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第7巻第3章 決戦

誰にも言っていなかったこと

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「ねえ、まだ起きてる?」

 ルーシェにこてんぱんにやられた日の夜、マヤは隣のベッドに声をかけた。

「ん? どうした?」

 おやすみ、と挨拶を交わしてからそれなりに時間が経っている気がしたが、ウォーレンの声は以外にもはっきりしていた。

「ちょっとそっちのベッド行っていい?」

 マヤはウォーレンの返事も待たず、自分のベッドから出ると、すぐ隣のウォーレンのベッドに潜り込む。

「また潰されても知らんぞ?」

 マヤとウォーレンは恋人同士で、同じ部屋で寝てもいるのにベッドが別々なのは、同じベッドで寝ると高確率で小柄なマヤが大柄なウォーレンの下敷きになってしまうからだ。 

「寝る前には出ていくからさ」

 マヤは頭からウォーレンの布団に潜り込むと、ウォーレンの隣から顔を出した。

「で、どうしたんだ、急に」

「うーん? ちょっと、ね……」

 マヤは布団の中でウォーレンの手を探し出すと、その指に自分の指を絡める。

「マヤ……?」

 マヤがベッドに潜り込んできたので、そういうことかと思ってドキドキしていたウォーレンだったが、絡められたマヤの指先の冷たさに、ウォーレンの熱は吸い取られてしまう。

「あのね……」

 マヤはウォーレンの手を握る力を強める。

 なんでマヤがこんなに緊張しているのか、何がマヤをここまで不安がらせるのか、それは分からないウォーレンだったが、ただマヤを安心させるためにウォーレンもマヤの手を握り返した。

「ありがと……実は、さ。私みんなに秘密にしてることがあってね」

 ゆっくりと話すマヤに、ウォーレンは静かに頷いた。

「実は私、この世界の人間じゃないんだよ」

「それは、なにかの冗談か?」

 ウォーレンはマヤの言う事がにわかには信じられずそんなことを言う。

 もちろんウォーレンはマヤを馬鹿にしたわけでは無いが、だからといってこの世界の人間ではないなどと言われてすぐに信じろという方が無理な話だ。

「冗談じゃないよ。本当の話。私の本当の名前は如月真也って言うんだ。ついでに、元々は男の人なんだよ?」

 今にも泣き出しそうな顔で笑うマヤに、ウォーレンはなんと声をかけたものか分からず、その手を強く握ることしかできない。

「ある朝目が覚めたらさ、突然女の子の身体になってて、その上見たこともないところにいて、その上マッシュと一緒に囚われててね」

 マヤはそれからのことをウォーレンに話していく。

 マヤはわざとらしく明るく話しているが、ウォーレンにはそれが無理してそうしているのだとわかってしまった。

 だから……。

「もういい……っ」

 ウォーレンは話すマヤの頭を自分の胸へと抱き寄せる。

「ウォーレンさん……?」

「無理に話さなくてもいい……」

 ウォーレンの寝間着が少しずつ濡れていく。

 マヤはその時初めて、自分が涙を流していることに気がついた。

「あれ……おかしいな……?」

 マヤは涙を拭うが、それが止まるとはなかった。

「泣きたいだけ泣いていい」

 マヤは小さく頷くと、そのままウォーレンの胸を借りてしばらく泣いていた。

***

「それで、なんで突然あんなことを言い出したんだ?」

「それは……その前に、ウォーレンさん、信じてくれてるよね、私の言ったこと……」

「信じてるさ。あんなに辛そうなのまで演じきって嘘をつけるような女を好きになった覚えはない」

「もう……褒めても何も出ないからね? で、なんで今話したか、だったね」

 マヤの言葉にウォーレンは頷く。

「ウォーレンさんには、秘密にしておきたくなかったんだよ。特に、私はこの世界の人間じゃないってことと、私が元の世界では男だったってことはね」

「この世界の人間じゃない、か。なあマヤ、マヤのもといた世界はどんな世界なんだ?」

「そうだなあ……例えば――」

 マヤは現代日本のことを色々とウォーレンに話して聞かせた。

「魔法もなしにそんな文明を築いているとは、凄まじいな……」
 
「私からすれば魔法があるこの世界のほうがすごいけどね」

「その世界でマヤは男だったのか……マヤが男……」

「……っ! やっぱり、気持ち悪い? もしそう思うなら……」

 マヤが、出し切ったと思っていた涙が再び溢れそうになるを堪えながら、続きを口にしようとした瞬間、その口はウォーレンの口に塞がれていた。

 決して激しく情熱的というわけではないが、ウォーレンの優しさが感じられるキスに、マヤは静かに目を閉じる。

「気持ち悪かったら、こんなことできないだろ?」

「ウォーレンさん……」

「にしても、不安そうだった原因はこれだったんだな」

「だって……男だったんだよ? ううん、今でも心の何処かに、私は男だ、って気持ちがないわけじゃないんだよ。だから私は今だって男といえば男なわけで……」

「そんなもん誰だってそうだろ。俺にだって女みたいなところがあるぞ?」

「いや、それとこれとは――」

 マヤが言い終わる前に、ウォーレンはマヤの頭に手を乗せる。

「違わねえよ。それに、こんなに可愛い男がいてたまるか」

 ウォーレンはマヤの髪をわしゃわしゃと大きく撫で回す。

 なんだか子供扱いされた気がして、マヤは頬を膨らませる。

「もう、私は真面目に言ってるのに……」

「俺だって真面目だ。昔のマヤがどうだったか、ってことがどうでもいいとは言わないけどな、俺が好きなのは今ここにいるマヤだ。昔のマヤじゃない。だから、昔のマヤがこの世界の人間じゃなかろうが、元々男だろうが、そんなことで今のマヤを嫌いになったりしないから安心しろって」

 マヤはその言葉を聞いた途端、胸が温かくなるのを感じた。

 ウォーレンと付き合うことになってからずっとずっと心にひかかっていたものが、その温かさで溶かされていくような、そんな気がした。

「ウォーレンさん……」

「安心したか?」

「うん……」

 マヤはそのままウォーレンの腕を抱きしめるとゆっくりと目を閉じる。

「また潰されても知らないぞ?」

 注意するウォーレンに、マヤは小さく首を振ると、上目遣いいたずらっぽく笑う。

「いいの、今日は。それに、ウォーレンさんなら潰さないでいてくれるでしょ?」

「無茶なことを言ってくれるなあ、うちの彼女様は」

 心底幸せそうに笑うマヤに、ウォーレンは寝不足になる覚悟をして苦笑する。

 マヤはウォーレンの温もりの中で眠りに落ちていったのだった。
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