく傷んだ。

 ――ママ、ごめんね……

 少年は――呟いた時には、もう何も感じなくなっていた。
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