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第5巻第3章 過去の世界へ

シャルルの剣

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「はーい、これでシャルルさんは死にましたー」

 なんとも間の抜けた口調でマヤがシャルルの首筋に木剣を突きつける。

「参りました……」

 シャルルは悔しそうに言いながら木剣をおろした。

「うーん、なかなか難しそうだね……。まあこればっかりは身体に覚えさせるしかないし、実戦あるのみ、だね」

 マヤは少し離れてシャルルを振り返ると、木剣を構える。

「師匠がそう言うならそうなのだろうな」

 シャルルも木剣を構えると、再びマヤへと斬りかかる。

 斜め上から繰り出されたシャルルの斬撃は、マヤに難なく剣で受け止められてしまう。

 そのまま剣を振り抜き次の斬撃に繋げようとしたシャルルをマヤが注意する。

「もうシャルルさんの剣は私に受け止められたんだから、すぐに剣を持ち上げて次の攻撃に移ればいいんだよ。振り抜いたら無駄だって」

「わかってはいるのだが、なっ」

 結局力任せに振り抜いたりシャルルの剣の勢いを使って、マヤは大きく距離をとる。

 そして次に瞬間には、マヤは剣を振り抜いて一瞬静止したシャルルの後ろに移動しており、シャルルの肩をポンポンと叩く。

「それも不思議だよね。なんで戦闘中に止まるのさ」

「私にとってはこれが普通、なのだっ!」

「ほっ、と」

 振り向きざまに放ったシャルルの斬撃をジャンプして交わし、シャルルの頭に手をついて宙返りをしたマヤは、シャルルの後ろに着地する。

「まあ、普通の人にはわからないくらいの話ではあるんだけどね」

 シャルルの剣の癖、言葉を選ばず言えば剣の無駄であるそれは、一定以上の剣士にしかわからないだろう。

 だからこそこれまでシャルルは冒険者として問題なくやってこれたのだ。

 しかし、それは一定以上の剣士であれば、その無駄がわかってしまうということだ。

 隙があるならそれをつくのが勝負の基本、ましてそれが命のやりとりなら尚更である。

 だからこそ、シャルルの癖は直しておく必要がある。

(それにしても、シャルルさんの剣ってなんというか、人を斬る剣って感じじゃないよね)

 マヤはシャルルの攻撃をさばき、無駄な動きを見つけては指摘しながら、シャルルの剣を観察していた。

(私に剣を教えてくれたのが剣の勝負大好き人間のデリックさんだったから、私の剣も最も効率よく相手を斬る方法、みたいな剣術だからかもしれないけど、シャルルさんの剣はやたらと見映えを意識してるような気がするなあ)

 シャルルの剣は、いちいち剣を振り抜いたり、剣を振り抜いたら振り抜いたでその格好のまま一瞬止まったり、どこを切り取っても美しく見えるような、そんな動きをしている。

 自分で言うのもどうかと思うが、とにかく最速で相手を殺すことに特化しているマヤの剣とは正反対である。

(もしかすると、シャルルさんって元貴族か何かなのかな? よくわからないけど、宮廷剣術? とかそういうのがあるなら、シャルルさんの剣はそういうたぐいのものな気がする)

 あるいはマヤの知っているところで言うと、神社などで神に奉納する剣舞なども、シャルルの剣に近いような気がする。

 まあ、マヤはあちらの世界にいる頃、その手ものに全く無関心だったため、剣舞を実際に見たことがあるわけではないので、あくまでもイメージなのだが。

 と、マヤがそんなことを考えながらシャルルの剣をさばいていると、シャルルが大きくバランスを崩して膝をついた。

「はい、これでまたシャルルさんは死にました。今日はこれくらいにしとこうか」

 マヤはシャルルの首筋に木剣を突きつけた後、すぐに木剣をしまってシャルルに手を差し伸べる。

「すまない」

「いいっていいって。さあ、それじゃあお風呂入ってから宿に戻ろうか。前みたいに時間をずらしたりしなくよくなったわけだし?」

「どうして私が悪い感じになってるんだ? マヤが勘違いしていただけだろう?」

「うぐっ……それはそうだけど! 気づいてて指摘してくれなかったシャルルさんも悪いのー!」

「はあ、わかったわかった。私が悪かったよ」

「わかればよろしい」

 上機嫌で歩き出したマヤの後ろをついていきながら、シャルルは思わず苦笑する。

「全く、困ったお師匠様だ」

「んー? なんか言ったー?」

「なんでもないさ」

 マヤとシャルルは、その後も他愛もない話をしながら街の風呂屋へと向かったのだった。

***

「あんなにしっかり浮くのか……」

「いつまで言っているんだ……恥ずかしいからそろそろやめてほしいんだが……」

 お風呂からの帰り道、マヤはお風呂で見た光景の衝撃が忘れられず未だにぶつぶつと呟いていた。

「それよりもマヤ、オーガを救うのを手伝ってくれると言うことだが、具体的に何か考えがあるのか?」

 シャルルは半ば無理矢理に話題を変える。

 オーガのほとんどが奴隷となっている今、それを救うと言うことは商人や所有者から奴隷を奪うということなので、街中でする話ではないのだが、いつまでもお湯に浮かんだシャルルの胸の話をされては恥ずかしくてたまらないので背に腹は代えられない。

「ん? いや、なーんにも考えなんてないよ? シャルルさんが何か考えてると思ってたんだけど、違うの?」

「私がオークを救えるアイデアを持っていたら、とっくにオークたちは開放されているはずだろう?」

「そりゃそうだ。そっかー、そうだよね。どうしたもんかな」

 マヤが悩み始めたちょうどそのタイミングで、マヤたちは宿へと到着した。

 そのまま2人は部屋に入ると、お茶を用意してテーブルを挟んで椅子に座り向かい合う。

「まず現状を確認したいんだけど、オーガたちはみんな奴隷にされちゃったってことでいいの?」

「ああ、ほぼ全員が殺されたか奴隷にされた。逃げ延びたものもいるだろうが、おそらくごくごく少数だ」

「じゃあ奴隷になっちゃったオーガを開放するって言うのが私達の目標ってわけか。正攻法では……無理だよね?」

「当然だ。私にそんな金があるように見えるか?」

 マヤのいう正攻法とは、オーガの奴隷を全員買い取るという方法だ。

 この方法ならなんの危険もなくオーガたちを救出できる。

 しかしながら、そんなことができるお金はマヤにもシャルルにもあてがなかった。

「それじゃあやっぱり力ずくかあ……」

「マヤなら難しくないんじゃないか?」

「うーん、まあ確かに、例えば商人の屋敷に乗り込んで、商人を叩きのめして奴隷のオーガを助けてくるくらいのことは簡単にできるよ?」

「それならそれを繰り返せばいいのではないか?」

「ううん、それじゃ多分無理だよ。まず全員助けるのに時間がかかり過ぎちゃう。それに、どこかのタイミングでオーガの奴隷が狙われてるってことに気が付かれたら、何かしら対策を取られちゃうよ。オーガの奴隷を人質にとられる、とかね」

「なるほど……しかしそれではどうすれば……」

「だからそれを考えないといけない、ってことだね。具体的な方法は私が考えてみるよ。だからシャルルさん、今は強くなることに集中して。シャルルさんが強くなればできる作戦も増えるはずだから」

「わかった」

 こうして2人は、シャルルは剣の修行、マヤはオーガを助ける具体的な作戦の立案というそれぞれの目標に向かって動き出したのだった。
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