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第5巻第4章 エリーの過去
エリーの過去6
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「まさかエリーさんがエリス様の娘だったなんて……」
エリーから諸々の事情を聞き終えたハイメは驚いた様子でそう呟いた。
「エリス様じゃないわ、私のお母さんの名前はエメリスよ」
「ごめんなさい、そうでしたね。それでお二人は僕らの主を殺そうとしている、と」
「そういうことね。別にあいつがお母さんも他のエルフも開放してくれるって言うなら殺さなくてもいいんだけどね」
「それはないでしょうね」
「でしょうね。だから殺すしかないのよ。聞いた以上ハイメ、あんたにも手伝ってもらうわよ」
「もちろんです。エリーさんを助けるためならなんだってしますよ」
「なんでもって……なんでそこまで協力してくれるの?」
ハイメの言葉に思わず質問したエリーは、何かを期待するような目をハイメに向ける。
そんなエリーの様子に全く気がついていないハイメは、笑顔で力強く答えた。
「だってエリーさんは僕の命の恩人ですから」
「ああ、そういう……はあ……」
何を期待していたのか自分でもよくわからないエリーだったが、その答えが期待していものではないことだけは、ため息をついてしまった自分の反応から理解できた。
「どうしました?」
「ううん、何でもないわ」
2人のやり取りをニヤニヤして見守っていたクローナは、話を切り替えるように小さく咳払いする。
「でもエリーちゃん、実際問題護衛がいつも付いてるんじゃ殺そうにも殺せないんじゃない?」
「それはそうなのよね……そういえば、あの男の名前を聞いてなかったわね」
「僕らの主ですか?」
「そうそう。なんて名前なの?」
「僕らの主の名前はダニー・オマーン。オマーン商会の2代目でエルフに特化した奴隷売買で先代から引き継いだ商会を何倍にも大きくした人物です」
「ダニー・オマーン、ね。覚えたわ」
エリーはここにはいないダニーを心の中で睨みつけながら、冷たく呟いた。
「問題はさっきもクローナお姉さんが言った通り、ダニーには常に5人の護衛が付いてるってところよね」
ハイメを協力者に加えられたとはいえ、エリーたちには圧倒的に戦力が足りない。
家族のために命がけでハイメの主を守ろうとするエルフの精鋭を無力化してダニーを殺すというのは、正直全く現実的ではなかった。
「そうなってくると、護衛を味方につけるのが現実的かしらね」
「そんなことできるんですか?」
「不可能ではないと思うわ。もちろん簡単じゃないでしょうけど」
「そんなことどうやって……」
「実はエリーちゃんは魔法がとっても得意なの。だから護衛のエルフたちが入れ墨されてる魔法陣を無効化する方法を見つけられるかもしれない。そういうことでしょ?」
クローナの言葉に、エリーは大きくいなずいた。
「ええ、クローナお姉さんの言う通りよ。問題は魔法陣ね。どんな魔法陣が書かれているかわからないことにはどうしようもないわ」
「あっ、それなら僕、護衛の方が入れ墨されてる魔法陣覚えてますよ」
「本当!? というか覚えてるってどういうことよ!?」
こともなげに言ったハイメに、エリーは驚きを隠せなかった。
なぜなら魔法陣というのは文字と図形が複雑に入り混じったものであり、効果にもよるが、基本的には極めて複雑で、覚えることなど到底できるものではないのだ。
しかも今回の護衛のエルフが入れ墨されているであろう魔法陣は、付与される効果からしてすでにかなりの複雑さと大きさになることが予想される上、簡単に解除できないようなプロテクトもあるだろうことを考えるとおそらく小さくとも先人男性エルフの背中一面くらいの大きさはあるはずなのだ。
そこに細かく書き込まれた呪文と図形の数々を、ハイメは覚えているというのだから、エリーが驚くのも仕方ない。
「えへへ、実は僕、一度見たものを完璧に記憶するって特技があるんです」
「すごいじゃない……でもそれならどうして居酒屋なんかに派遣されてたのよ」
「ああ、それはですね、僕が読み書きができないからです」
「一度見たら覚えられるのに読み書きができないの?」
「もちろん僕の村で使ってた文字や言葉なら読めるし書けますよ? でも、人間の文字は教わったことがないので書くことはできません。よく街で見かける単語の意味くらいはわかりますけどね」
「それで居酒屋に……」
「はい、そしてミスして追い出されたってわけです。でも、おかげでこんなに可愛い女の子と出会えたのでそれも良かったということで」
「な、何言ってんのよ……」
エリーは恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
「どうしたんですエリーさん?」
「君のそれは本当に無自覚なのね……」
自然にエリーを褒めてそれを聞いて恥ずかしくなったエリーが顔を背けたことに首を傾げるハイメに、クローナは呆れた様子でつぶやく。
「なんのことです? そうだ、それより紙とペンありませんか? 僕が覚えている魔法陣を書き出します」
ハイメの言葉に、クローナは持物を使って魔法空間にしまってある荷物の中から紙とペンを取り出した。
「これで大丈夫かしら?」
「はい、これだけの広さがあれば」
言うなりハイメは迷いなく紙へとペンを走らせていく。
ハイメが黙々とペンを走らせること1時間あまり。
「ふう……完成です」
ようやくハイメは顔を上げると、額の汗を拭った。
「すごいわね、これは……」
完全な白紙だった紙にびっしりと描かれた魔法陣を見て、エリーは思わず感嘆の声を上げる。
その魔法陣はエリーの予想通り、規模も複雑さもかなりのものだった。
だからこそ、それを全て覚えており、そして実際に描いてみせたハイメにエリーは改めて驚嘆する。
「それでエリーちゃん、どう? なんとかなりそう?」
「そうね……」
エリーは高速で目を動かすと、魔法陣の構造を読み解いていく。
ダニーへの攻撃を家族に飛ばす機能や、この魔法陣への改変を妨げる機能などが書かれた部分を大雑把ながら把握し終えたエリーは、ゆっくりと顔を上げた。
「時間はかかるけど、なんとかなりそうね。お父さんが作ってた魔法陣に比べればこれくらいなんてことないわ」
「本当ですか! じゃあ護衛のお兄さんたちは……」
「ええ、助けられるはずよ」
エリーの言葉に、ハイメの表情がパッと輝いた。
「ありがとうございます!」
「なんであんたがそんなに喜ぶのよ」
「それは……やっぱり同族が助けられるのは嬉しいですし」
「そう、優しいのねハイメは」
「そんなことないですよ。無理やり従わされているとはいえ、ダニー様の味方をしている護衛のエルフまで助けようとするエリーさんたちの方が優しいです」
「別に私は助けようとは……」
「違うんですか?」
顔を近づけてエリーの顔を覗き込むハイメに、エリーは頬を紅潮させて顔を背ける。
「違うわよ! そうするのが一番現実的だと思っただけよ」
「またまたあ、エリーちゃんは素直じゃないなあ」
「クローナお姉さん!? わぷっ!?」
後ろからクローナに抱きしめられたエリーは、思わず振り返ろうとしてその豊満な胸に顔を埋める。
「ハイメ君の言う通りだよ、たぶんね。エリーちゃんは最初からエルフ全員を助けるつもりだったと思うよ」
「やっぱりそうだったんですね」
「んんー、んんんんー!」
クローナの胸に口を塞がれたエリーがなにか言っていたが、その内容は聞き取れなかった。
こうして、エリー達のダニー襲撃作戦は、ようやく実現するための道筋が立ったのだった。
エリーから諸々の事情を聞き終えたハイメは驚いた様子でそう呟いた。
「エリス様じゃないわ、私のお母さんの名前はエメリスよ」
「ごめんなさい、そうでしたね。それでお二人は僕らの主を殺そうとしている、と」
「そういうことね。別にあいつがお母さんも他のエルフも開放してくれるって言うなら殺さなくてもいいんだけどね」
「それはないでしょうね」
「でしょうね。だから殺すしかないのよ。聞いた以上ハイメ、あんたにも手伝ってもらうわよ」
「もちろんです。エリーさんを助けるためならなんだってしますよ」
「なんでもって……なんでそこまで協力してくれるの?」
ハイメの言葉に思わず質問したエリーは、何かを期待するような目をハイメに向ける。
そんなエリーの様子に全く気がついていないハイメは、笑顔で力強く答えた。
「だってエリーさんは僕の命の恩人ですから」
「ああ、そういう……はあ……」
何を期待していたのか自分でもよくわからないエリーだったが、その答えが期待していものではないことだけは、ため息をついてしまった自分の反応から理解できた。
「どうしました?」
「ううん、何でもないわ」
2人のやり取りをニヤニヤして見守っていたクローナは、話を切り替えるように小さく咳払いする。
「でもエリーちゃん、実際問題護衛がいつも付いてるんじゃ殺そうにも殺せないんじゃない?」
「それはそうなのよね……そういえば、あの男の名前を聞いてなかったわね」
「僕らの主ですか?」
「そうそう。なんて名前なの?」
「僕らの主の名前はダニー・オマーン。オマーン商会の2代目でエルフに特化した奴隷売買で先代から引き継いだ商会を何倍にも大きくした人物です」
「ダニー・オマーン、ね。覚えたわ」
エリーはここにはいないダニーを心の中で睨みつけながら、冷たく呟いた。
「問題はさっきもクローナお姉さんが言った通り、ダニーには常に5人の護衛が付いてるってところよね」
ハイメを協力者に加えられたとはいえ、エリーたちには圧倒的に戦力が足りない。
家族のために命がけでハイメの主を守ろうとするエルフの精鋭を無力化してダニーを殺すというのは、正直全く現実的ではなかった。
「そうなってくると、護衛を味方につけるのが現実的かしらね」
「そんなことできるんですか?」
「不可能ではないと思うわ。もちろん簡単じゃないでしょうけど」
「そんなことどうやって……」
「実はエリーちゃんは魔法がとっても得意なの。だから護衛のエルフたちが入れ墨されてる魔法陣を無効化する方法を見つけられるかもしれない。そういうことでしょ?」
クローナの言葉に、エリーは大きくいなずいた。
「ええ、クローナお姉さんの言う通りよ。問題は魔法陣ね。どんな魔法陣が書かれているかわからないことにはどうしようもないわ」
「あっ、それなら僕、護衛の方が入れ墨されてる魔法陣覚えてますよ」
「本当!? というか覚えてるってどういうことよ!?」
こともなげに言ったハイメに、エリーは驚きを隠せなかった。
なぜなら魔法陣というのは文字と図形が複雑に入り混じったものであり、効果にもよるが、基本的には極めて複雑で、覚えることなど到底できるものではないのだ。
しかも今回の護衛のエルフが入れ墨されているであろう魔法陣は、付与される効果からしてすでにかなりの複雑さと大きさになることが予想される上、簡単に解除できないようなプロテクトもあるだろうことを考えるとおそらく小さくとも先人男性エルフの背中一面くらいの大きさはあるはずなのだ。
そこに細かく書き込まれた呪文と図形の数々を、ハイメは覚えているというのだから、エリーが驚くのも仕方ない。
「えへへ、実は僕、一度見たものを完璧に記憶するって特技があるんです」
「すごいじゃない……でもそれならどうして居酒屋なんかに派遣されてたのよ」
「ああ、それはですね、僕が読み書きができないからです」
「一度見たら覚えられるのに読み書きができないの?」
「もちろん僕の村で使ってた文字や言葉なら読めるし書けますよ? でも、人間の文字は教わったことがないので書くことはできません。よく街で見かける単語の意味くらいはわかりますけどね」
「それで居酒屋に……」
「はい、そしてミスして追い出されたってわけです。でも、おかげでこんなに可愛い女の子と出会えたのでそれも良かったということで」
「な、何言ってんのよ……」
エリーは恥ずかしそうに顔を背けてしまう。
「どうしたんですエリーさん?」
「君のそれは本当に無自覚なのね……」
自然にエリーを褒めてそれを聞いて恥ずかしくなったエリーが顔を背けたことに首を傾げるハイメに、クローナは呆れた様子でつぶやく。
「なんのことです? そうだ、それより紙とペンありませんか? 僕が覚えている魔法陣を書き出します」
ハイメの言葉に、クローナは持物を使って魔法空間にしまってある荷物の中から紙とペンを取り出した。
「これで大丈夫かしら?」
「はい、これだけの広さがあれば」
言うなりハイメは迷いなく紙へとペンを走らせていく。
ハイメが黙々とペンを走らせること1時間あまり。
「ふう……完成です」
ようやくハイメは顔を上げると、額の汗を拭った。
「すごいわね、これは……」
完全な白紙だった紙にびっしりと描かれた魔法陣を見て、エリーは思わず感嘆の声を上げる。
その魔法陣はエリーの予想通り、規模も複雑さもかなりのものだった。
だからこそ、それを全て覚えており、そして実際に描いてみせたハイメにエリーは改めて驚嘆する。
「それでエリーちゃん、どう? なんとかなりそう?」
「そうね……」
エリーは高速で目を動かすと、魔法陣の構造を読み解いていく。
ダニーへの攻撃を家族に飛ばす機能や、この魔法陣への改変を妨げる機能などが書かれた部分を大雑把ながら把握し終えたエリーは、ゆっくりと顔を上げた。
「時間はかかるけど、なんとかなりそうね。お父さんが作ってた魔法陣に比べればこれくらいなんてことないわ」
「本当ですか! じゃあ護衛のお兄さんたちは……」
「ええ、助けられるはずよ」
エリーの言葉に、ハイメの表情がパッと輝いた。
「ありがとうございます!」
「なんであんたがそんなに喜ぶのよ」
「それは……やっぱり同族が助けられるのは嬉しいですし」
「そう、優しいのねハイメは」
「そんなことないですよ。無理やり従わされているとはいえ、ダニー様の味方をしている護衛のエルフまで助けようとするエリーさんたちの方が優しいです」
「別に私は助けようとは……」
「違うんですか?」
顔を近づけてエリーの顔を覗き込むハイメに、エリーは頬を紅潮させて顔を背ける。
「違うわよ! そうするのが一番現実的だと思っただけよ」
「またまたあ、エリーちゃんは素直じゃないなあ」
「クローナお姉さん!? わぷっ!?」
後ろからクローナに抱きしめられたエリーは、思わず振り返ろうとしてその豊満な胸に顔を埋める。
「ハイメ君の言う通りだよ、たぶんね。エリーちゃんは最初からエルフ全員を助けるつもりだったと思うよ」
「やっぱりそうだったんですね」
「んんー、んんんんー!」
クローナの胸に口を塞がれたエリーがなにか言っていたが、その内容は聞き取れなかった。
こうして、エリー達のダニー襲撃作戦は、ようやく実現するための道筋が立ったのだった。
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