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第5巻第3章 過去の世界へ
開催権保持者
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「こんにちは~」
「ひいぃ!?」
「ちょっと、あった瞬間悲鳴上げるのは流石に酷くない? せっかく美少女が会いに来てあげたっていうのにさ」
自分で自分のことを美少女というのはどうなんだ、という話だが、そこを指摘する者はいなかった。
何でもない挨拶一つで大の大人である奴隷商人を震え上がらせたマヤに、周りの奴隷商人たちもマヤがただ者ではないと察したのだろう。
奴隷売買などという薄汚い世界で仕事をしてきた商人たちは、そのあたりの危機察知能力が高かった。
「お、俺は知ってることは全部話したぞ!」
「まあまあ落ち着きなって……」
「落ち着いていられるか! さっさと帰ってくれ!」
喚き散らす奴隷商人に、マヤはやれやれと首を振ると、スッと商人へと距離を詰める。
「だいたい俺が何したって――」
「落ち着いてって、言ったよね?」
自分で美少女というだけあって、マヤは街を歩けば男性が振り返る程度には整った容姿をしている。
そんなマヤにあと少しで身体同士が触れ合うというところまで近寄られれば、男なら誰しもドキドキしてしまうだろう。
しかし、今商人が感じているのは純粋な恐怖だった。
その証拠にマヤに耳打ちされた商人は一瞬で黙り込むと、冷や汗をかき始める。
「うん、それでいいんだよ。別に取って食おうってわけじゃないんだからさ」
「…………」
「それじゃあ……っと、ちょっと注目されちゃってるね。ついてきて」
マヤは奴隷商人の手を取ると、そのままその手を引いて歩き出す。
傍から見れば美少女に手を引かれている羨ましい男なのかもしれないが、当の奴隷商人はと言えば、処刑場に連れて行かれるような心境だった。
「さて、このへんでいいかな」
マヤは人目につかない路地にたどり着くと、あたりを見回す。
目につく人物はなく、近くに人の気配も感じなかった。
「それで、こんなところまで連れてきて俺をどうしようっていうんだ?」
「いや、だから別に取って食おうってわけじゃないってば。昨日と一緒でちょっと教えてほしいことがあってさ」
マヤは奴隷品評会がどのように開催されるかということと、誰が開催する権利を持っているのか、というが知りたいと商人に伝えた。
「そんなことを知ってどうするんだ?」
「知りたい?」
いたずらっぽく笑うマヤに、商人は口端を引きつらせる。
マヤが言外に「教えてあげてもいいけど、知ったら手伝ってもらうよ?」と言っていることに気がついたのだ。
「いや、俺には関係ないことだ。奴隷品評会がどうやって開催されるかと、それを開催する権利を誰が持っているのか、ということだったな」
「うん」
「その2つの答えは同じだ」
「同じ? どういうこと?」
「簡単なことだ。奴隷品評会は開催権を持っている人物の都合だけを理由に開催される」
「つまり、奴隷品評会を開催する権利を持っている人さえわかれば、奴隷品評会がどうやって開催されるかもわかるってこと?」
「そういうことだ。そしてその人物は、俺たち奴隷商人の王。奴隷王と呼ばれている大商人だ」
「奴隷王……そのまんま過ぎない?」
「あくまで通称だからな」
「それで?」
「すまないが、これ以上の情報はない」
「え?」
「嘘はついていないぞ?」
「本当に? 奴隷王の本名とか、どこに住んでるとか、知らないの?」
「ああ、全くな。そもそも――」
商人が言うには、奴隷王と呼ばれる大商人は、とても用心深い人物らしく同業者の前にめったに姿を表さないらしい。
「なるほど。まあそうだよね、奴隷王って言うくらいだからお金持ちだろうし?」
マヤはおもむろに剣に手をかけながら商人へと近づいていく。
それを見た商人の顔が青ざめた。
「お、おい! 俺は全部話したぞ!?」
「いやいや、もしかしたら隠していることとかあるかもしれないじゃん? だからちょっと、ね?」
マヤはゆっくりと一歩踏み出すと、商人は思わず後退る。
しかし、ここは路地である。
すぐに商人の背中は壁にぶつかってしまった。
「話すなら、今のうちだよ?」
「だ、だから、俺は全部話した! 本当だ!」
「はああっ!」
マヤの剣が商人の首筋に迫り、商人は死を覚悟する。
「何で!? 全部話した、のに……!?」
その言葉を聞いたマヤは、商人は首筋ぎりぎりで止めていた剣をさやに収めると、くるりと踵を返す。
「本当に嘘はついてなかったんだね。ごめんね、びっくりさせちゃって」
それじゃあね~とマヤはひらひらと手を振って路地を出ていった。
「はあああああああ、助かった~」
一人路地に残された商人は、ズルズルと壁に背をつけたままその場に座り込む。
商人が安堵したのも束の間、立ち去ったはずのマヤが路地の角から顔を出した。
「ひいぃぃ!?」
「いやだから悲鳴上げるのは流石に酷くない? まあいいけど。一つ言い忘れてたけど――」
マヤはそこで言葉を切ると、すっと目を細めて商人をみる。
「今日ここで私に何を教えたとか、そういうことは一切秘密にしといてね?」
マヤの言葉に、商人は全力でうなずく。
商人はとにかく早くマヤに立ち去ってほしかった。
「よろしい。それじゃ、今度こそじゃーねー」
ようやく本当にいなくなったらしいマヤに、商人は長く息を吐く。
「なんで俺ばっかりに聞くんだよ……」
たまたまオーガの奴隷を扱っていて、たまたまマヤに最初に見つかったせいで、散々な目にあった商人の男は、路地で一人そう呟いたのだった。
***
「シャルルさん、奴隷品評会のことがわかったよ」
部屋に戻ったマヤは開口一番そう言った。
「ほう、早いな」
「ふふーん、まあね」
「それで、何がわかったのだ?」
「それはね~……奴隷品評会っていうのは、奴隷王って呼ばれている大商人が開催したい時に、その奴隷王って人の権限で開催されるらしいってことだね」
「なるほど、奴隷王、か。それで、その奴隷王というのはどこにいるんだ?」
「えーっと、わかんない」
「そうなのか。それではその奴隷王とやらの名前は?」
「それもわかんない」
「んん? じゃあせめて男か女かは……」
「ごめん、それもわかんない……」
「………………おいマヤ、私はなんの情報も手に入れてないからあまりこういうことは言いたくないが、それだけの情報ではどうしようもないんじゃないか?」
シャルルにあまりにももっともな意見に、マヤはしゅんとうなだれる。
「ううっ……はい、その通りだと思います」
「いや、別に責めているわけじゃないんだ。実際少しは収穫があったということだしな」
「でも、確かにシャルルさんの言うとおりだよ。私が仕入れてきた情報だけじゃどうやって奴隷王を探せばいいかわからないし」
「しかし、奴隷王と言うのは奴隷を扱う大商人なのだろう? 安直かもしれんが、この周辺で一番大きな奴隷市場に行ってみればなにかわかるかもしれんぞ?」
「確かに。それじゃあさっそく明日出発しようよ。どこにあるの?」
「街道沿いに行って4つほど離れた街にある。私達が最初に出会った街の隣町だな」
こうしてマヤたちは翌朝早々に周辺で最大級の奴隷市場がある街へと向かったのだった。
「ひいぃ!?」
「ちょっと、あった瞬間悲鳴上げるのは流石に酷くない? せっかく美少女が会いに来てあげたっていうのにさ」
自分で自分のことを美少女というのはどうなんだ、という話だが、そこを指摘する者はいなかった。
何でもない挨拶一つで大の大人である奴隷商人を震え上がらせたマヤに、周りの奴隷商人たちもマヤがただ者ではないと察したのだろう。
奴隷売買などという薄汚い世界で仕事をしてきた商人たちは、そのあたりの危機察知能力が高かった。
「お、俺は知ってることは全部話したぞ!」
「まあまあ落ち着きなって……」
「落ち着いていられるか! さっさと帰ってくれ!」
喚き散らす奴隷商人に、マヤはやれやれと首を振ると、スッと商人へと距離を詰める。
「だいたい俺が何したって――」
「落ち着いてって、言ったよね?」
自分で美少女というだけあって、マヤは街を歩けば男性が振り返る程度には整った容姿をしている。
そんなマヤにあと少しで身体同士が触れ合うというところまで近寄られれば、男なら誰しもドキドキしてしまうだろう。
しかし、今商人が感じているのは純粋な恐怖だった。
その証拠にマヤに耳打ちされた商人は一瞬で黙り込むと、冷や汗をかき始める。
「うん、それでいいんだよ。別に取って食おうってわけじゃないんだからさ」
「…………」
「それじゃあ……っと、ちょっと注目されちゃってるね。ついてきて」
マヤは奴隷商人の手を取ると、そのままその手を引いて歩き出す。
傍から見れば美少女に手を引かれている羨ましい男なのかもしれないが、当の奴隷商人はと言えば、処刑場に連れて行かれるような心境だった。
「さて、このへんでいいかな」
マヤは人目につかない路地にたどり着くと、あたりを見回す。
目につく人物はなく、近くに人の気配も感じなかった。
「それで、こんなところまで連れてきて俺をどうしようっていうんだ?」
「いや、だから別に取って食おうってわけじゃないってば。昨日と一緒でちょっと教えてほしいことがあってさ」
マヤは奴隷品評会がどのように開催されるかということと、誰が開催する権利を持っているのか、というが知りたいと商人に伝えた。
「そんなことを知ってどうするんだ?」
「知りたい?」
いたずらっぽく笑うマヤに、商人は口端を引きつらせる。
マヤが言外に「教えてあげてもいいけど、知ったら手伝ってもらうよ?」と言っていることに気がついたのだ。
「いや、俺には関係ないことだ。奴隷品評会がどうやって開催されるかと、それを開催する権利を誰が持っているのか、ということだったな」
「うん」
「その2つの答えは同じだ」
「同じ? どういうこと?」
「簡単なことだ。奴隷品評会は開催権を持っている人物の都合だけを理由に開催される」
「つまり、奴隷品評会を開催する権利を持っている人さえわかれば、奴隷品評会がどうやって開催されるかもわかるってこと?」
「そういうことだ。そしてその人物は、俺たち奴隷商人の王。奴隷王と呼ばれている大商人だ」
「奴隷王……そのまんま過ぎない?」
「あくまで通称だからな」
「それで?」
「すまないが、これ以上の情報はない」
「え?」
「嘘はついていないぞ?」
「本当に? 奴隷王の本名とか、どこに住んでるとか、知らないの?」
「ああ、全くな。そもそも――」
商人が言うには、奴隷王と呼ばれる大商人は、とても用心深い人物らしく同業者の前にめったに姿を表さないらしい。
「なるほど。まあそうだよね、奴隷王って言うくらいだからお金持ちだろうし?」
マヤはおもむろに剣に手をかけながら商人へと近づいていく。
それを見た商人の顔が青ざめた。
「お、おい! 俺は全部話したぞ!?」
「いやいや、もしかしたら隠していることとかあるかもしれないじゃん? だからちょっと、ね?」
マヤはゆっくりと一歩踏み出すと、商人は思わず後退る。
しかし、ここは路地である。
すぐに商人の背中は壁にぶつかってしまった。
「話すなら、今のうちだよ?」
「だ、だから、俺は全部話した! 本当だ!」
「はああっ!」
マヤの剣が商人の首筋に迫り、商人は死を覚悟する。
「何で!? 全部話した、のに……!?」
その言葉を聞いたマヤは、商人は首筋ぎりぎりで止めていた剣をさやに収めると、くるりと踵を返す。
「本当に嘘はついてなかったんだね。ごめんね、びっくりさせちゃって」
それじゃあね~とマヤはひらひらと手を振って路地を出ていった。
「はあああああああ、助かった~」
一人路地に残された商人は、ズルズルと壁に背をつけたままその場に座り込む。
商人が安堵したのも束の間、立ち去ったはずのマヤが路地の角から顔を出した。
「ひいぃぃ!?」
「いやだから悲鳴上げるのは流石に酷くない? まあいいけど。一つ言い忘れてたけど――」
マヤはそこで言葉を切ると、すっと目を細めて商人をみる。
「今日ここで私に何を教えたとか、そういうことは一切秘密にしといてね?」
マヤの言葉に、商人は全力でうなずく。
商人はとにかく早くマヤに立ち去ってほしかった。
「よろしい。それじゃ、今度こそじゃーねー」
ようやく本当にいなくなったらしいマヤに、商人は長く息を吐く。
「なんで俺ばっかりに聞くんだよ……」
たまたまオーガの奴隷を扱っていて、たまたまマヤに最初に見つかったせいで、散々な目にあった商人の男は、路地で一人そう呟いたのだった。
***
「シャルルさん、奴隷品評会のことがわかったよ」
部屋に戻ったマヤは開口一番そう言った。
「ほう、早いな」
「ふふーん、まあね」
「それで、何がわかったのだ?」
「それはね~……奴隷品評会っていうのは、奴隷王って呼ばれている大商人が開催したい時に、その奴隷王って人の権限で開催されるらしいってことだね」
「なるほど、奴隷王、か。それで、その奴隷王というのはどこにいるんだ?」
「えーっと、わかんない」
「そうなのか。それではその奴隷王とやらの名前は?」
「それもわかんない」
「んん? じゃあせめて男か女かは……」
「ごめん、それもわかんない……」
「………………おいマヤ、私はなんの情報も手に入れてないからあまりこういうことは言いたくないが、それだけの情報ではどうしようもないんじゃないか?」
シャルルにあまりにももっともな意見に、マヤはしゅんとうなだれる。
「ううっ……はい、その通りだと思います」
「いや、別に責めているわけじゃないんだ。実際少しは収穫があったということだしな」
「でも、確かにシャルルさんの言うとおりだよ。私が仕入れてきた情報だけじゃどうやって奴隷王を探せばいいかわからないし」
「しかし、奴隷王と言うのは奴隷を扱う大商人なのだろう? 安直かもしれんが、この周辺で一番大きな奴隷市場に行ってみればなにかわかるかもしれんぞ?」
「確かに。それじゃあさっそく明日出発しようよ。どこにあるの?」
「街道沿いに行って4つほど離れた街にある。私達が最初に出会った街の隣町だな」
こうしてマヤたちは翌朝早々に周辺で最大級の奴隷市場がある街へと向かったのだった。
応援ありがとうございます!
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