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第5巻第3章 過去の世界へ
エリーvsマヤ1
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エリーがマヤたちの宿に泊まって、朝に帰っていった日の夕方のこと。
「マヤ!」
マヤたちが宿の部屋でその日集めた情報を整理していると、エリーがノックもなくドアを勢いよく開けて部屋に入ってきた。
「うわっ!? びっくりしたあ……」
「できたわ!」
「いやちょっとは驚いた私に謝罪とかは……まあいいや、何ができたの?」
興奮気味に鼻息を荒くするエリーに、マヤは文句を言うのを途中で諦める。
今のエリーに何を言っても無駄だろうと思ったので、エリーの要件を聞くことにしたのだ。
「よくぞ聞いてくれたわ。できたのよ、6つの魔法の並列発動が!」
「へえ、すごいじゃん! ていうか昨日の今日でできるものなの?」
質問されたシャルルは、わかりやすく困った表情をする。
「私に聞かれても困る。私はマヤと違って普通の魔法も使えるが、冒険者として修得しておかないと困るような基礎的な魔法が使えるというだけだからな」
そう言って首を振るシャルルの動きに合わせて、その顔の下で片方だけでその顔くらいありそうな大きな2つの膨らみが左右に揺れる。
今日は先にお風呂に入ってきたので、シャルルはさらしを外し、さらには今日の昼にマヤが見繕った女性物の下着をつけ、女性物の寝間着に身を包んでいる。
「普通は一朝一夕でどうにかなるものじゃないわ。そもそも魔法2つの並列発動ですらできずに挫折する魔法使いのほうが多いんだから」
「そういうものなんだ。ちなみにエリーは元々いくつまで並列発動できてたの?」
「3つよ。さっきも言ったみたいに、魔法2つの並列発動でも挫折する魔法使いのほうが多いの。3つできるだけでも十分すごいんだからね? 本当なのよ? 本当なんだけど……」
エリーは今日も大事そうに胸に抱えているオリガの魔法入門に目を落とす。
「この本を読むと、魔法6つまでの並列発動は努力次第で誰でもできる、みたいなことが書いてあるのよね……」
「あはは、まあそれを書いた人も当然のように6つ並列発動しているしね」
「やっぱりそうなのね。でも確かに私もできるようになったし……私の認識が間違っていたのかしら?」
「いやー、どうだろう? その本って、実はダークエルフの作者が、エルフ向けに書いたやつなんだけど、特に優秀なエルフの魔法使いに読ませたら誰も最後まで読みきれなかったんだよね。難しすぎるー、ってみんな読むのやめちゃって」
「そうなの? こんなに面白いのに……」
「だからその本を夢中になって読めるエリーみたいな魔法好きのエルフにとっては魔法6つの並列発動くらいは努力次第でできるようになる、ってことなんじゃないかな」
「なるほど、確かにそれは一理あるかもしれないわ。言われてみれば、あまりにも細かく解説しすぎてて全然入門書じゃないし」
「ね? 言った通りでしょう? まあでも、エリーがその本を気に入ってくれたみたいで良かったよ」
「ええ、とってもに気に入ったわ。それでマヤ、1つお願いがあるんだけど……」
オリガの魔法入門を胸に抱いてもじもじし始めたエリーに、マヤは首を傾げる。
今さらノックもなしに部屋に入ってきたことを謝ろうと思ったのだろうか。
わざわざ指摘したりはしないが、マヤたちは奴隷王の調査をしているため、念のため話を始める前に部屋の鍵はかけている。
そして当然、この宿の鍵にも初歩的な鍵開けの魔法を無効化する魔法は付与されている。
しかし、エリーは難なく、というかおそらく無意識に鍵にかけられた無効化の魔法を無視できるほどの高度な鍵開けの魔法を使って鍵を開けて入ってきた。
お陰でマヤは、自身に強化魔法を付与して高速で動き、エリーがドアノブに手をかけてからドアを開くまでの一瞬で、奴隷王に関する調査をまとめた書類をひとまず収納袋に突っ込んで隠す羽目になった。
なので、今更どうでもいいことだが、エリーは入ってきた時の驚きは完全に演技だったりする。
「ん? 何かな?」
「この本、私に売ってくれないかしら?」
「ああ、そんなことね。別にいいよ、っていうかあげるよ」
「いいの!?」
「うん。どうせ余ってる本だし。その本の作者も内容をわかってくれて、夢中で読んでくれる人がいて嬉しいと思うよ」
「ありがとう! 一生大切にするわ!」
「うん、大切にしてあげて」
「もちろん! それでねマヤ、もう一つお願いがあるんだけど……」
「今度は何かな? やっぱり作者に会わせてほしいって言うのはなしだよ?」
「そんなことお願いしないわ! そもそも、あの後帰ってからもこの本を読んでたんだけど、この本の作者様は私なんかとはレベルが違いすぎて、会うなんて恐れ多くて無理よ」
「そんなにすごいの……? まあでも作者に会おうって気持ちがなくなってくれたらなら私としては助かるからいいけど。でもそれじゃあお願いって何?」
「そのね、私と戦ってみてほしいの」
「エリーと? 私が?」
「うん。今朝シャルルさんから、マヤはとっても強いって聞いたわ」
「あー、たしかにそんな話してたね」
それは今朝エリーが帰る前、宿の食堂での朝食の時の話だ。
話の流れでエリーが「シャルルさんの方が強そうだけど、実際シャルルさんとマヤだったらどっちが強いの?」という質問をシャルルにしたのだ。
それに対してシャルルは「断然マヤの方が強い。魔物使いとして力だけでも剣士である私を圧倒できるだろうが、剣でもマヤは私を圧倒している」と答えたのだ。
もちろん何でもかんでも答えていたわけではなく、エリーを巻き込んでしまわないためにも、奴隷王について調べていることなどは一切話さないようにしている。
今朝のシャルルの回答にしても、答える前に一瞬マヤにアイコンタクトで了解を取った上で答えたものだ。
「だからね、今の私がどれくらい強いか知りたいの。胸を貸してくれないかしら?」
「なるほど……魔法を6つ並列発動できる魔法使いとの勝負か、確かに面白そうだね。でも、2つだけ約束して」
「何かしら?」
「1つは相手に再生不能な怪我を負わせたり、殺したりしないこと。もう1つは、もし私がこてんぱんにやられちゃったら、その時はエリーの治癒魔法で治してくれること」
「わかったわ。うふふっ、それにして2つ目は面白い条件ね。勝負の前から負けたときの治癒魔法をよりにもよってその勝負の相手にお願いしてくる人なんて初めて見たわ」
「あはは、それだけ自信がないってことで。それに、私たちのパーティって高度な治癒魔法を使える人いないしね」
一応シャルルは治癒魔法も使えるが、シャルルの治癒魔法は最低限のものなので、小さな傷を治したり、大きな怪我の止血ができる程度の効果しかない。
「あら、なかなか謙虚なのね。さて、それじゃあさっそくやりましょう」
「今から? もう暗いよ?」
「大丈夫よ、私たちが戦う範囲くらいなら明るくできる魔道具を持ってきたわ」
「準備万端じゃん……」
端から断られることなど考えていなかったとしか思えない準備の良さに、マヤは苦笑する。
「さあ、行くわよ!」
言うなり飛び出してしまったエリーに、マヤは大急ぎで寝間着から戦闘ができる格好に着替えると、さっさと宿を出て外で待っていたエリーを追いかけたのだった。
「マヤ!」
マヤたちが宿の部屋でその日集めた情報を整理していると、エリーがノックもなくドアを勢いよく開けて部屋に入ってきた。
「うわっ!? びっくりしたあ……」
「できたわ!」
「いやちょっとは驚いた私に謝罪とかは……まあいいや、何ができたの?」
興奮気味に鼻息を荒くするエリーに、マヤは文句を言うのを途中で諦める。
今のエリーに何を言っても無駄だろうと思ったので、エリーの要件を聞くことにしたのだ。
「よくぞ聞いてくれたわ。できたのよ、6つの魔法の並列発動が!」
「へえ、すごいじゃん! ていうか昨日の今日でできるものなの?」
質問されたシャルルは、わかりやすく困った表情をする。
「私に聞かれても困る。私はマヤと違って普通の魔法も使えるが、冒険者として修得しておかないと困るような基礎的な魔法が使えるというだけだからな」
そう言って首を振るシャルルの動きに合わせて、その顔の下で片方だけでその顔くらいありそうな大きな2つの膨らみが左右に揺れる。
今日は先にお風呂に入ってきたので、シャルルはさらしを外し、さらには今日の昼にマヤが見繕った女性物の下着をつけ、女性物の寝間着に身を包んでいる。
「普通は一朝一夕でどうにかなるものじゃないわ。そもそも魔法2つの並列発動ですらできずに挫折する魔法使いのほうが多いんだから」
「そういうものなんだ。ちなみにエリーは元々いくつまで並列発動できてたの?」
「3つよ。さっきも言ったみたいに、魔法2つの並列発動でも挫折する魔法使いのほうが多いの。3つできるだけでも十分すごいんだからね? 本当なのよ? 本当なんだけど……」
エリーは今日も大事そうに胸に抱えているオリガの魔法入門に目を落とす。
「この本を読むと、魔法6つまでの並列発動は努力次第で誰でもできる、みたいなことが書いてあるのよね……」
「あはは、まあそれを書いた人も当然のように6つ並列発動しているしね」
「やっぱりそうなのね。でも確かに私もできるようになったし……私の認識が間違っていたのかしら?」
「いやー、どうだろう? その本って、実はダークエルフの作者が、エルフ向けに書いたやつなんだけど、特に優秀なエルフの魔法使いに読ませたら誰も最後まで読みきれなかったんだよね。難しすぎるー、ってみんな読むのやめちゃって」
「そうなの? こんなに面白いのに……」
「だからその本を夢中になって読めるエリーみたいな魔法好きのエルフにとっては魔法6つの並列発動くらいは努力次第でできるようになる、ってことなんじゃないかな」
「なるほど、確かにそれは一理あるかもしれないわ。言われてみれば、あまりにも細かく解説しすぎてて全然入門書じゃないし」
「ね? 言った通りでしょう? まあでも、エリーがその本を気に入ってくれたみたいで良かったよ」
「ええ、とってもに気に入ったわ。それでマヤ、1つお願いがあるんだけど……」
オリガの魔法入門を胸に抱いてもじもじし始めたエリーに、マヤは首を傾げる。
今さらノックもなしに部屋に入ってきたことを謝ろうと思ったのだろうか。
わざわざ指摘したりはしないが、マヤたちは奴隷王の調査をしているため、念のため話を始める前に部屋の鍵はかけている。
そして当然、この宿の鍵にも初歩的な鍵開けの魔法を無効化する魔法は付与されている。
しかし、エリーは難なく、というかおそらく無意識に鍵にかけられた無効化の魔法を無視できるほどの高度な鍵開けの魔法を使って鍵を開けて入ってきた。
お陰でマヤは、自身に強化魔法を付与して高速で動き、エリーがドアノブに手をかけてからドアを開くまでの一瞬で、奴隷王に関する調査をまとめた書類をひとまず収納袋に突っ込んで隠す羽目になった。
なので、今更どうでもいいことだが、エリーは入ってきた時の驚きは完全に演技だったりする。
「ん? 何かな?」
「この本、私に売ってくれないかしら?」
「ああ、そんなことね。別にいいよ、っていうかあげるよ」
「いいの!?」
「うん。どうせ余ってる本だし。その本の作者も内容をわかってくれて、夢中で読んでくれる人がいて嬉しいと思うよ」
「ありがとう! 一生大切にするわ!」
「うん、大切にしてあげて」
「もちろん! それでねマヤ、もう一つお願いがあるんだけど……」
「今度は何かな? やっぱり作者に会わせてほしいって言うのはなしだよ?」
「そんなことお願いしないわ! そもそも、あの後帰ってからもこの本を読んでたんだけど、この本の作者様は私なんかとはレベルが違いすぎて、会うなんて恐れ多くて無理よ」
「そんなにすごいの……? まあでも作者に会おうって気持ちがなくなってくれたらなら私としては助かるからいいけど。でもそれじゃあお願いって何?」
「そのね、私と戦ってみてほしいの」
「エリーと? 私が?」
「うん。今朝シャルルさんから、マヤはとっても強いって聞いたわ」
「あー、たしかにそんな話してたね」
それは今朝エリーが帰る前、宿の食堂での朝食の時の話だ。
話の流れでエリーが「シャルルさんの方が強そうだけど、実際シャルルさんとマヤだったらどっちが強いの?」という質問をシャルルにしたのだ。
それに対してシャルルは「断然マヤの方が強い。魔物使いとして力だけでも剣士である私を圧倒できるだろうが、剣でもマヤは私を圧倒している」と答えたのだ。
もちろん何でもかんでも答えていたわけではなく、エリーを巻き込んでしまわないためにも、奴隷王について調べていることなどは一切話さないようにしている。
今朝のシャルルの回答にしても、答える前に一瞬マヤにアイコンタクトで了解を取った上で答えたものだ。
「だからね、今の私がどれくらい強いか知りたいの。胸を貸してくれないかしら?」
「なるほど……魔法を6つ並列発動できる魔法使いとの勝負か、確かに面白そうだね。でも、2つだけ約束して」
「何かしら?」
「1つは相手に再生不能な怪我を負わせたり、殺したりしないこと。もう1つは、もし私がこてんぱんにやられちゃったら、その時はエリーの治癒魔法で治してくれること」
「わかったわ。うふふっ、それにして2つ目は面白い条件ね。勝負の前から負けたときの治癒魔法をよりにもよってその勝負の相手にお願いしてくる人なんて初めて見たわ」
「あはは、それだけ自信がないってことで。それに、私たちのパーティって高度な治癒魔法を使える人いないしね」
一応シャルルは治癒魔法も使えるが、シャルルの治癒魔法は最低限のものなので、小さな傷を治したり、大きな怪我の止血ができる程度の効果しかない。
「あら、なかなか謙虚なのね。さて、それじゃあさっそくやりましょう」
「今から? もう暗いよ?」
「大丈夫よ、私たちが戦う範囲くらいなら明るくできる魔道具を持ってきたわ」
「準備万端じゃん……」
端から断られることなど考えていなかったとしか思えない準備の良さに、マヤは苦笑する。
「さあ、行くわよ!」
言うなり飛び出してしまったエリーに、マヤは大急ぎで寝間着から戦闘ができる格好に着替えると、さっさと宿を出て外で待っていたエリーを追いかけたのだった。
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