上 下
245 / 324
第6巻 プロローグ

エスメラルダ

しおりを挟む
「セシリオ様」

「おっ、おかえり、早かったじゃねーの」

 適当に作った空間でくつろいでいたセシリオは、やってきたメイドに軽く手を上げる。

 エメラルドグリーンの髪を1本の三つ編みにまとめ、えんじ色を貴重としたメイド服に身を包んだその女性は、紫紺の瞳をジト目にしてセシリオに向ける。
 
「なぜいつも部屋にいてくださらないのです? 今日も探すのに苦労いたしました」

 メイドは首から下げている白銀の鍵を鍵を弄びながら文句を言う。

 セシリオを咎める口調ながら、その女性はそこまで怒った様子ではない。

 おそらく毎度のことなのだろう。

「いいじゃんか別に。俺が他の空間にいても見つけられるようにエスメラルダには鍵を渡してるだろ?」

「そういう問題ではありません。そもそも、この鍵だってセシリオ様が作ったどこかの空間に繋がるというだけで、今セシリオ様がいる場所に繋がるものじゃないんですよ? 私がいくつの関係ない空間を確認したと思っているんです」

 大きくため息をつくエスメラルダに、セシリオは降参だというようにと手を振った。

「あーもう、分かった分かった。これからがエスメが来そうなときは部屋にいるようにする。これでいいだろ?」

「そうしてください。それと、エスメラルダです、勝手に略さないで下さい。まったく……」

「相変わらずつれないねえ」

 エスメラルダは仕事もでき、戦闘もこなせ、容姿も美しいのだが、真面目にすぎるのが玉に瑕だった。

「それはそうと、お前が俺のところに来たってことは、例の聖剣の在り処がわかったってことだな?」

「はい。魔王ステラ様の城に忍込み文献確認したところ、聖剣に関する記述がある文献をお持ちでしたので、少々盗み見させて頂きました」

「相変わらず脇が甘いなあステラちゃん。まあ、ステラちゃんらしいっちゃらしいが」

 エスメラルダは優秀だが、別に本職のスパイなどではない。

 そのエスメラルダに侵入されるというのは、魔王としてどうなのだろうか、と思わなくないセシリオだった。

「近くの街で親しくなった男の子たちを城に向かわせたところ、そちらに気を取られて私の侵入には気がついていなかったようです。男の子が好きだというのは本当だったのですね」

「あー、まあそれは、うん、本当だ。黙ってりゃいい女なんだけどな……」

「なるほど、セシリオ様はステラ様のような女性がお好みですか」

「まさか。一般論でいい女だってだけだよ。それで、エスメが盗み見た文献には何が書いてあったんだ?」

「エスメラルダです。文献によると、最後に聖剣を持っていたオーガの王族は、ゾグラス山へ向かい、それきり帰らなかったそうです」

「ゾグラス山、か」

「龍種がいると言われておりますが、何かご存知なのですか?」

「昔少しな。しかし、俺たち原初の魔王を殺せる力を得るとか言われてる聖剣が何でなくなったりしたんだと思ってたが、ゾグラス山なら納得だ」

「それほど危険なのですか?」

「ああ。といっても、大概のドラゴンどもは大した強さじゃないんだがな。四皇とか名乗ってるドラゴンとそいつら四皇の上に君臨する龍帝、この5匹が化け物なんだ。龍帝は俺より強いかもしれねえからな」

「それは、恐ろしいですね」

 セシリオへの当たりが強いエスメラルダだが、決してセシリオのことを侮っているわけではない。

 むしろ、セシリオが戦うところも何度も目にしているエスメラルダは、誰よりもセシリオの強さを、その力の強大さを理解していた。

「戦ってみたことはあるわけじゃないからな、あくまでもかもしれない、ってだけだ」

「でも、危険なのでしょう?」

「それはそうだ。そうだなあ、デリックの旦那やマヤちゃんみたいに戦闘向きの能力を持った魔王なら大丈夫だろうが、ステラちゃんが行ったらやばいだろうな」

「なるほど……そうなるとステラ様が少し心配ですね」

「どうしてだ? ステラちゃんは別に聖剣を探してないんだろ?」

「いえ、それが……」

 エスメラルダは、聖剣に関して別の文献に書いてあった効果を説明する。

「所有者の老いを止める、ね。確かにステラちゃんが好きそうな内容だ」

「どうしましょうか?」

「どうするって?」

「止めに行ったほうがいいのではないでしょうか」

「ステラちゃんをか?」

「そうです」

「いや、それは別にいいだろ」

「でも、危ないんですよね?」

「危ないだろうな。だがそれがどうした? 別に俺がステラちゃんを助けてやる義理はないだろう?」

「それは……そうかもしれませんが……」

 なにか言いたげなエスメラルダの様子に、セシリオは大きく息を吐くと頭を掻いた。

「はあ。要するにエスメ、お前はステラちゃんを止めてやりたいんだな?」

「…………はい。それと、エスメラルダです」

「まったく、お人好しがすぎるというかなんというか……」

「ダメ、でしょうか?」

「いや、いいんじゃねえか? 俺もお前がそういう奴だって知ってるからそばにおいてるんだしな」

 セシリオはエスメラルダにちょいちょいと手招きをする。

「?」

 不思議そうにしながらも手招きされるままに近づいて来たエスメラルダを、セシリオはその細い腰に手を回して抱き寄せた。

「ど、どうしたんですか、急に」
 
「俺が俺の可愛いメイドを抱き寄せるのに、理由なんて必要か?」

「いいえ、セシリオ様がお望みとあれば」

 頬を染めたエスメラルダは、潤んだ瞳でセシリオを見上げる。

「ばーか、このタイミングでそんなことするわけねえだろ?」

「え? いたっ」

 セシリオはエスメラルダに顔を近づけると、エスメラルダでの額に自身の額をコツンと軽くぶつけた。

 セシリオに至近距離で目を見つめられたエスメラルダは、鼓動が早くなるのを感じた。

「いいか? エスメ、お前が俺の裏切ることにならないと、お前がそう判断するなら、後はお前の好きにするといい」

「エスメラルダです。でも、それって……」

 セシリオはエスメラルダの腰に回していた腕を解き、身体を離す。

 そのままエスメラルダの頭をポンポンと撫でる。

「そういうことだ。ステラちゃんでも誰でも、お前が止めに行きたいなら行ってこい」

 セシリオはいうだけ言うと、セシリオとエスメラルダの間に空間を生み出し、遥か彼方へと離れて行ってしまう。

「あなたという人は……ありがとうございます、セシリオ様」

 セシリオに撫でられた頭にそっと手を添えながら、エスメラルダはもう姿が見えなくなってしまった主へとお礼を言ったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

~クラス召喚~ 経験豊富な俺は1人で歩みます

無味無臭
ファンタジー
久しぶりに異世界転生を体験した。だけど周りはビギナーばかり。これでは俺が巻き込まれて死んでしまう。自称プロフェッショナルな俺はそれがイヤで他の奴と離れて生活を送る事にした。天使には魔王を討伐しろ言われたけど、それは面倒なので止めておきます。私はゆっくりのんびり異世界生活を送りたいのです。たまには自分の好きな人生をお願いします。

婚約破棄され逃げ出した転生令嬢は、最強の安住の地を夢見る

拓海のり
ファンタジー
 階段から落ちて死んだ私は、神様に【救急箱】を貰って異世界に転生したけれど、前世の記憶を思い出したのが婚約破棄の現場で、私が断罪される方だった。  頼みのギフト【救急箱】から出て来るのは、使うのを躊躇うような怖い物が沢山。出会う人々はみんな訳ありで兵士に追われているし、こんな世界で私は生きて行けるのだろうか。  破滅型の転生令嬢、腹黒陰謀型の年下少年、腕の立つ元冒険者の護衛騎士、ほんわり癒し系聖女、魔獣使いの半魔、暗部一族の騎士。転生令嬢と訳ありな皆さん。  ゆるゆる異世界ファンタジー、ご都合主義満載です。  タイトル色々いじっています。他サイトにも投稿しています。 完結しました。ありがとうございました。

【完結】貧乏令嬢の野草による領地改革

うみの渚
ファンタジー
八歳の時に木から落ちて頭を打った衝撃で、前世の記憶が蘇った主人公。 優しい家族に恵まれたが、家はとても貧乏だった。 家族のためにと、前世の記憶を頼りに寂れた領地を皆に支えられて徐々に発展させていく。 主人公は、魔法・知識チートは持っていません。 加筆修正しました。 お手に取って頂けたら嬉しいです。

異世界の貴族に転生できたのに、2歳で父親が殺されました。

克全
ファンタジー
アルファポリスオンリー:ファンタジー世界の仮想戦記です、試し読みとお気に入り登録お願いします。

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

処理中です...