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第6巻第1章 ドラゴンの住まう山

行方不明のステラ

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「…………さんっ…………きて…………さ……い」

「んんっ?」

 マヤはベッドの中で眠い目をこする。

「マヤさんっ! マヤさんっ! 起きて下さい!」

 ゆっくりと覚醒したマヤは、ドアの向こうから聞こえた声に眠たそうな声を返す。

「オリガあぁ? どうしたの~、こんな朝早くに」

 マヤがゆっくりと目を向けた窓の外には、まだ白み始めたばかりの空が広がっている。

 その暗さは明け方言うより夜の方が近いだろう。

「起きたんですね? じゃあ入りますよ」

 オリガは合鍵でマヤの寝室のドアを開けると、そのまま部屋の中へと入ってきた。

「おはようオリガ」

「おはようございます、マヤさん。って、そんなのんきに挨拶している場合じゃないんです」

「だろうね、こんな時間そんな格好で部屋まで来るくらいだし」

 マヤはオリガの姿に改めて目をやった。

 その服装は、薄っすらと肌が見えるほど薄いワンピースのような肌着1枚だった。

 なんでもエルフの一般的な寝間着らしく、幼児体型のオリガだけでなく、グラマラスなエメリンやクロエ、レオノルなどもこの寝間着で寝ているらしい。

「服装はいいじゃないですか、女同士ですし、マヤさんは家族みたいなものですから」

「あはは、まあ私もパジャマだし、別に気にしないけどさ。それで、何があったのさ」

「それがですね……いえ、説明は彼に頼みましょう。入ってきていいですよ」

「し、失礼します」

 マヤはおずおずと部屋の中に入ってきた人物を見て、思わず目を丸くした。

「どうしてステラさんのところの門兵くんがここにいるの?」

「実は数日前からステラ様の姿が見えなくて……」

「ステラさんが? 何かあったのかな? でも、どうしてそれで私のところに?」

「ステラ様がいなくなってしまう前、最後にお出かけになった時の行き先がマヤ様のところだと言う事でしたので、何かご存知ないかと思いまして」

「なるほど、そういうことか……」

 確かにこの門兵の言う通り、数日前にステラはキサラギ亜人王国を訪れている。

 表向きはマヤに頼まれていたオーガの情報を届けに。

 真の目的はクロエの弟たちと遊びに。

「ステラさんにはステラさんが持ってるオーガに関する文献の情報を教えてもらったんだよ。それ以外は、特に何もなかったと思うけど……」

「そうですか……わかりました、ありがとうございます。それから、ごめんなさい、こんな時間に。それでは失礼します」

「あー、ちょっと待ってちょっと待って!」

「なんでしょう?」

「まさかとは思うけど、このまますぐに帰るつもりじゃないよね?」

「いえ、そのつもりでしたが……」

 見るからに疲れ切った様子の少年門兵だったが、その瞳には強い意志が感じられた。

 ステラが行方不明となっていることが、よっぽど心配なのだろう。

「そんな状態で帰ったら倒れちゃうって」

「しかし……」

「急ぐなら私が送って行ってあげるから」

「いえ、それは申し訳ないです」

「もうすでに申し訳ないことしてるでしょ? こんな朝早くに叩き起こしてくれちゃって」

「すみません……」

「謝らなくていいから、とにかくちょっと休んでいきなって。お腹も空いてるでしょ?」

「いえ――」

 くきゅるるるるるるるるるる………………。

「……っっ」

 少年門兵は慌ててお腹を押さえるが、遅きに失する。

「お腹、空いてるよね?」

「…………はい」

「じゃあ決まり。オリガ、ちょっと早いけど朝ごはんにしようか」

「わかりました。カーサさん……はもう起きてますよね」

「そうだね。カーサはウォーレンさんと朝の鍛錬中だろうから、起きてると思うよ」

 マヤの言葉にうなずくと、オリガは着替えるために自宅へと帰っていった。

「さて、それじゃあご飯ができるまでの間、ステラさんがどこに行ったか、君たちが把握している範囲の情報を教えてくれるかな?」

 優しく微笑むマヤに、少年門兵は小さく頷いたのだった。

***

「本当にいなくなっちゃったんだね」

 マヤはステラの城の廊下を歩きながら、城全体の気配を探る。

 前に来た時はすぐにわかった、ステラの大きな魔力の気配が、今回は全く感じられなかった。

「みたいですね。どうやら、オスカーさんもいないみたいです」

「いないのは、その、2人、だけじゃ、ない。少年、兵も、ほとんど、いない、みたい」

 カーサの言う通り、城には少年兵たちの姿もほとんど見られなかった。

「もしかしてステラさんがいなくなったから、みんな逃げ出した、とか?」

「そんなわけありません!」

「うわっ!? びっくりしたぁ……どうしたの急に……」

「ご、ごめんなさい! つい……」

「いや別にいいけどさ。でも、そんなわけないってどういうこと?」

「僕たちがステラ様から逃げるわけがない、ってことです」

「そうなの? 私はてっきり、なにか事情があって無理やり働かされているのかと……」

 ステラはお願いごとがあるなら小さい男の子を貢ぎ物として持ってこい、などという魔王である。

 弱みを握った家族から子どもを差し出させていてもなんの驚きもない。

「違います。僕たちは元々親が死んでしまったり、親から捨てられたりして身寄りがなかったんです。それをステラ様が拾ってくださったんです」

 少年門兵が言うには、ステラは身寄りのない少年たちを拾ってきては、この城の兵士として雇っているらしい。

 そして、雇っている間に最低限の読み書きなどの教育を施して、ステラの好みの年齢を超えたらどこか他の場所で働いて生きて行けるようにしているというのだ。

「なにそれステラさんめちゃくちゃいい人じゃん」

「ええ、ステラ様は僕たちにとって命の恩人なんです。だから、もしステラ様になにかあったらと思うと……」

 涙ぐむ少年門兵の頭を、マヤはぽんぽんと撫でてあげる。

「安心しなよ。ステラさんだって魔王だから、きっと大丈夫だよ」

「マヤ様……はいっ! きっとそうですよね、ステラ様はお強いですし、オスカー様もご一緒のようですし」

「それはどうでしょうか?」

「誰!?」

 突如として響いた女性の声にマヤはとっさに少年門兵を背に庇い、周囲を警戒する。

「やっと、出てきた」

「そうですね。敵意が感じられなかったので放置しておきましたが」

 警戒するマヤとは対照的に、オリガとカーサはその女性に気がついていたのか、特に驚いた様子はない。

「流石は伝説の副官エメリンの娘とオークの剣聖ですね。私の存在に気がついていたとは」

「ていうか、あなたは誰? 敵? 味方?」

「申し遅れました、私はエスメラルダ。一介のメイドです。敵か味方かは、あなた方のご判断におまかせします」

「まあ、この際的か味方かはどうでもいいや。それより、さっきの、それはどうでしょうか、ってどういうこと?」

「そのままの意味ですよ。ステラ様は魔王だから大丈夫、とは限らないこともある、ということです」

「魔王でも大丈夫じゃない? ステラさんはそんな危険なところに行ったの?」

「ええ。彼女はゾグラス山へ向かいましたから」

 マヤは聞き馴染みのない名前の山に、首を傾げたのだった。
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