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第6巻第3章 聖剣争奪戦

爆発の謎と立方体

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 カーリはエスメラルダが消えた後もしばらくの間、剣を構えて周囲を警戒していた。

「カーリさん、エスメラルダさんは……?」

 カーリの後ろで魔法で支援する用意をしていたオリガは、周囲を魔法で探査しながらカーリへと近づいてくる。

「おそらくだが、もうこの近くにはいない。あの瓶になにか特殊魔法か何かが封じられていたのだろう」

 カーリはエスメラルダは落ちるように消えていった地面に目を向ける。

 確かに先ほどはなんの引っ掛かりもなくするっとエスメラルダが吸い込まれていったはずの地面は、今はただの地面だった。

「別の空間に入った、とかでしょうか?」

「我は魔法に明るくないのでな……。オリガよ、逆に聞くが別の空間に入ると言うのはそう簡単にできることなのか?」

「いえ、普通の魔法使いには不可能です。基本的に魔法空間で人が生きていける環境を用意するのは難しい、というかほぼ無理なんです。ですから、別の空間にいけたとしても、すぐ死んでしまうだけでしょう」

 だからこそ魔法空間に収納できるのは生き物以外の物と、生き物でも魔力だけあれば生きていける魔物だけなのだ。

「となると、どこかに転移したか」

「確かに、それのほうが現実的かもしれません。あんな魔法が使えるくらいですから」

 空間を別の空間に繋げて攻撃したり相手の攻撃を無力化したりするなどという魔法、オリガは全く聞いたことがなかった。

 オリガは空間転移というものはキサラギ亜人王国の仲間である聖魔石の扉に変身できるルースと魔王会議の際に現れた同じく聖魔石の扉くらいにしかできないものだと思っていた。

 まさかそれを近距離かつ大きさの制限ががあるとはいえ、あんなに容易く何度もできる者がいるとは驚きだ。

「確かにそうだな。オリガ、我は念のためもうしばらくカーサの身体を借りて周囲を警戒する。その間に爆発の痕跡の確認を進めてくれ」

「わかりました」

 2人は再び爆発の痕跡を確認し始め、しばらくしてからマヤたちの方へと向かった。

***

「なるほど、爆発はそうやって起こったのか……」

 マヤはオリガから爆発が立方体の範囲に広がっていた理由の説明を受けていた。

「はい、それから、エスメラルダさんが……」

「エスメラルダさん? そういえば見てないね」

「襲って、来た。エスメラルダさん、は敵、だった」

「ええっ!? そうなの? というか大丈夫だったの?」

「2人だけじゃ危なかった」

「2人だけじゃ危なかった? もう一人いたの?」

 察しがついていてわざとそんなことを聞くマヤに、カーサの意識を押しのけてカーリが表に出てくる。

「我がおるだろうが!」

「あ、そっか、居候剣聖がいたんだったね」

 実は最近カーリのいじるのがちょっとしたブームになっているマヤは、そんなことを言う。

「いそっ!? おいマヤ! 最近我の扱いが雑ではないか?」

「そんなことないって、尊敬してるよ、初代剣聖様。居候だけど」

「居候は余計だ! 全く、お前の仲間を助けてやったのだぞ? もうちょっと感謝したらどうだ」

「あはは、ごめんごめん。それは本当に感謝しているよ。でも、エスメラルダさんってそんなに強かったの? カーサとオリガの2人がかりでもだめだったってことでしょ?」

 カーリは普段、自分は過去に死んだはずの人間だ、と言って積極的に表に出てくるようなことはない。

 それこそ旧友のデリックと手合わせする時か、マヤがからかった時くらいしか表に出てくることはなく、それ以外の時はカーサとしか話さない。

「厳密には少し違うが、まあそういうことだな。オリガは相性が悪かったのだ」

「相性?」

「ああ。エスメラルダの能力は――」

 カーリが説明してくれたエスメラルダの能力を聞いて、マヤはカーリ言う相性の意味を理解した。

 自分の周囲の一定範囲の空間を任意の空間に繋げるということは、遠距離攻撃は基本的にそのまま返されてしまう。

 中長距離からの魔法攻撃が主体のオリガにとっては、天敵と言っていい相性の悪さだろう。

「それでカーリがなんとかしたわけか」

「そういうことだ。最後はどういう原理かわからん魔法か何かで逃げられてしまったが」

「ふむ、また襲ってこないといいけど……。とにかく3人が無事で良かったよ。そうだオリガ、見てほしいものがあるんだけど――」

 マヤはオリガを、ミルズが閉じ込められていた立方体のところに案内する。

「これなんだけどさ、何だと思う?」

「何でしょうね、これ……魔力は感じるので、魔法、だとは思うんですけど……」

 オリガは立方体をペタペタと触る。

 そのまま外側を一通り触ったと思ったら、次は中に入っていき、内側からも立方体に触れていく。

「ん?」

 オリガは立方体の内側のマヤが切り取った長方形と対角の位置に来たタイミングで、妙な感覚を覚えた。

「どうしたのオリガ?」

(なんでしょう、これは……なんだか寂しいような……)

 マヤの声はすぐそこから聞こえてきているのに、寂しいというのもおかしな話ではある。

 オリガは振り返って立方体の外に目をやると、そこには中を見ているマヤの姿があった。

(なんだか、マヤさんがやけに遠くにいるような感じがしますね)

 簡単に目に見える、歩いて数歩の距離にいるはずのマヤが、なんだか随分離れたところにいるように錯覚してしまい、オリガはその原因を考える。

(目には見えていて、声も聞こえる。なのに遠く感じるとしたら)

「マヤさん、その長方形の入り口ってマヤさんが切り取ったんですよね?」

「うん、そうだよ。切り取った方も確認する?」

「いえ、そうではなくて、少し試したいことがありまして」

「なに?」

「私が中にいる状態で、その長方形を元の位置にピッタリ戻してもらえませんか?」

 オリガの意図が分からず、マヤは思わず首を傾げる。

「うん? いいけど、大丈夫? この立方体よくわからないし、くっつけたら取れなくなっちゃうかもよ?」

「その時はもう一回マヤさんにお願いします」

「まあそれはいいけど……。わかった、ピッタリ合わせればいいんだね?」

 斬るのも大変なんだからね~、と冗談っぽく言いながら、マヤは長方形を元の位置にピッタリ合わせて立方体の中にオリガを閉じ込める。

「やっぱり……っ」

 立方体が閉ざされた瞬間、オリガはマヤの魔力を全く感じなくなった。

 当然ながら、立方体のすぐ外にいる、魔王クラスの強大な魔力を感じないのだから、立方体の外の他の魔力など全く感じられない。

「この立方体は完全に魔力を遮断してるですね。だから入り口から離れると寂しい感じがしたんですか」

 オリガは魔力に敏感であるため、他人の存在も声や姿に加えて魔力で感じているところがある。

 だからこそ、魔力が感じにくくなって、マヤが遠くにいるような気がしたのだ。

「この立方体の中じゃ、どんな魔法を使っても外にはなんの影響もないでしょう。閉じ込められたら大変ですね……うん、中の魔法が外からは分からない? これって……っ!」

 オリガは爆発に残された謎の答えがようやく分かった。
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