上 下
239 / 324
第5巻第7章 オーガの姫

奴隷品評会

しおりを挟む
「いよいよ明日ね」

「そうだね~」

 マヤはソファーに座ってくつろぎながら、緊張感なく返す。

「流石に余裕ね」

「だって奴隷商人たちからオーガの奴隷を奪えばいいだけでしょ? 難しいことなんてないじゃん?」

「何人来ると思ってるのよ、全く」

 エリーが持てるすべての情報網を駆使して探し出した、オーガの奴隷を所有している人物は3000人余り。

 その全員に手紙を送り、昨日までにその99%がすでにこの街にやってきていることを確認している。

「わかってるって。それに数だったら私の魔物だって負けてないしね」

「それはそうかもしれないけど、ちょっとは緊張感を持ちなさいって言ってるのよ」

「はーい。エリーは真面目だねえ……まあ、エメリンさんだって思えば納得だけど」

「どういうことよ、それ」

「ううん、何でもない。私はエリーに怒られないように、オーガの奴隷たちの今の居場所をもう一回確認するよ。エリーも緊張しすぎて明日疲れてたりしないようにね~」

 マヤはひらひらと手を振ると、そのままエリーの屋敷を出ていった。
 
「あれでそこらの魔王より強いはずの私よりさらに強いっていうんだから、わからないものよね」

 エリーはマヤが去っていったドアを見ながらひとりごちたのだった。

***

「なんで!? なんでなんだよーっ!」

「あーもううるさいなあ、男なら騒がないの」

 マヤは魔物に押さえつけられ、オーガの奴隷を奪われた奴隷商人の首裏をトンっと叩く。

「ぐえっ……」

 マヤによって意識を刈り取られた男性は、そのままエリーの魔法で身体を拘束され、エリーの屋敷に魔法で飛ばされていった。

「これで片付いたかしら?」

「うーんと、ちょっと待ってねえ……」

 マヤは街中に散らばらせている魔物たちの視界を覗き、残っているオーガの奴隷がいないか確認する。

「うん、大丈夫、それで最後だよ」

「よっし、それじゃあこれでオーガの奴隷は全部助けられたってことよね?」

「そうなるね。ありがとうね、エリー。エリーのおかげだよ」

「そんなことないわ。マヤがいなかったらこんな数さばけてないわよ。それより、さっさとルーシェ様のお城に戻りましょう。シャルルさんが待ってるわ」

「それもそうだね」

 マヤは剣を閃かせると、オーガの奴隷たちを拘束していた鋼鉄の首輪や腕輪、足かせなどを全員分一気に切断した。

「よし、これでみんな魔物に乗ってもらえるでしょ」

「さらっと絶技を披露してんじゃないわよ……。何今の? 完全に太刀筋が見えなかったんだけど?」

「そんなに大層な技じゃないって」

「いやいやいや、十分大層な技よ!? 今のだけでも国一つ落とせるわ」

 一瞬で鋼鉄を切り裂く斬撃を複数回放つなど、敵がそんなことをしてきたらと思うと恐怖しかない。

 目にも止まらぬ速さで盾や鎧ごと斬り裂いてくる相手にどう対応しろというのか。

「そんな大げさな。それに私は強化魔法で身体能力を上げててやっと今くらいなんだよ? 私の師匠なんか身体強化無しで今以上の剣技なんだから」

「はあ!? 何者なのよその剣士……」

「ふふっ、それは内緒。さて、帰りもかっ飛ばして帰りたいところだけど……それは無理そうだね」

 来るときはスピード狂のマヤとエリーの2人だったため、最高速度で移動したわけだが、今回はそうは行かないだろう。

 助けたオーガの中には、それなりに年を取っている者や、幼い子どもなどがいるからだ。

「そうね、残念だけど、普通のペースでいきましょう」

 マヤたちはオーガの奴隷を救出してそのまま、全員を魔物に乗せてルーシェの城へと出発した。

 この後、エリーが魔法で拘束して自分の屋敷に放り込んでおいた、オーガの奴隷の所有者たちの取り扱いについて、タイミング悪くマヤたちと入れ違いで屋敷にやってきたクローナがてんやわんやで対応することになるのだが、それはまた別のお話。

***

 マヤが間もなく帰還することをルーシェから教えてもらったシャルルたちが城の入口で待っていると、マヤとエリー、それから数人のオーガたちが姿を現した。

「おかえりマヤ。本当に助けて来てくれたんだな」

「うん、ただいま。ほかのオーガの人たちもこれからどんどん来るよ」

 マヤがそう言って指差す先では、気球が忙しなく行ったり来たりしており、次々とオーガたちを運んでいた。

「この人たちは、シャルルさんの名前を聞いて誰よりも先に会いたいっていうから最初のグループで連れてきたんだけど……」

 マヤが脇に避けると、オーガの男性はシャルルを見るなりその前に跪いた。

「おおっ! シャルロット様……っっ! 大きくなられましたな……」

「久しいな、じいや」

「覚えていて下さいましたか」

「忘れるわけがないだろう? あなたのお陰で私は逃げることができたのだからな」

「しかし、私のせいで姫様の角が……」

 マヤは以前、シャルルが身分を隠して逃げ出すために角を切り落としてくれた者がいる、と言っていたことを思い出した。

 口ぶりからして、おそらくこのじいやとやらが、その角を切り落とした者なのだろう。

「気にするな。そのおかげで今日までオーガだとバレずに済んだのだ。感謝している」

「……っっ! ありがたきお言葉です……」

 その後も、シャルルを訪ねてくるものは後を絶たなかった。

 そんな喜ばしいやり取りを見ながら、マヤはこれからのことを考える。

(オーガは本来絶滅した種族。ってことは、この時代に残していくわけにはいかないってことだよね。となると、この数千人と一緒に帰るのか。忙しくなりそうだね……)

 なんだかこれから大変そうになりそうな気配を感じながらも、マヤは口元に笑みを浮かべていた。

(楽しいなあ、こういうの。変化するのも、人付き合いも、嫌いだったはずだったんだけど)

 キサラギ亜人王国にたくさんのオーガが新しく加わるという大きな変化を、好意的にうけとめている自分に、マヤは自身の成長を感じた気がして、少し嬉しくなる。

「ほらほらマヤ、何ボーッとしてるのよ、マヤも案内手伝って!」

「そうですよマヤさん、今はボケっとしてる暇なんて無いですよ!」

 次々とやってくるオーガを部屋や大浴場などに案内するべくパタパタと動き回るエリーとハイメにせっつかれ、マヤも近くのオーガたちを誘導するべく駆け出した。

「あはは、似たもの夫婦だね」

「「まだ夫婦じゃない」です」

「息ぴったりじゃん」

 マヤの冷やかしを異口同音に否定した2人の笑ってツッコミを入れながら、マヤも忙しくオーガたちの案内を始めたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

処理中です...