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第5巻第4章 エリーの過去
エリーの過去1
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「ふう、生き返る~」
マヤは身体を洗い終えて湯に浸かるなり、天井を見上げながらそう言った。
「なんというか、男冒険者のようだぞマヤ……」
「なっ、誰がおっさんだってぇ!?」
「いや、そこまでは言っていないが……」
「確かにおじさん臭かったわね、さっきのは」
髪を掻き上げ、頭の上でまとめ終えたエリーがシャルルの隣に入ってくる。
「エリー、流石にそこまで直接言うのは……」
「やっぱりシャルルさんもおっさん臭いと思ってたんじゃん……」
マヤにジト目を向けられたシャルルは、逃げるようにエリーへと顔を向ける。
「そ、それより! エリー、さっきの行動の理由を教えてもらってもいいか? もちろん言いにくいならいいのだが……」
明らかにマヤの追及を逃れるための言い訳だったが、それはマヤも気になっていたことだった。
ちなみに、一緒に連れてきた元奴隷のエルフ3人は全員女性だったのでマヤたちから少し離れたところで湯に使っている。
「そうね……どこから話したものかしら」
「エリー、言いにくいことなら話さなくてもいいんだよ?」
「いえ、マヤたちには知っておいてほしいわ。今日のことで迷惑もかけちゃったしね」
エリーは自嘲気味に笑う。
「順を追って話すわね。――」
***
「ただいまー」
エリーが外で友達と遊んで帰ると、母がエリーを出迎えてくれた。
「まあエリーったら、またそんなに泥だらけになって」
「えへへ、ごめんなさいお母さん」
「いいのよ、それだけ元気に遊んだってことだものね。でも、そのままじゃ家の中が汚れちゃうからお風呂に入りましょうか」
「やったあ! お母さんとお風呂だー」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるエリーを、母は微笑みながら眺めている。
これが最もよく覚えている母とのやり取りだった。
この時のエリーは、こんな幸せな日々がいつまでも続くのだと思っていた。
そう、あの事件が起こるまでは。
ある日、エリーが外で遊んでいると、よく遊んでもらっていた近所のお姉さんが血相を変えて走ってきた。
「よかった……エリーちゃんはまだ捕まってないね」
「クローナお姉さん? どうしたの? なんでそんなに泥だらけなの? それにその赤いのなーに?」
村の女の子の中でもおしゃれなことで知られていたお姉さんもといクローナにして珍しく、服や手足だけでなく、顔まで泥と赤いなにかで汚れた姿に、エリーは無邪気に首を傾げる。
「細かいことは後よ。とにかく今はお姉ちゃんについてきてちょうだい!」
「いたっ……そんなに強く掴んだら痛いよクローナお姉さん」
「ごめん、でも今は我慢してね」
クローナがなにか呪文を唱えると、エリーの周りの景色が一瞬歪んだ気がした。
「お姉さん?」
「しっ、静かに」
クローナはエリーが答える前にその口を塞ぐ。
「むぐっ」
この時のエリーは知る由もないが、この時クローナは透過を発動し、村を襲撃した奴隷商人と商人が雇った傭兵達から身を隠していたのだ。
魔法の並行発動ができなかったクローナは、音で隠れていることがバレないようにエリーの口を塞いだのだった。
「…………っ!?」
この時クローナに抱きしめられ、口を塞がれたエリーが目にしたのは、忘れようにも忘れられない光景だった。
「………………」
奴隷商人と傭兵たちの一団の先頭を行く、無駄に装飾の多い鎧に身を包んだ男が、鋼鉄の拘束具で首と手首足首を拘束された母を、拘束具に繋いだ鎖で引いて付き従わせていたのだ。
村一番の美貌でエリーの自慢だった母は、いつもきれいに結い上げていた美しい金髪は解けてしまい背中に流れており、清廉さを感じさせる白いワンピースは引き裂かれ、下着が剥ぎ取られているのか今にも大事なところが見えてしまいそうだった。
そんな母の姿にも衝撃を受けたエリーだったが、何よりも衝撃的だったのは、母が体の前に抱えているものだった。
(お父さん……っ!)
エリーの母が体の前で抱えていたには、エリーの父の首だった。
それは、首だけになり目から光がなくなった父だったのだ。
幼いエリーでも、父が殺されてしまったのはわかった。
幼いエリーにとって、あまりにも酷すぎ光景を前に、エリーは声を抑えるのに必死だった。
なんとか叫びださずに済んだのは、ひとえにエリーを抱きしめていてくれたクローナのおかげである。
そのまま息を潜めていた2人は、奴隷商人と傭兵たちの一団が捉えたエルフの女たちを引き連れて村を完全に去ったのを確認してようやく一息つくことができた。
「………………お姉さん」
「なあに、エリーちゃん」
「あれは何だったの? なんでお母さんは連れていかれちゃったの? なんでお父さんは……お父、さん、は……っ」
「いいのよ、もう泣いても。一応魔法で音は聞こえないようにしておくわ」
クローナは静寂の魔法を発動する。
「ひぐっ……うう……ううううう……うわああああああああああああん! なんで、なんでお母さんが……っ、うううう、ううううう……」
それからしばらく、エリーは力の限り泣き叫んだ。
なぜ母が連れて行かれなければならないのか、なぜ父が殺されなければならなかったのか。
どうしてこうなったかなどさっぱりわからないエリーの頭の中は、そんな思いで埋め尽くされる。
ひとしきり泣いたところで、エリーの心に別の感情が生まれ始めていた。
「うう、ううううう……許さない……っ! お母さんを連れて行ったあの男を、私は絶対に許さない!」
「エリーちゃん……」
間違いなく今朝遊びに出かけるまでは無邪気な子どもだったエリーが見せたむき出しの憎悪に、クローナはやるせない気持ちになる。
(アイツらのせいでエリーちゃんは……)
クローナは変わってしまったエリーにやるせなさを感じる一方で、エリーが感情をむき出しにしてくれたおかげで、クローナ自身はまだ憎悪に囚われずに済んでいる事を心の中でエリーに感謝していた。
(ありがとう、エリーちゃん。私の分まで怒ってくれて。エリーちゃんにそんなつもりはないのかもしれないけど、おかげで私はまだ正気でいられる。あなたは私が絶対に守るからね!)
クローナは村を抜け出した時の事を思い出す。
あわや捕まるところだったクローナを救ったのはエリーの母だったのだ。
エリーの母が、クローナを逃すために自分の喉元にナイフを突きつけ「その子を捕えたら私は喉を切って死にます」と奴隷商人を脅したのだ。
本来そんなことをしても意味はないはずだった。
むしろ奴隷としての価値で言えば、年若いクローナの方が高価であるのが一般的だ。
しかしながら、エルフたちは知る由もなかったことだが、最初から奴隷商人の真の狙いはエリーの母だった。
エリーの母の美貌は村の外にも知れ渡っているほどだったため、それを狙ってやってきていたのだ。
結果としてお目当てのエルフに死なれてはかなわないと慌てた奴隷商人が、傭兵たちの動きを止め、そのすきにクローナは逃げ出すことができた。
つまり、エリーの母はクローナの命の恩人なのだ。
「許さない許さない許さない! 絶対に私が――!? ク、クローナお姉さん?」
恨み言を吐いていたところを突然抱きしめられたエリーは、驚いて怒りが引っ込んでしまう。
「私が守るからね、エリーちゃん」
「クローナお姉さん?」
クローナがどのようにして助かったのか知らないエリーは首を傾げるばかりだが、クローナは自身の腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな身体を抱きしめて、絶対に守るんだと固く誓ったのだった。
マヤは身体を洗い終えて湯に浸かるなり、天井を見上げながらそう言った。
「なんというか、男冒険者のようだぞマヤ……」
「なっ、誰がおっさんだってぇ!?」
「いや、そこまでは言っていないが……」
「確かにおじさん臭かったわね、さっきのは」
髪を掻き上げ、頭の上でまとめ終えたエリーがシャルルの隣に入ってくる。
「エリー、流石にそこまで直接言うのは……」
「やっぱりシャルルさんもおっさん臭いと思ってたんじゃん……」
マヤにジト目を向けられたシャルルは、逃げるようにエリーへと顔を向ける。
「そ、それより! エリー、さっきの行動の理由を教えてもらってもいいか? もちろん言いにくいならいいのだが……」
明らかにマヤの追及を逃れるための言い訳だったが、それはマヤも気になっていたことだった。
ちなみに、一緒に連れてきた元奴隷のエルフ3人は全員女性だったのでマヤたちから少し離れたところで湯に使っている。
「そうね……どこから話したものかしら」
「エリー、言いにくいことなら話さなくてもいいんだよ?」
「いえ、マヤたちには知っておいてほしいわ。今日のことで迷惑もかけちゃったしね」
エリーは自嘲気味に笑う。
「順を追って話すわね。――」
***
「ただいまー」
エリーが外で友達と遊んで帰ると、母がエリーを出迎えてくれた。
「まあエリーったら、またそんなに泥だらけになって」
「えへへ、ごめんなさいお母さん」
「いいのよ、それだけ元気に遊んだってことだものね。でも、そのままじゃ家の中が汚れちゃうからお風呂に入りましょうか」
「やったあ! お母さんとお風呂だー」
嬉しそうにぴょんぴょんと跳ねるエリーを、母は微笑みながら眺めている。
これが最もよく覚えている母とのやり取りだった。
この時のエリーは、こんな幸せな日々がいつまでも続くのだと思っていた。
そう、あの事件が起こるまでは。
ある日、エリーが外で遊んでいると、よく遊んでもらっていた近所のお姉さんが血相を変えて走ってきた。
「よかった……エリーちゃんはまだ捕まってないね」
「クローナお姉さん? どうしたの? なんでそんなに泥だらけなの? それにその赤いのなーに?」
村の女の子の中でもおしゃれなことで知られていたお姉さんもといクローナにして珍しく、服や手足だけでなく、顔まで泥と赤いなにかで汚れた姿に、エリーは無邪気に首を傾げる。
「細かいことは後よ。とにかく今はお姉ちゃんについてきてちょうだい!」
「いたっ……そんなに強く掴んだら痛いよクローナお姉さん」
「ごめん、でも今は我慢してね」
クローナがなにか呪文を唱えると、エリーの周りの景色が一瞬歪んだ気がした。
「お姉さん?」
「しっ、静かに」
クローナはエリーが答える前にその口を塞ぐ。
「むぐっ」
この時のエリーは知る由もないが、この時クローナは透過を発動し、村を襲撃した奴隷商人と商人が雇った傭兵達から身を隠していたのだ。
魔法の並行発動ができなかったクローナは、音で隠れていることがバレないようにエリーの口を塞いだのだった。
「…………っ!?」
この時クローナに抱きしめられ、口を塞がれたエリーが目にしたのは、忘れようにも忘れられない光景だった。
「………………」
奴隷商人と傭兵たちの一団の先頭を行く、無駄に装飾の多い鎧に身を包んだ男が、鋼鉄の拘束具で首と手首足首を拘束された母を、拘束具に繋いだ鎖で引いて付き従わせていたのだ。
村一番の美貌でエリーの自慢だった母は、いつもきれいに結い上げていた美しい金髪は解けてしまい背中に流れており、清廉さを感じさせる白いワンピースは引き裂かれ、下着が剥ぎ取られているのか今にも大事なところが見えてしまいそうだった。
そんな母の姿にも衝撃を受けたエリーだったが、何よりも衝撃的だったのは、母が体の前に抱えているものだった。
(お父さん……っ!)
エリーの母が体の前で抱えていたには、エリーの父の首だった。
それは、首だけになり目から光がなくなった父だったのだ。
幼いエリーでも、父が殺されてしまったのはわかった。
幼いエリーにとって、あまりにも酷すぎ光景を前に、エリーは声を抑えるのに必死だった。
なんとか叫びださずに済んだのは、ひとえにエリーを抱きしめていてくれたクローナのおかげである。
そのまま息を潜めていた2人は、奴隷商人と傭兵たちの一団が捉えたエルフの女たちを引き連れて村を完全に去ったのを確認してようやく一息つくことができた。
「………………お姉さん」
「なあに、エリーちゃん」
「あれは何だったの? なんでお母さんは連れていかれちゃったの? なんでお父さんは……お父、さん、は……っ」
「いいのよ、もう泣いても。一応魔法で音は聞こえないようにしておくわ」
クローナは静寂の魔法を発動する。
「ひぐっ……うう……ううううう……うわああああああああああああん! なんで、なんでお母さんが……っ、うううう、ううううう……」
それからしばらく、エリーは力の限り泣き叫んだ。
なぜ母が連れて行かれなければならないのか、なぜ父が殺されなければならなかったのか。
どうしてこうなったかなどさっぱりわからないエリーの頭の中は、そんな思いで埋め尽くされる。
ひとしきり泣いたところで、エリーの心に別の感情が生まれ始めていた。
「うう、ううううう……許さない……っ! お母さんを連れて行ったあの男を、私は絶対に許さない!」
「エリーちゃん……」
間違いなく今朝遊びに出かけるまでは無邪気な子どもだったエリーが見せたむき出しの憎悪に、クローナはやるせない気持ちになる。
(アイツらのせいでエリーちゃんは……)
クローナは変わってしまったエリーにやるせなさを感じる一方で、エリーが感情をむき出しにしてくれたおかげで、クローナ自身はまだ憎悪に囚われずに済んでいる事を心の中でエリーに感謝していた。
(ありがとう、エリーちゃん。私の分まで怒ってくれて。エリーちゃんにそんなつもりはないのかもしれないけど、おかげで私はまだ正気でいられる。あなたは私が絶対に守るからね!)
クローナは村を抜け出した時の事を思い出す。
あわや捕まるところだったクローナを救ったのはエリーの母だったのだ。
エリーの母が、クローナを逃すために自分の喉元にナイフを突きつけ「その子を捕えたら私は喉を切って死にます」と奴隷商人を脅したのだ。
本来そんなことをしても意味はないはずだった。
むしろ奴隷としての価値で言えば、年若いクローナの方が高価であるのが一般的だ。
しかしながら、エルフたちは知る由もなかったことだが、最初から奴隷商人の真の狙いはエリーの母だった。
エリーの母の美貌は村の外にも知れ渡っているほどだったため、それを狙ってやってきていたのだ。
結果としてお目当てのエルフに死なれてはかなわないと慌てた奴隷商人が、傭兵たちの動きを止め、そのすきにクローナは逃げ出すことができた。
つまり、エリーの母はクローナの命の恩人なのだ。
「許さない許さない許さない! 絶対に私が――!? ク、クローナお姉さん?」
恨み言を吐いていたところを突然抱きしめられたエリーは、驚いて怒りが引っ込んでしまう。
「私が守るからね、エリーちゃん」
「クローナお姉さん?」
クローナがどのようにして助かったのか知らないエリーは首を傾げるばかりだが、クローナは自身の腕の中にすっぽりと収まってしまう小さな身体を抱きしめて、絶対に守るんだと固く誓ったのだった。
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