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第5巻第6章 魔王オズウェル

魔法対決

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「魔法陣を乗っ取る?」

 マヤが首を傾げるのをよそに、エリーは自身の周りに展開した魔法陣へと高速で指を走らせる。

「これで、どうかしら!」

 そのまま勢いよくエリーが腕を振り下ろすと、それに合わせてエリーの腰辺りで展開されていた魔法陣が床の魔法陣へと向かって下がっていき、床の魔法陣の上に重なった。

『なっ!? 何者だ、そこにいるのは!』

 相変わらず姿は見えないプラシドだったが、その声音から驚愕している様子が伝わってくる。

 次の瞬間、魔法陣にマヤでもわかる変化が生じた。

「魔法陣が点滅してる?」

「そのようですね……」

 魔法がさっぱりのマヤはともかく、マヤより遥かに魔法に明るいはずのサミュエルも、エリーが何をしたのかはわからないらしい。

「これであなたの魔法陣は機能しないはずよ」

『くっ……小娘が! 舐めるなよ!』

「わめいてる場合かしら?」

 エリーは間髪を入れずに次の魔法陣を展開しており、再び床の魔法陣へと重ね合わせる。

 今度は魔法陣が点灯し、そのままオズウェルの足元へと移動した。

「お、おいっ! プラシド! 何をしている! 早くこの魔法陣を止めろ!」

『やってますっ! 少し黙ってて下さい!』

 プラシドがどこかから魔法陣を操っているのか、目を凝らすと魔法陣の細かい部分が刻一刻と変化している。

 しかし、その全てがエリーによって打ち消され、魔法陣の輝きは増していくばかりだった。

「まさかこの程度の魔法使いだったなんてね」

 エリーは少し落胆した様子でさらに魔法陣に手を加えていく。

 すると、魔法陣の向こう側に小汚い痩せこけた男が姿を現した。

 その男性からすれば突然転移させられたことになるので、少しは驚きそうなものだが、それどころではない様子で指を動かしている。

「くそっ! この俺が魔法陣を乗っ取られるだと!? そんなことあっていいものか! ……よし、これでっ……ああっ!? ここも対策済みだと!? それなら――」

 喚き散らす男性の声は、先程までどこからか聞こえていた声と同じだった。

 必死で魔法陣の主導権を取り戻そうとしているところからしても、この男性がプラシドなのだろう。

「ねえ、どうしてプラシドさんが現れたの?」

「私が召喚したのよ」

「そんなことできるんだ」
 
「いつでもできるってわけじゃないわよ?」

 エリーいわく、今回は召喚魔法の魔法陣に術者、すなわちプラシドの現座標が書き込まれており、さらにプラシドが魔法陣に干渉し続けていたためにプラシドとエリーが間接的に魔力で繋がっており、エリーが魔法陣をいじることでプラシドを召喚可能だったということだ。

「でも、プラシドさんが出てきちゃったなら、もうオズウェルはどうでもよくない?」

「それもそうね。召喚サモン

 エリーが呪文を唱えると、魔法陣が眩い光を放ちオズウェルの下の床からドラゴンの口が現れる。

「お、おい! プラシド、お前の魔法だろ! なんとか――ぎゃあああああああああ!」

「オズウェル様、なんでここに? 違う、俺が転移させられたのか……」

 ことここに至ってオズウェルの近くに転移させられたことに気がついたプラシドに、この状況をどうにかできるわけもなく……。

 ガブリッ。

 現れたドラゴンの口が目にも止まらぬ速さでが大きく開き、オズウェル下半身を食いちぎる。

「うわああああああ!? 脚が!? 脚がああああああああ!?」

 のたうち回るオズウェルの上半身は、這いずってプラシドに近づいていく。

「お、おい、プラシド……治癒魔法を……」

「無駄ですよ、ドラゴンに食いちぎられたなら、しばらくは治癒も効きません」

「な……に……」

「せめてもの情けってことで、氷槍アイスランス

 プラシドは魔法で作り出した氷の槍を、オズウェルの眉間、喉元、心臓へと放つ。

「貴……様……っ」

 急所をまとめて貫かてたオズウェルは、それだけ言うと息絶える。

 仮にも魔王と呼ばれた者にしてはあまりにもあっけない最期だった。

「さて、俺の魔法陣を乗っ取りやがったのはお前だな? サミュエル」

「いえ、違いますよ。そもそも、プラシド様もご存知のはずです。私は魔法を戦闘を有利に進めるためのものとしてしか見えていません。魔法陣の乗っ取るなどという非効率的な技術を習得しているとお思いですか?」

「ちっ、わかってたよ、そんなこと。それじゃあ俺はこんなガキにやられたってのか?」

「あら、負けた相手にそんな態度取っていいのかしら?」

「魔法陣を乗っ取られただけだ。魔法全部で負けたわけじゃねえ」

 全身に魔力をみなぎらせるプラシドに、エリーは不敵な笑みを浮かべる。

「へえ、魔法なら負けないって?」

 同じく魔力をみなぎらせるエリー。

「ああ、そうだ。そもそもな、俺は今最高に機嫌が悪ぃいんだ、なんでかわかるか?」

「興味無いけど……聞いてあげるわ、どうしてかしら?」

 なぜ今わざわざそんなことを聞くのか、この時は分からなかったエリーだが、その理由はすぐに明らかになった。

「お前が乗っ取りやがったその魔法陣な、それを作るのに俺がどれだけ苦労したか教えてやる。その魔法陣は全部エルフのガキの生き血で書いてんだ。しかもな、書いた分だけ血の持ち主の魔力が削られるっつー厄介なおまけ付きだ」

「あなた……何を言っているの……?」

 プラシドの発言の意味が理解できず、いや、理解できていたが、信じたくなかったエリーは、真顔でプラシドに問い返す。

 そこに先ほどまで余裕はなかった。

 狙い通りの反応に、プラシドがわずかに口角を上げる。

「わかるだろ? 魔力ってのは生命力だ。だからこそ、血を使うことでそいつの魔力を使うことができる。そして……」

「魔力を使われた者の魔力は削られる……でも、そんなことをすれば……」

「ああ、魔力を削り尽くされた者は死ぬ。せっかくちょっとでも長持ちするように高けえエルフのガキを使ったってのによ、お前が乗っ取りやがった魔法陣1つ書くのに10匹もいるんだもんよ」

「黙れ……」

「あん? なんだって?」

「黙れって言ったのよ、聞こえなかったかしら外道」

 エリーは感情を一切感じさせない冷え切った声で告げると、ゆっくりとプラシドへの距離を詰めていく。

「外道とは随分じゃねーか。まあ、否定はしないがな!」

 プラシドはこの時を待っていたとばかりに、冷静さを欠いたエリーに仕掛けていたトラップを発動させる。

(単純なガキで助かったぜ)

 勝利を確信してほくそ笑むプラシドが次の瞬間目にしたのは、信じられないことに間近に迫ってきていたエリーの顔だった。

「お前、どうやって……っ!?」

 驚愕するプラシドを顔を、エリーの拳が襲った――。
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