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第5巻第3章 過去の世界へ

新しい師弟

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「やっと起きたね」

 シャルルをベッドに寝かし、近くの商店で買ってきた焼き菓子でお茶していたマヤは、背後でシャルルが起きた気配を感じ振り返った。

「私は一体……そうか、マヤと戦って……マヤ、お前何も意識が飛ぶまで殴ることないだろ?」

「えー、知らないよ。シャルルさんが勝手に気絶したんでしょ? あれくらいで気絶してたら戦えないよ?」

 あっけらかんととんでもないことを言うマヤに、シャルルは呆れて天を仰ぐ。

「……お前はどこの世界の話をしているんだ?」

「うーん、私が修行してた世界? それはさておき、シャルルさんも食べる?」

 マヤは焼き菓子が入っている皿を持ち上げてシャルルに示す。

 皿の上には焼き菓子がまだ半分ほど残っていた。

「食べる」

 即答したシャルルに、マヤは声を出して笑う。

「あはは、シャルルさんって意外と甘いもの好きだよね」

「そうか? 女ならみんな甘いものが好きだろう?」

「それはそうかもしれないけど、シャルルさんは男じゃん?」

「ん? 私は女だが?」

「へ?」

 マヤはシャルルの言っていることがよく分からず、素っ頓狂な声を上げてしまう。

「ん?」

「ん? じゃなくて!? いやいやいや! え? 女? いやだって、え? だってじゃあその胸は? その服装は? どっからどう見ても男じゃん!?」

 マヤはシャルルの真っ平らな胸と、どう見ても男物にしか見えない服を指差す。

 かなり失礼な物言いだったが、マヤにそれを気にしている余裕はなかった。

「お前、自分が多少胸があるからって、他の人にそういうことを言うんじゃないぞ?」

 シャルルはやや呆れながら上着を脱ぎ、そのまま肌着も脱いでいく。

 その下から現れたのはさらしに包まれた胸だった。

「なんでさらしなの?」

「剣を振るのに邪魔だからだな」

「いやいや、そんなことないと思うよ? 私だって剣振れてるし」

 マヤは自分の胸を持ち上げて落として持ち上げて落としてして揺らして見せる。

 ちなみにマヤは一般的な女性物の下着だ。

 前の世界のブラジャーほどしっかり固定できるものではないが、この世界の下着もそれなりにしっかりと胸を固定してくれている。

 とはいっても前の世界のマヤは男だったので、ブラジャーの装着感は知らないのだが……。

「マヤくらいの大きさならたしかにそうかもしれないが……いや、見せたほうが早いだろう」

 そう言ってシャルルがさらしを緩めると、瞬間シャルルの胸が爆発した。

「おお……」

 マヤは目に前に現れた規格外に大きな胸に言葉を失ってしまう。

 女の子の体に慣れきって久しいマヤだが、完全に同性の視点になった今のマヤから見ても、シャルルの胸は圧巻だった。

「これでも剣が振れると思うか?」

 シャルルが素振りの動きをすると、マヤの目の前を大きな2つの塊が行ったり来たりする。

「なるほど、確かにこれじゃちょっと大変そうだね。それに、やっとシャルルさんの剣が見た目の割に軽い理由もわかったよ」

 マヤは今まで、さらしに押し付けられたシャルルの胸の盛り上がりを、全て大胸筋だと思っていたのだ。

 だからこそ、筋肉量の割に剣が軽いことが不思議だった。

 しかし、それが全て胸だったと言うなら納得である。

「でもさ、胸を押さえつけてたのはいいとして、なんで服装まで男物なの?」

「ああ、これも単純な理由だ。私の体格にあう服が男物しかなかったんだ。それと、オークたちが私を逃がす時に私とわからないように男物の服を着せてくれたから、それからなんとなく、というのもあるが」

「そうなんだ。にしても、私完全にシャルルさんのこと男だと思ってたよ」

「まあ、なんとなくそんな気はしていた。やたらベッドが分かれていることを気にしたり、着替えを見ないようにしたり、別々に風呂に入ったりしてもんな」

「気がついてたなら教えてよ! あー、もう、恥ずかしいっ!」

「ははは、いいじゃないか、別に。恥ずかしがるマヤもかわいいぞ?」

 女だとわかっていても、シャルルにそう言われると、マヤは少しドキドキしてしまう。

 それくらいシャルルは、女とわかってもなお相変わらずのイケメンだった。

「それ褒めてないでしょ、もう」

 そっぽを向いてしまったマヤに、シャルルは苦笑する。

「褒めてるさ。マヤみたいな可愛らしさは私にはないからな」

 マヤの頭をポンポンと撫でるシャルルに、マヤは少し頬を染める。

「シャルルさんって、もしかして女たらし?」

「そんなわけ無いだろう? そもそも私は女だぞ?」

「でも女の子に告白されたことあるでしょ?」

「よくわかったな」

「わかるよ。わざとじゃないところが余計にたちが悪いね」

 マヤは頭を撫でるシャルルの手をそっと退けると、シャルルの方に向き直った。

「そういえばまだ答えを聞いてなかったけど、私にも手伝わせてくれるってことでいいかな?」

 マヤが言っているのは、シャルルと戦う前にマヤが提案した、シャルルがオークを救うのをマヤも手伝う、という話だ。 

「ああ、もちろんだ。むしろこちらからお願いしたい」

 さらしで胸を押さえ直したシャルルは、衣服を整えるとマヤへと手を差し出した。

「じゃあ決定だね」

 マヤは笑ってシャルルの手をとり握手を交わす。

「それと、手伝ってもらうついでにもう一つ頼みたいことがあるんだが、いいか?」

「何かな?」

「私に剣を教えて欲しいんだ」

「何だそんなことか。全然いいよ。むしろシャルルさんが言ってこなかったら私から言ってたから」

「そうなのか?」

「うん、だってシャルルさんの剣って結構変わってるから」

 マヤは初めてシャルルの剣を見たときから、細かい動作に違和感を感じていた。

 一言で言うなら、シャルルの剣は色々と無駄が多いのだ。

 止まらなくていいところで止まったり、止めればいいところで振り抜いたりする。

「変わっている、か……。確かにそうかもな」

「自覚はあったんだね」

「ああ、それなら話が早い。それを直すだけでシャルルさんは格段に強くなれるよ」

「…………わかった。すべてを変えることはできないかもしれないが、よろしく頼む」

 一瞬沈黙があった気がしたが、マヤは気にしないことにする。

 剣に染み付いた癖を直すということは、並大抵のことではないと、デリックの修行でマヤ自身も知っていたからだ。

「うん、頼まれた」

 マヤは自信満々に片手の拳で自身の胸を叩く。

 こうして、新しい師弟関係が誕生したのだった。
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