上 下
246 / 324
第6巻第1章 ドラゴンの住まう山

行方不明のステラ

しおりを挟む
「…………さんっ…………きて…………さ……い」

「んんっ?」

 マヤはベッドの中で眠い目をこする。

「マヤさんっ! マヤさんっ! 起きて下さい!」

 ゆっくりと覚醒したマヤは、ドアの向こうから聞こえた声に眠たそうな声を返す。

「オリガあぁ? どうしたの~、こんな朝早くに」

 マヤがゆっくりと目を向けた窓の外には、まだ白み始めたばかりの空が広がっている。

 その暗さは明け方言うより夜の方が近いだろう。

「起きたんですね? じゃあ入りますよ」

 オリガは合鍵でマヤの寝室のドアを開けると、そのまま部屋の中へと入ってきた。

「おはようオリガ」

「おはようございます、マヤさん。って、そんなのんきに挨拶している場合じゃないんです」

「だろうね、こんな時間そんな格好で部屋まで来るくらいだし」

 マヤはオリガの姿に改めて目をやった。

 その服装は、薄っすらと肌が見えるほど薄いワンピースのような肌着1枚だった。

 なんでもエルフの一般的な寝間着らしく、幼児体型のオリガだけでなく、グラマラスなエメリンやクロエ、レオノルなどもこの寝間着で寝ているらしい。

「服装はいいじゃないですか、女同士ですし、マヤさんは家族みたいなものですから」

「あはは、まあ私もパジャマだし、別に気にしないけどさ。それで、何があったのさ」

「それがですね……いえ、説明は彼に頼みましょう。入ってきていいですよ」

「し、失礼します」

 マヤはおずおずと部屋の中に入ってきた人物を見て、思わず目を丸くした。

「どうしてステラさんのところの門兵くんがここにいるの?」

「実は数日前からステラ様の姿が見えなくて……」

「ステラさんが? 何かあったのかな? でも、どうしてそれで私のところに?」

「ステラ様がいなくなってしまう前、最後にお出かけになった時の行き先がマヤ様のところだと言う事でしたので、何かご存知ないかと思いまして」

「なるほど、そういうことか……」

 確かにこの門兵の言う通り、数日前にステラはキサラギ亜人王国を訪れている。

 表向きはマヤに頼まれていたオーガの情報を届けに。

 真の目的はクロエの弟たちと遊びに。

「ステラさんにはステラさんが持ってるオーガに関する文献の情報を教えてもらったんだよ。それ以外は、特に何もなかったと思うけど……」

「そうですか……わかりました、ありがとうございます。それから、ごめんなさい、こんな時間に。それでは失礼します」

「あー、ちょっと待ってちょっと待って!」

「なんでしょう?」

「まさかとは思うけど、このまますぐに帰るつもりじゃないよね?」

「いえ、そのつもりでしたが……」

 見るからに疲れ切った様子の少年門兵だったが、その瞳には強い意志が感じられた。

 ステラが行方不明となっていることが、よっぽど心配なのだろう。

「そんな状態で帰ったら倒れちゃうって」

「しかし……」

「急ぐなら私が送って行ってあげるから」

「いえ、それは申し訳ないです」

「もうすでに申し訳ないことしてるでしょ? こんな朝早くに叩き起こしてくれちゃって」

「すみません……」

「謝らなくていいから、とにかくちょっと休んでいきなって。お腹も空いてるでしょ?」

「いえ――」

 くきゅるるるるるるるるるる………………。

「……っっ」

 少年門兵は慌ててお腹を押さえるが、遅きに失する。

「お腹、空いてるよね?」

「…………はい」

「じゃあ決まり。オリガ、ちょっと早いけど朝ごはんにしようか」

「わかりました。カーサさん……はもう起きてますよね」

「そうだね。カーサはウォーレンさんと朝の鍛錬中だろうから、起きてると思うよ」

 マヤの言葉にうなずくと、オリガは着替えるために自宅へと帰っていった。

「さて、それじゃあご飯ができるまでの間、ステラさんがどこに行ったか、君たちが把握している範囲の情報を教えてくれるかな?」

 優しく微笑むマヤに、少年門兵は小さく頷いたのだった。

***

「本当にいなくなっちゃったんだね」

 マヤはステラの城の廊下を歩きながら、城全体の気配を探る。

 前に来た時はすぐにわかった、ステラの大きな魔力の気配が、今回は全く感じられなかった。

「みたいですね。どうやら、オスカーさんもいないみたいです」

「いないのは、その、2人、だけじゃ、ない。少年、兵も、ほとんど、いない、みたい」

 カーサの言う通り、城には少年兵たちの姿もほとんど見られなかった。

「もしかしてステラさんがいなくなったから、みんな逃げ出した、とか?」

「そんなわけありません!」

「うわっ!? びっくりしたぁ……どうしたの急に……」

「ご、ごめんなさい! つい……」

「いや別にいいけどさ。でも、そんなわけないってどういうこと?」

「僕たちがステラ様から逃げるわけがない、ってことです」

「そうなの? 私はてっきり、なにか事情があって無理やり働かされているのかと……」

 ステラはお願いごとがあるなら小さい男の子を貢ぎ物として持ってこい、などという魔王である。

 弱みを握った家族から子どもを差し出させていてもなんの驚きもない。

「違います。僕たちは元々親が死んでしまったり、親から捨てられたりして身寄りがなかったんです。それをステラ様が拾ってくださったんです」

 少年門兵が言うには、ステラは身寄りのない少年たちを拾ってきては、この城の兵士として雇っているらしい。

 そして、雇っている間に最低限の読み書きなどの教育を施して、ステラの好みの年齢を超えたらどこか他の場所で働いて生きて行けるようにしているというのだ。

「なにそれステラさんめちゃくちゃいい人じゃん」

「ええ、ステラ様は僕たちにとって命の恩人なんです。だから、もしステラ様になにかあったらと思うと……」

 涙ぐむ少年門兵の頭を、マヤはぽんぽんと撫でてあげる。

「安心しなよ。ステラさんだって魔王だから、きっと大丈夫だよ」

「マヤ様……はいっ! きっとそうですよね、ステラ様はお強いですし、オスカー様もご一緒のようですし」

「それはどうでしょうか?」

「誰!?」

 突如として響いた女性の声にマヤはとっさに少年門兵を背に庇い、周囲を警戒する。

「やっと、出てきた」

「そうですね。敵意が感じられなかったので放置しておきましたが」

 警戒するマヤとは対照的に、オリガとカーサはその女性に気がついていたのか、特に驚いた様子はない。

「流石は伝説の副官エメリンの娘とオークの剣聖ですね。私の存在に気がついていたとは」

「ていうか、あなたは誰? 敵? 味方?」

「申し遅れました、私はエスメラルダ。一介のメイドです。敵か味方かは、あなた方のご判断におまかせします」

「まあ、この際的か味方かはどうでもいいや。それより、さっきの、それはどうでしょうか、ってどういうこと?」

「そのままの意味ですよ。ステラ様は魔王だから大丈夫、とは限らないこともある、ということです」

「魔王でも大丈夫じゃない? ステラさんはそんな危険なところに行ったの?」

「ええ。彼女はゾグラス山へ向かいましたから」

 マヤは聞き馴染みのない名前の山に、首を傾げたのだった。
しおりを挟む
感想 7

あなたにおすすめの小説

異世界で俺はチーター

田中 歩
ファンタジー
とある高校に通う普通の高校生だが、クラスメイトからはバイトなどもせずゲームやアニメばかり見て学校以外ではあまり家から出ないため「ヒキニート」呼ばわりされている。 そんな彼が子供のころ入ったことがあるはずなのに思い出せない祖父の家の蔵に友達に話したのを機にもう一度入ってみることを決意する。 蔵に入って気がつくとそこは異世界だった?! しかも、おじさんや爺ちゃんも異世界に行ったことがあるらしい?

【完結】蓬莱の鏡〜若返ったおっさんが異世界転移して狐人に救われてから色々とありまして〜

月城 亜希人
ファンタジー
二〇二一年初夏六月末早朝。 蝉の声で目覚めたカガミ・ユーゴは加齢で衰えた体の痛みに苦しみながら瞼を上げる。待っていたのは虚構のような現実。 呼吸をする度にコポコポとまるで水中にいるかのような泡が生じ、天井へと向かっていく。 泡を追って視線を上げた先には水面らしきものがあった。 ユーゴは逡巡しながらも水面に手を伸ばすのだが――。 おっさん若返り異世界ファンタジーです。

ボッチになった僕がうっかり寄り道してダンジョンに入った結果

安佐ゆう
ファンタジー
第一の人生で心残りがあった者は、異世界に転生して未練を解消する。 そこは「第二の人生」と呼ばれる世界。 煩わしい人間関係から遠ざかり、のんびり過ごしたいと願う少年コイル。 学校を卒業したのち、とりあえず幼馴染たちとパーティーを組んで冒険者になる。だが、コイルのもつギフトが原因で、幼馴染たちのパーティーから追い出されてしまう。 ボッチになったコイルだったが、これ幸いと本来の目的「のんびり自給自足」を果たすため、町を出るのだった。 ロバのポックルとのんびり二人旅。ゴールと決めた森の傍まで来て、何気なくフラっとダンジョンに立ち寄った。そこでコイルを待つ運命は…… 基本的には、ほのぼのです。 設定を間違えなければ、毎日12時、18時、22時に更新の予定です。

欲張ってチートスキル貰いすぎたらステータスを全部0にされてしまったので最弱から最強&ハーレム目指します

ゆさま
ファンタジー
チートスキルを授けてくれる女神様が出てくるまで最短最速です。(多分) HP1 全ステータス0から這い上がる! 可愛い女の子の挿絵多めです!! カクヨムにて公開したものを手直しして投稿しています。

異世界に行けるようになったんだが自宅に令嬢を持ち帰ってしまった件

シュミ
ファンタジー
高二である天音 旬はある日、女神によって異世界と現実世界を行き来できるようになった。 旬が異世界から現実世界に帰る直前に転びそうな少女を助けた結果、旬の自宅にその少女を持ち帰ってしまった。その少女はリーシャ・ミリセントと名乗り、王子に婚約破棄されたと話し───!?

元外科医の俺が異世界で何が出来るだろうか?~現代医療の技術で異世界チート無双~

冒険者ギルド酒場 チューイ
ファンタジー
魔法は奇跡の力。そんな魔法と現在医療の知識と技術を持った俺が異世界でチートする。神奈川県の大和市にある冒険者ギルド酒場の冒険者タカミの話を小説にしてみました。  俺の名前は、加山タカミ。48歳独身。現在、救命救急の医師として現役バリバリ最前線で馬車馬のごとく働いている。俺の両親は、俺が幼いころバスの転落事故で俺をかばって亡くなった。その時の無念を糧に猛勉強して医師になった。俺を育ててくれた、ばーちゃんとじーちゃんも既に亡くなってしまっている。つまり、俺は天涯孤独なわけだ。職場でも患者第一主義で同僚との付き合いは仕事以外にほとんどなかった。しかし、医師としての技量は他の医師と比較しても評価は高い。別に自分以外の人が嫌いというわけでもない。つまり、ボッチ時間が長かったのである意味コミ障気味になっている。今日も相変わらず忙しい日常を過ごしている。 そんなある日、俺は一人の少女を庇って事故にあう。そして、気が付いてみれば・・・ 「俺、死んでるじゃん・・・」 目の前に現れたのは結構”チャラ”そうな自称 創造神。彼とのやり取りで俺は異世界に転生する事になった。 新たな家族と仲間と出会い、翻弄しながら異世界での生活を始める。しかし、医療水準の低い異世界。俺の新たな運命が始まった。  元外科医の加山タカミが持つ医療知識と技術で本来持つ宿命を異世界で発揮する。自分の宿命とは何か翻弄しながら異世界でチート無双する様子の物語。冒険者ギルド酒場 大和支部の冒険者の英雄譚。

前世の記憶で異世界を発展させます!~のんびり開発で世界最強~

櫻木零
ファンタジー
20XX年。特にこれといった長所もない主人公『朝比奈陽翔』は二人の幼なじみと充実した毎日をおくっていた。しかしある日、朝起きてみるとそこは異世界だった!?異世界アリストタパスでは陽翔はグランと名付けられ、生活をおくっていた。陽翔として住んでいた日本より生活水準が低く、人々は充実した生活をおくっていたが元の日本の暮らしを知っている陽翔は耐えられなかった。「生活水準が低いなら前世の知識で発展させよう!」グランは異世界にはなかったものをチートともいえる能力をつかい世に送り出していく。そんなこの物語はまあまあ地頭のいい少年グランの異世界建国?冒険譚である。小説家になろう様、カクヨム様、ノベマ様、ツギクル様でも掲載させていただいております。そちらもよろしくお願いします。

スライムすら倒せない底辺冒険者の俺、レベルアップしてハーレムを築く(予定)〜ユニークスキル[レベルアップ]を手に入れた俺は最弱魔法で無双する

カツラノエース
ファンタジー
ろくでもない人生を送っていた俺、海乃 哲也は、 23歳にして交通事故で死に、異世界転生をする。 急に異世界に飛ばされた俺、もちろん金は無い。何とか超初級クエストで金を集め武器を買ったが、俺に戦いの才能は無かったらしく、スライムすら倒せずに返り討ちにあってしまう。 完全に戦うということを諦めた俺は危険の無い薬草集めで、何とか金を稼ぎ、ひもじい思いをしながらも生き繋いでいた。 そんな日々を過ごしていると、突然ユニークスキル[レベルアップ]とやらを獲得する。 最初はこの胡散臭過ぎるユニークスキルを疑ったが、薬草集めでレベルが2に上がった俺は、好奇心に負け、ダメ元で再びスライムと戦う。 すると、前までは歯が立たなかったスライムをすんなり倒せてしまう。 どうやら本当にレベルアップしている模様。 「ちょっと待てよ?これなら最強になれるんじゃね?」 最弱魔法しか使う事の出来ない底辺冒険者である俺が、レベルアップで高みを目指す物語。 他サイトにも掲載しています。

処理中です...