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第7巻第1章 聖剣の扱い方

ルーシェの実力

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「シャルルさんの準備はいい?」

 すでにマッシュとの人魔合体を終えたマヤは、強化魔法を最大にしてシャルルに相対していた。 

「ああ、いつでも大丈夫だ」

「それじゃあ遠慮なく!」

 マヤは地面を思い切り蹴りつけると、突進の勢いそのままにシャルルへと拳を叩き込む。

 シャルルがそれを交差させた聖剣で受け止めると、2人を中心に衝撃波が広がる。

 ここがルースの封印空間でなければ地面が大きく抉れていただろう。

「それにしても、あんなに強いのにまだ訓練しないといけないんですか?」

 衝撃波を遮るための防御魔法を前方に展開させながら、オリガは隣に立つルーシェに尋ねる。

「おそらくは……単純に考えて、私達原初の魔王3人分の力を持っていたはずの魔神様が命がけでなんとか退けたような相手ですから、セシリオに勝てたくらいではまだまだ足りません」

「そうですね、ルーシェ様の言うとおりです。そもそも、マヤさんもシャルルさんも1対1ではまだ私にも勝てないのですから」

「いや、それはお母さんがおかしいんだよね?」

「あはは……まあ、エメリンに勝てないのは別の問題だとして……」

 ちなみにエメリンの言っていることは冗談でもなんでもなく、セシリオを下したはずのマヤも、両手に聖剣を手にしたことで聖剣の本来の力を発揮できるようになったシャルルも、1対1でエメリンに負けている。

 オリガは、戦闘とは力だけではない、ということをエメリンとマヤ、エメリンとシャルルの戦いはよく表していたと感じた。

 もちろん力はマヤとシャルルのほうが上なのだが、戦闘の巧さが違うのだ。

 エメリンは驚くほどに戦闘の進め方が上手い。

 マヤもシャルルも、一発当たればたればエメリンを降参させるだけの攻撃を持っているのだが終始エメリンの手のひらの上で踊らされてしまい、2人共エメリンに攻撃を一発も入れられずに体力切れで負けている。

「そういえばルーシェ様、ルーシェ様はお母さんに勝てるんですか?」

「さて、どうでしょうね?」

「ルーシェ様、私の方が強いかもしれないと思われる誤魔化しはやめてください」

「うふふっ……ごめんなさい。でも、今戦えばエメリンの方が強いかもしれませんよ?」

「それはありまえませんよ……」

 セシリオ相手でもマルコス相手でも、場合によっては勝てるだろうと言っていたエメリンが、こうも明確に勝てないと言うことのは、オリガにとって意外だった。

「ルーシェ様ってそんなに強いの?」

「強いわよ。そもそも、私に戦闘を教えたのはルーシェ様なんだから」

「えっ? ルーシェ様が戦闘を? そんなふうには見えないけど……」

「まあいつものルーシェ様だけ見てたらそうでしょうね。でも、本気で戦ってる時のルーシェ様は本当にすごいのよ」

 何も怖いものなどないと思っていた母が顔を青ざめさせているのを見て、オリガは思わずルーシェの目をやった。

「オリガさん、真に受けては駄目ですよ。昔の記憶だから誇張されているんです。そんなに恐ろしくないですから、ね?」

 優しく微笑むルーシェは、エメリンが思い出すだけで顔を青ざめさせるような人物には見えなかった。

「ですよね。お母さん、いくらなんでも言いすぎなんじゃない?」

「いえ、そんなことないわ。それじゃあルーシェ様、ちょっとあの2人と戦ってみてください」

「ええ……嫌ですよー死んじゃうかもしれませんしー」

「そんなに簡単に死ぬような方ではないでしょう。ほら、お願いします」

 エメリンは魔法で無理やりルーシェをマヤとシャルルが戦っているところへ押し出した。

 押し出したと言っても、使ったのは城の門扉をぶち破る時に使う破城槌の魔法なので、そんなものをもろに身体で喰らえば全身骨折することを間違いなしなのだが、そこは流石に原初の魔王、特にダメージを受けた様子もなくマヤとシャルルのところまで押し出されていた。

「わわっ!? ルーシェさん!?」

「ルーシェ様!? 不味い、止められんっ……」

「いいでよ2人とも、それくらいの攻撃なら止められますから」

 ルーシェはシャルルの剣を下から叩いて軌道を変え、できた空間にしゃがみ込むと、マヤの拳を手の甲で受け流した。

「このままやられてもいいですが、それではエメリンは納得しないでしょうから…………はあ、仕方ありません、少しお相手願えますか、2人とも。もちろん2人まとめてで大丈夫ですよ」

「え? ……あー、うん、別にいいけど……、ルーシェさんは大丈夫なの?」

「おや、私の心配ですか? 余裕ですね」

 ルーシェは面白そうに微笑む。

「そりゃあまあこっちは2人なわけだしな。それに、マヤとの連携は過去の世界でさんざんやってきた」

「そういうこと。本当にいいんだね?」

「ええ、構いませんよ。それでは、始めましょうか」

 エメリンが言うやいなや、マヤとシャルルは目の前のルーシェに攻撃を仕掛けた。

 いや、正確には、仕掛けようとした……のだが。

「おわっ!? ええっ!? わわわわっ!? な、なにこれ!?」

「うおおお!? だ、だめだ!? だめだあああああ!?」

 すってーん、と音が聞こえてきそうなほど見事に、マヤとシャルルはその場でひっくり返るように転んだ。

「敵の前で転がってていいんですか? それっ!」

 ルーシェはマヤとシャルルの隣にしゃがみ込むと、2人にデコピンする。

 爆発音とともに炸裂したデコピンによって、2人はそのまま不自然なほどなめらかに地面を滑っていく。

「な、何が起きたの……!?」

「わ、わからん……」

「今のは、お二人の靴をものすごく滑りやすくしただけです。簡単ですが、やられると厄介でしょう?」

「ひいぃ!?」

 滑っていった先で顔を上げた瞬間目の前にいたルーシェに、マヤは悲鳴を上げていた。

「じゃあもう一度ね?」

 マヤは再びルーシェからデコピンをくらって不自然に地面を滑っていく。

 おそらくだがルーシェがマヤとシャルルの体表の摩擦を限りなくなくなるようにしているのだろう。

 その後も、マヤとシャルルは終始ルーシェに翻弄され続けた。

 マヤたちが何をしても先を見越して対策され、逆にルーシェのやることはことごとく予想外でマヤたちの対応は後手後手にまわってしまう。

 セシリオと戦ったことのあるマヤは、原初の魔王で一番強いのはルーシェかもしれない、とそう感じざるを得なかった。
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