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第5巻 エピローグ
ジョン王子のその後
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「ふう……これで公務はあらかた片付いたな」
ジョンは執務机の椅子に体を預けると、脱力して天井を眺める。
「お疲れ様です、殿下」
「2人きりなんだから殿下はやめてよクロ姉」
「ジョンちゃんがそう言うなら。でも、ジョンちゃんもいい加減、2人きりの時もクロ姉じゃなくてクロエって呼んでほしいんだけどなあ」
「それは……なんだか恥ずかしくて。それを言うならクロ姉だって僕のことちゃん付けじゃないか」
「それは、まあ、ジョンちゃんはジョンちゃんだし」
「なんだよそれ……」
それきり沈黙した2人は、どちらともなく笑い出した。
「はははっ」
「ふふふっ」
「それにしても、まさか薬を盛られて子どもにされちゃうなんて思わなかった」
「私もびっくりしたよ。マルコス様が元に戻しくれなかったら、今頃どうなってたか」
「それもこれもマヤのおかげだもんな。また借りができてしまった」
「ねー。でもマヤさんなら無茶な要求とかはしてこないだろうし、大丈夫じゃない?」
「ならいいけど」
図書館を整備するから金と本を用意してくれとか、国家機密も国家機密な諜報機関について教えてくれとか、結構無茶なお願いをされてきた気がするジョンだったが、あえて考えないことにした。
(今回ばかりマヤがいなければどうしようもなかったのだから、多少のむちゃは聞くしかないだろうな……)
ただでさえ子どもになっている間に溜まっていた公務の処理で胃が痛いというのに、マヤからの無茶振りもあるだろうことを考えると、ジョンはますます胃が痛くなる気がした。
「それにしても、誰がジョンちゃんに薬なんて盛ったんだろうね?」
「さあな、候補が多すぎてわからん」
王家の失墜を目論む貴族か、王政から民主政への移行を求める市民の過激派か、ジョンと亜人であるクロエの結婚を良しとしない人間至上主義者か、ジョンには狙われる理由が多すぎて、犯人を推測することはできそうにない。
「確かに次期王様だもんね、ジョンちゃんは」
「それを言うならクロ姉だって次期王妃なんだからね? 十分狙われる可能性だってあるんだから気をつけてね?」
「わーい、ジョンちゃんが心配してくれたー」
クロエは嬉しそうに笑うとそのままジョンの首に手を回して抱きしめる。
クロエの美しい顔が、目と鼻の先に迫る。
「ちょっとクロ姉、まだ一応仕事中だから」
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。…………それより、マヤさんから聞いた犯人の手がかりを伝えるね」
まるで睦言をささやくように、艶のある笑みを浮かべたまま、急に真面目な話題を話し始めたクロエに、ジョンはその意図を理解した。
どこで今回の犯人の関係者が聞いているかわからないため、イチャイチャしているふりをしながら情報を伝えようと言うのだ。
「……っ!? ちょ、ちょっとクロ姉、胸、当たってるって。………………犯人の手がかり、ね。どうして僕は聞いてないのかな?」
その後も適当にイチャイチャしつつ、2人は犯人に関する情報を囁きあう。
「だってジョンちゃん寝てたから。それで、犯人についてだけど、マルコス様ではないみたい」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「マヤさんが言うには、マルコス様が自分は無関係だって言ってたって」
「嘘をついている可能性は?」
「それは私も思ったんだけど、たぶんないんじゃないかな? だってもしそうだとして、なんでマルコス様はそんなことをしたのか、って話だし」
「その上、後で自分で元に戻すんじゃ、何がしたかったのかわからない、か」
「そういうこと。だからマルコス様以外誰かが犯人ってことになるんだけど……」
「マルコス様以外に、あんなことができる者がいるのか?」
「そこなんだよねえ……一応お母さんにも聞いてみてるんだけど」
「流石にお義母様でも、僕に薬を盛ったりはしないと思うけど……」
愛娘であるクロエと結婚したことで、エメリンから何かと目の敵にされているジョンとしては、強く否定はできないのが悲しいところだった。
「いやいや、流石にお母さんは疑ってないよ。まあ、やりかねない気がしないでもないし、できちゃう気もするけど……そうじゃなくて、ルーシェ様が同じことができるのかどうかを教えてもらおうと思って」
「そういうことか。まあ何にせよ、教えてくれてありがとう、クロ姉」
「どういたしまして」
そこでイチャイチャしているふりをする必要がなくなったクロエがジョンから身体を離そうとすると、その手をジョンがぐいっと引き寄せた。
「わわっ!? どうしたのジョンちゃ、んっ!?」
そのままジョンの顔が迫って来るのにクロエが気がついた頃には、その唇はジョンに奪われていた。
唇を合わせるだけの軽いキスを終えてジョンが顔を離すと、クロエが顔を覆ってジョンの膝にぽすんと座り込む。
「…………~~っっ!?」
「あはは、やっぱりクロ姉は可愛いね」
いつもは余裕の態度でジョンをからかうことが多いクロエだが、今のようなジョンから不意打ちにはめっぽう弱いのだ。
「もうっ! もうもうもうっ! ジョンちゃんなんて知らない!」
ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませるクロエの頭を、ジョンは笑って撫でる。
「ごめんごめん、つい、ね」
「ついじゃないよ、全く…………私のほうがお姉さんなんだから……」
こんな調子で、結局この後もしばらく2人はイチャイチャしていた。
その結果、2人は気づいていなかったが、ジョンの執務室前まで来ていたジョンに相談事があった役人や兵士たちは、諦めて帰っていったのだった。
***
「たのもー!」
「ちょ、ちょっと! お嬢ちゃん! 勝手に入っちゃ……」
何やら聞き覚えのある少女の声が、遥か下方の城門の方から聞こえた気がしたジョンは、嫌な予感がした。
それから数分後、どんどんと慌ただしくなる城内に、ジョンの予感が確信に変わったタイミングで、ジョンの執務室のドアがノックもなしに開け放たれる。
「やっほー、元気してる?」
「おいこら嬢ちゃんいい加減に――っと、殿下、失礼いたしました。その娘、今すぐつまみ出しますので」
「その必要はない」
「へ? どうしてですか?」
「その少女はキサラギ亜人王国国王にして魔王のマヤ陛下だからだ」
「なっ!? こ、こここ、これは、失礼いたしましたああああ!」
ものすごい勢いで平伏した兵士に、マヤはひらひらと手を振って返す。
「いいっていいって、気にしてないからさ。それより、私は王子様と話があるから、もう戻ってくれるかな?」
「はっ! それで殿下失礼いたします」
ドアを閉め去って言った兵士を見て、ジョンは大きくため息をつく。
「もう少し普通に訪ねてこれんのか、マヤは」
「あはは、ごめんごめん。名乗らなくてもいけるかな、なんて?」
「末端の兵士が他国の王の顔など知っているものか。それで、なんの用があってわざわざ直々に来たのだ?」
「ああそうそう。実はお願いがあってさ。腕のいい建築士と大工をたくさん派遣してほしいんだよね」
「もうすでに派遣している気がするが?」
「もっともっと派遣してほしいんだよもちろん、ずっとじゃなくていいからさ」
「なんでまたそんなに建築士と大工が必要なのだ?」
「それはね――」
マヤはマルコスの城から戻った後の、キサラギ亜人王国での出来事を語り始めたのだった。
ジョンは執務机の椅子に体を預けると、脱力して天井を眺める。
「お疲れ様です、殿下」
「2人きりなんだから殿下はやめてよクロ姉」
「ジョンちゃんがそう言うなら。でも、ジョンちゃんもいい加減、2人きりの時もクロ姉じゃなくてクロエって呼んでほしいんだけどなあ」
「それは……なんだか恥ずかしくて。それを言うならクロ姉だって僕のことちゃん付けじゃないか」
「それは、まあ、ジョンちゃんはジョンちゃんだし」
「なんだよそれ……」
それきり沈黙した2人は、どちらともなく笑い出した。
「はははっ」
「ふふふっ」
「それにしても、まさか薬を盛られて子どもにされちゃうなんて思わなかった」
「私もびっくりしたよ。マルコス様が元に戻しくれなかったら、今頃どうなってたか」
「それもこれもマヤのおかげだもんな。また借りができてしまった」
「ねー。でもマヤさんなら無茶な要求とかはしてこないだろうし、大丈夫じゃない?」
「ならいいけど」
図書館を整備するから金と本を用意してくれとか、国家機密も国家機密な諜報機関について教えてくれとか、結構無茶なお願いをされてきた気がするジョンだったが、あえて考えないことにした。
(今回ばかりマヤがいなければどうしようもなかったのだから、多少のむちゃは聞くしかないだろうな……)
ただでさえ子どもになっている間に溜まっていた公務の処理で胃が痛いというのに、マヤからの無茶振りもあるだろうことを考えると、ジョンはますます胃が痛くなる気がした。
「それにしても、誰がジョンちゃんに薬なんて盛ったんだろうね?」
「さあな、候補が多すぎてわからん」
王家の失墜を目論む貴族か、王政から民主政への移行を求める市民の過激派か、ジョンと亜人であるクロエの結婚を良しとしない人間至上主義者か、ジョンには狙われる理由が多すぎて、犯人を推測することはできそうにない。
「確かに次期王様だもんね、ジョンちゃんは」
「それを言うならクロ姉だって次期王妃なんだからね? 十分狙われる可能性だってあるんだから気をつけてね?」
「わーい、ジョンちゃんが心配してくれたー」
クロエは嬉しそうに笑うとそのままジョンの首に手を回して抱きしめる。
クロエの美しい顔が、目と鼻の先に迫る。
「ちょっとクロ姉、まだ一応仕事中だから」
「まあまあ、いいじゃんいいじゃん。…………それより、マヤさんから聞いた犯人の手がかりを伝えるね」
まるで睦言をささやくように、艶のある笑みを浮かべたまま、急に真面目な話題を話し始めたクロエに、ジョンはその意図を理解した。
どこで今回の犯人の関係者が聞いているかわからないため、イチャイチャしているふりをしながら情報を伝えようと言うのだ。
「……っ!? ちょ、ちょっとクロ姉、胸、当たってるって。………………犯人の手がかり、ね。どうして僕は聞いてないのかな?」
その後も適当にイチャイチャしつつ、2人は犯人に関する情報を囁きあう。
「だってジョンちゃん寝てたから。それで、犯人についてだけど、マルコス様ではないみたい」
「どうしてそんなことがわかるの?」
「マヤさんが言うには、マルコス様が自分は無関係だって言ってたって」
「嘘をついている可能性は?」
「それは私も思ったんだけど、たぶんないんじゃないかな? だってもしそうだとして、なんでマルコス様はそんなことをしたのか、って話だし」
「その上、後で自分で元に戻すんじゃ、何がしたかったのかわからない、か」
「そういうこと。だからマルコス様以外誰かが犯人ってことになるんだけど……」
「マルコス様以外に、あんなことができる者がいるのか?」
「そこなんだよねえ……一応お母さんにも聞いてみてるんだけど」
「流石にお義母様でも、僕に薬を盛ったりはしないと思うけど……」
愛娘であるクロエと結婚したことで、エメリンから何かと目の敵にされているジョンとしては、強く否定はできないのが悲しいところだった。
「いやいや、流石にお母さんは疑ってないよ。まあ、やりかねない気がしないでもないし、できちゃう気もするけど……そうじゃなくて、ルーシェ様が同じことができるのかどうかを教えてもらおうと思って」
「そういうことか。まあ何にせよ、教えてくれてありがとう、クロ姉」
「どういたしまして」
そこでイチャイチャしているふりをする必要がなくなったクロエがジョンから身体を離そうとすると、その手をジョンがぐいっと引き寄せた。
「わわっ!? どうしたのジョンちゃ、んっ!?」
そのままジョンの顔が迫って来るのにクロエが気がついた頃には、その唇はジョンに奪われていた。
唇を合わせるだけの軽いキスを終えてジョンが顔を離すと、クロエが顔を覆ってジョンの膝にぽすんと座り込む。
「…………~~っっ!?」
「あはは、やっぱりクロ姉は可愛いね」
いつもは余裕の態度でジョンをからかうことが多いクロエだが、今のようなジョンから不意打ちにはめっぽう弱いのだ。
「もうっ! もうもうもうっ! ジョンちゃんなんて知らない!」
ぷいっとそっぽを向いて頬を膨らませるクロエの頭を、ジョンは笑って撫でる。
「ごめんごめん、つい、ね」
「ついじゃないよ、全く…………私のほうがお姉さんなんだから……」
こんな調子で、結局この後もしばらく2人はイチャイチャしていた。
その結果、2人は気づいていなかったが、ジョンの執務室前まで来ていたジョンに相談事があった役人や兵士たちは、諦めて帰っていったのだった。
***
「たのもー!」
「ちょ、ちょっと! お嬢ちゃん! 勝手に入っちゃ……」
何やら聞き覚えのある少女の声が、遥か下方の城門の方から聞こえた気がしたジョンは、嫌な予感がした。
それから数分後、どんどんと慌ただしくなる城内に、ジョンの予感が確信に変わったタイミングで、ジョンの執務室のドアがノックもなしに開け放たれる。
「やっほー、元気してる?」
「おいこら嬢ちゃんいい加減に――っと、殿下、失礼いたしました。その娘、今すぐつまみ出しますので」
「その必要はない」
「へ? どうしてですか?」
「その少女はキサラギ亜人王国国王にして魔王のマヤ陛下だからだ」
「なっ!? こ、こここ、これは、失礼いたしましたああああ!」
ものすごい勢いで平伏した兵士に、マヤはひらひらと手を振って返す。
「いいっていいって、気にしてないからさ。それより、私は王子様と話があるから、もう戻ってくれるかな?」
「はっ! それで殿下失礼いたします」
ドアを閉め去って言った兵士を見て、ジョンは大きくため息をつく。
「もう少し普通に訪ねてこれんのか、マヤは」
「あはは、ごめんごめん。名乗らなくてもいけるかな、なんて?」
「末端の兵士が他国の王の顔など知っているものか。それで、なんの用があってわざわざ直々に来たのだ?」
「ああそうそう。実はお願いがあってさ。腕のいい建築士と大工をたくさん派遣してほしいんだよね」
「もうすでに派遣している気がするが?」
「もっともっと派遣してほしいんだよもちろん、ずっとじゃなくていいからさ」
「なんでまたそんなに建築士と大工が必要なのだ?」
「それはね――」
マヤはマルコスの城から戻った後の、キサラギ亜人王国での出来事を語り始めたのだった。
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