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第5巻第4章 エリーの過去

エリーの過去9

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 エリーはダニーの屋敷の地下で、濃密な魔力が集まっている水晶玉を見つけた。

「これが魔力の入れ物かしら?」

 一見ただの水晶玉だが、その中に膨大な魔力が込められていることがエリーにはわかった。

 よく見てみると、表面には繊細な細工で魔法陣が刻み込まれている。

 その魔法陣がダニーの死に連動して奴隷を殺すと魔法なのだろう、とエリーは目を凝らしてその魔法陣をよく見て、思わず首を傾げる。

「この術式で、本当にダニーの言うような魔法が発動するかしら? ここに書かれている術式でできることって、この水晶玉に触れた人に――」

「込められた魔力をすべて譲渡する」

 エリー以外には誰もいないはずの空間に響いた声に、エリーが言おうとしていた事を先取りされ、エリーは声のした方へ振り返った。

「誰っ!?」

「さあ、誰でしょうね?」

 エリーをおちょくるような言葉とともに闇の中から滲むように出てきたのは、無駄に丁寧にスーツを着込んだ男だった。

 エリーは即座に敵だと判断し、身体強化でその男に攻撃を仕掛けようとするが……。

「う、ごかな……い」

 エリーの身体は、その場に縫い付けられたように動かなくなってしまう。

 攻撃できないかわりとばかりに睨みつけるエリーに、謎の男はクツクツと笑った。

「私の魔法陣の偽装に騙されずその本質を見抜いたのは称賛に値しますが、所詮はエルフの子ども、ということですね。この程度で動けなくなってしまうとは」

 謎の男はそのまま水晶玉を回収すると、エリーには何もせずに踵を返す。

「待ちなさい! あなたは何者なの!」

 エリーの声に、謎の男はピクリと肩を動かして立ち止まった。

 そのままゆっくりと振り返ると、エリーに視線をやる。

「黙っていれば間違いなく助かったこの状況で、わざわざ私の正体を問うとは……いいでしょう、その度胸に敬意を表して教えて差し上げましょう」

 謎の男は身体ごとエリーの方を向くと、大仰な仕草で頭を下げる。

「私はサミュエル、宵闇のサミュエルなどとも呼ばれております。以後お見知りおきを」

 顔を上げたサミュエルが芝居がかった仕草で指を鳴らすと、エリーの視界が大きく歪んだ。

「な、にを……」

「安心してよろしい。ただ眠るだけですよ、エルフのお嬢さん」

 朦朧とする意識の中、サミュエルのその言葉を最後に、エリーの意識は闇に沈んでいったのだった。

***

「…………ちゃん! エリーちゃん!」

「んんっ? ここは……」

「良かった……っ! 無事だったんだね!」

 エリーは目を覚ますなり、クローナに抱きしめられてしまう。

 エリーは、クローナの胸に顔を埋める形になってしまった。

「クローナお姉さん、苦しい」

「わわっ!? ごめんごめん、ついね。それよりどうしてこんなところで倒れてたの?」

「それは……」

 エリーは魔力が溜め込まれている水晶玉を見つけたこと、そこに刻まれていた魔法陣のこと、そしてサミュエルと名乗る謎の男と出会い、その魔法で眠らされたことを説明した。

「エリーちゃんの動きを完全に止めるなんて……そのサミュエルって人は何者なんだろうね」

「そうですね、気になります。今のエリーさんはエルフの中でも上位に入る魔法の使い手のはずなんですが……」

「私もサミュエルの正体は気になるけど、今はいったんおいておきましょう。大事なのは、ダニーさえ始末すれば奴隷たちは解放されるってことよ」

「そうだね。今はそっちの方が大切だね。とりあえずダニーはそこで眠ってるよ」

 クローナが指した方向には、岩の上に無造作にダニーが転がされていた。

「それじゃあまずはこいつの始末ね」

 エリーはゆっくりと立ち上がると、懐からナイフを取り出し、身体強化魔法を使ってからそのナイフを振りかぶる。

「これでおしまいね」

 静かに眠るダニーを一瞥し、エリーはその心臓へとナイフを突き刺した。

「ぐはっ……」

 ダニーはうめき声を上げた後、全く動かなくなった。

「大丈夫、エリーちゃん」

 仇とはいえ、人を殺したことには変わりがないエリーに、クローナは心配そうに声をかけた。

「……ええ、大丈夫よ。こいつは殺してたって足りないくらいだもの。さっ、お母さんを助けにいきましょう」

 エリーは少し大きく明るい声で言うと、ダニーの胸からナイフを抜き、念にため喉も切り裂いてから、ナイフを拭き取って懐にしまった。

「エリーさんって結構容赦ないですよね……」

 頬を引きつらせるハイメに、エリーは努めてなんでもない風を装って返す。

「そうかしら? でも、殺しそこねてたら困るじゃない」

「あはは、流石だね。エメリスさんの部屋は確認してあるから、そっちに行こうか。ちょうどこの上だよ」

 クローナは岩がむき出しの地下空間の一角にある、地面が平らに整備され階段が設けられている方へと歩き出した。

「やっぱりお母さんは特別だったのね」

「そうなんだろうね」

「そのはずですよ。ダニー様は常々エリス様のお陰で自分は成功できたんだって言っていたらしいですから」

「ハイメ、もうあんな男に様なんてつけなくていいのよ?」

「あはは、それはそうなんですが……すみません、しばらくは直せそうにありません」

 苦笑するハイメに、なにか事情があることを察したエリーは、それ以上、追及しないことにした。

「ここがエメリスさんの部屋だよ」

「ここにお母さんが……」

 エリーはドアの前に立ち、ゆっくりと深呼吸する。

「開けるわよ」

 エリーはゆっくりとドアを開けると、部屋の中に一歩踏み入れる。

「お母さん!」

 エリーは豪奢な部屋の中で、ベッドに腰掛けるエメリスの姿を見て、思わず駆け出していた。

 そのまま抱きついたエリーに、エメリスは興味のなさそうな視線を返す。

「あなたは、誰?」

「え?」

 再会を喜べると思っていたエリーは、エメリスの思いがけない言葉に、驚いてその顔を見上げた。

「女の子が私のところに来るなんて珍しいこともあるものね」

「なに、言ってるの……?」

「あら、私なにかおかしいこといったかしら? 私のところに来るのは男の人ばかりなのだから、女の子が来たら珍し――」

「そういうことじゃないわ!」

「どうしたの、突然声を荒らげたりして……」

「本当に分からないの? 私よ、エリーよ! あなたの娘よ! お願い、思い出してよ! お母さん!」

「お母さん……? 私が?」

「そうよ! ねえ、どうしちゃったのよ、お母さん」

「ごめんなさい、本当にわからないわ。私は避妊薬を飲まされているから、私に子供はいないはずだけど……」

「そんなわけ……」

 自分のことを全く覚えていない母に絶望して膝をつくエリーの肩に、クローナがゆっくりと手を置いた。

「エリーちゃん……」

 クローナがエリーをどう慰めたものか困っているその時、ハイメがドアをくぐった瞬間にエメリスのまとう雰囲気が一変した。

「あらあらあら、今日は随分と可愛いお客さんじゃない」

 エリーを半ば突き飛ばすようにどかしたエメリスは、ハイメに近づくなりその顎に指を這わせる。

 ハイメにしなだれかかるエメリスは、エリー達がよく知る理知的で清廉な姿とはかけ離れていた。

 その姿は、ただただ退廃的で淫蕩だった。

「やめて……っ」

 想い人を襲おうとしている変わり果てた母の姿に、エリーの口は絞り出すように制止を言葉を紡ぐ。

 しかし、そんな弱々しい言葉でエメリスが止まることはなかった。

「さあさあさあ、お姉さんと一緒にベッドへいきましょう」

「ちょ、ちょっと、やめてください、エリス様!」

 抵抗するハイメだったが、相手がエリーの母だと知っているためか、その抵抗は弱々しく、ほとんどエメリスにされるがままだった。

 そんなハイメと目があった瞬間、エリーは自分の中で何かが壊れる音を聞いた気がした。
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