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第7巻第4章 亀裂と……

ウォーレンの行方

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「どうですか、モーガン陛下は」

 アンブロシア皇国皇帝、モーガン・アンブロシアとの食事会を終えたウォーレンとエスメラルダは、城内の廊下を歩いているところだった。

「どうと言われても……俺なんかじゃすごいってことしか分からなかったよ」

「ふふふっ、まあ今のウォーレンさんならそうでしょうね。でも、それじゃだめだってことは、わかってますよね?」

「うっ…………そうだな、わかってる」

「よろしい。いずれはモーガン陛下くらいには政治に明るくなってもらわないといけないんですから、頑張って下さいね」

「あれが最低限なのか……そこまで詳しくなる必要あるのか?」

 ウォーレンの言葉に、エスメラルダは大きくため息をつく。

 エスメラルダは視線で、何を言っているんだコイツは、と言ってるのだとウォーレンにもすぐにわかった。

「いいですか? モーガン陛下は確かに優れた皇帝です。その権力とそれを実現している政治手腕は人間国家の王や皇帝の中でも上位に入るでしょう。しかし、あくまで人間国家の中では、です。人間国家の王や皇帝の上に立つ原初の魔王に求められる政治力はそれ以上なんですよ? まして、ウォーレンさんが支えたいと思っているマヤさんはその原初の魔王全員の上に立つ人物なのです。それをもう一度よく認識して下さい」

 グイグイと詰め寄ってくるエスメラルダに、ウォーレンは思わず後ずさる。

 ウォーレンには頭の痛い話だが、エスメラルダの言う事は事実なのだろうということは、ウォーレン自身も感じ取っていた。

 なぜなら、エスメラルダがその行動で証明してみせたからだ。

 事前の連絡もなく皇帝に会いに来て、そのままその日に夕食会を開かせてしまうのだ。

 これはエスメラルダが、その主である原初の魔王が、アンブロシア皇国皇帝よりも権力を持っていることを意味している。

「お、おう…………すまん……」

「わかればいいんです。それに、最初は分からなくて当然です。私も最初は散々でしたから」

 今でこそセシリオの妻兼副官として各国の首脳と高度な政治的やり取りをこなしているエスメラルダだが、何も最初からそうだったわけではないのだ。

「話していなかったかと思いますが、私は初め、リオに奴隷として買われたんですよ」

「奴隷? エスメラルダさんがか? 信じられんな」

「そうでしょうね。なにせもう数百年も前のことですから」

「数百年…………なあ、エスメラルダさんって一体いくつ――いててででっ」

 エスメラルダは指先とウォーレンの頬の空間を繋げてウォーレンの頬を思い切りつねる。

「女性に気安く年齢を尋ねるものではありませんよ?」

「ごふぇんなぁさぃ」

「奴隷としてリオと出会った私は、とにかく必死でした。なんとか役に立とう、役に立って長く生かしてもらおう、と」

「エスメラルダさんにもそんな頃があったんだな」

「ええ。今にして思えば、あの頃の私は全く周りが見えていませんでした。そもそもリオは、用済みになった奴隷を殺すような人じゃなかった。自分のところで役に立たなくなった奴隷でも、大人になるまでは面倒を見て、読み書きも教えて、市民として開放していたんですから。でも、それが逆に良かったのかもしれません。必死にリオの言われるまま仕事のこなしていた私は、ある日リオに呼ばれたんです」

 エスメラルダはその時の事を思い出しているのか、懐かしむように目を細める。

「リオの執務室で私は、リオの空間を操る力を見せてもらいました。そして、これができれば配下にしてやる、と言われたんです」

 その日からエスメラルダは必死に空間を操る能力の訓練に励んだ。

 そして幼かったエスメラルダが二十歳になる頃、エスメラルダはついに空間と空間を繋げる能力を修得したのだ。

「そこからは…………恥ずかしいのでご想像にお任せしますが、紆余曲折を経て今の関係になった、ということです」

「なるほど……なんだかやる気なった。全くゼロから頑張ったエスメラルダさんにもできたんだ、俺も頑張らないとな」

「その意気です。それでは早速皇帝の秘書のところに行きましょう」

「え? 今からか? もう遅い時間だし迷惑なんじゃ……」

「大丈夫ですよ。彼とは昔からの知り合いですから。それに、もう約束してあるので、行かないほうが迷惑です」

 言うやいなやどんどんと城の廊下を進んでいくエスメラルダを、ウォーレンは慌てて追いかけたのだった。

***
 
「ウォーレンさんが必要、ですか」

 エメリンは集まっていた面々をぐるりと見渡す。

 そこにウォーレンの姿は無かった。

「ああ。マヤがああなった直接的な原因はウォーレンだ」

「そう、いえば、私が、マヤさん、に、言わ、れた、のも、お兄、ちゃん、の、こと、だった。兄妹、だから、離れ、離れに、なら、なくて、いい、よね、って」

「私もそうでした。私がウォーレンさんをお兄ちゃんって呼んでることが突然気に食わなくなったみたいで」

「なるほど……ルーシェ様、マヤさんとウォーレンさんに何があったかわかりますか?」

「今確認しました。どうやらウォーレンさんがエスメラルダさんと出かけるところを中途半端に見てしまったマヤさんが勘違いをしたようですね」

「エスメが? なんでうちのエスメとウォーレンが一緒にでかけてるんだ?」

「セシリオ、貴様自分の部下の行動も把握していないのか? ましてや彼女は貴様の妻だろう?」

「そんなもんいちいち確認してねえよ。エスメが俺を裏切るわけねえだろ? 不倫なんてもっとありねえよ」

「しかし、本当にどうしてお兄ちゃんとエスメラルダさんが一緒に?」

「少々お待ちを……なるほどなるほど……どうやらウォーレンさんがもっとマヤさんの役に立てるように、政治や国の運営のことを勉強したいということで、各国の要人と繋がりのあるエスメラルダさんの仲介で王やその秘書にあって色々教わろう、ということになったようですね」

「それで2人は一緒に……」

「そして、それ、を、マヤ、さんが、見かけ、て、誤解、した、と」

「はあ……ウォーレンめ、なんとも間の悪いやつだ」

 マッシュはやれやれと頭を振る。

「しかし、これで解決策が見えた。ウォーレンを連れてマヤのもとに戻り、誤解を解けばそれでよいというわけだ」

「そうですね。やっぱりシロちゃんの言った通り、マッシュさんがカギでしたね」

 エメリンはマッシュの頭をなでなでした。

「気安く撫でるな、と言いたいところだが、まあ一件落着したことだし、今だけは許してやろう」

 そんな1人と1匹のやり取りに、場が小さな笑いに包まる。

 この瞬間、この場にいた全員が、全ての問題は解決したと思っただろう。

 そんな、誰もが安堵したその瞬間、突然セシリオが切迫した声を上げた。

「なんだこれは!?」

「どうしたのだ、セシリオ!」

 マルコスが問うが、セシリオは答えない。

「こ、これは……!」

 続いてルーシェが何かを見たのか、目を瞠って口を覆う。

「どうしたんですか、ルーシェ様、セシリオ様!」

 エメリンの言葉にゆっくりと顔を見合わせたルーシェとセシリオは、異口同音に答えた。

「「突然現れた神々が、マヤ目掛けて一直線に進んでる」」

 大真面目に告げられた悪い冗談にしか聞こえない2人の言葉に、その場の全員から先ほどの安堵は吹き飛んでしまったのだった。
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