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第5巻第3章 過去の世界へ

マヤ本来の実力

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「私が手伝ってあげるよ!」

 シャルルの肩に手を置いていたマヤは、そのままシャルルの肩をグッと掴むと、力強く言った。

「いいのか?」

「もちろん。そもそも私が無理言ってシャルルさんに手伝ってもらってるわけだしね」

「それはそうかもしれないが、お前の父親探しは……」

「あー、それねー……」

 マヤは少し逡巡したが、すぐに大きく頷くとシャルルの手をとって歩き出した。

 ベッドに腰掛けていたシャルルはマヤに引っ張られる形で立ち上がると、手を引かれるまま部屋を出て宿を出て、そのまま街のハズレまでやってきた。

「突然どうしたんだ?」

「実は、お父さんを探してるっていうの、嘘なんだよね」

「は?」

「うん、まあそういう反応になるよね。実はさ、私は私でオーガを探してるんだよね」

「マヤがオーガを? どうしてだ?」

「それは言えない。いや、言ってもいいんだけど、多分信じてもらえないし」

「私は何を言われても驚かんぞ?」

「うーん、まあそうだとしても、ね。知らないほうがいいこともあると思うしさ」

 マヤが未来から来たことを知れば、シャルルは色々なことを質問してくれるだろう。

 そしてそこにはオーガの未来に関する質問も含まれるはずだ。

 オーガを救おうとしているシャルルにとって、未来の世界でオーガが絶滅しているというのは、残酷な事実だろう。

「それはどういう……」

「まあそれはいいじゃん。それよりも、なんで私がシャルルさんをこんなところに連れて来たと思う?」

「そうだ、それも気になっていた。一体マヤは何をするつもりだ?」

「実はもう一つシャルルさんを騙してたことがあってね」

 マヤはさり気なく宿の部屋から持ってきていたシャルルの剣をシャルルに投げてわたす。

「これは私の剣だな。これで何をしようと言うんだ?」

「簡単だよ。その剣で全力で私に攻撃してきて」

「…………なんだって?」

 突拍子もない事を言い出したマヤに、シャルルは開いた口が塞がらない。

 そんなことをすれば、一瞬でマヤは死んでしまうだろう。

「だから、そのシャルルさんの剣を使って、全力で私に攻撃してきてって言ってるんだよ」

「そんなことできるわけ無いだろう?」

「どうして? 私が弱いから?」

「それは……」

 図星を突かれたシャルルは言葉に詰まってしまう。

 本心だとしても、面と向かって「お前は弱い」というのは、流石に抵抗があった。

「あはは、シャルルさんをうまく騙せてたなら私の演技もなかなかだね」

 得意げに胸を張るマヤに、シャルルは訝しげに問い返す。

「それは、どういうことだ?」

「そのまんまの意味だよ。シャルルさんは私が弱いと思ってるんでしょ?」

「違うのか?」

「うん、違うね。シャルルさんもそこそこ強いと思うけど、私に比べればたいしたことないよ」

 明らかに自分より弱いマヤに「そこそこ」などと言われれば、基本的に温厚なシャルルでも腹が立つ。

「言ってくれるじゃないか」

 マヤの挑発に乗って剣を構えたシャルルに、マヤは満足げに頷いた。

「やっとやる気になってくれたね。ほら、いつでもどこからでもどうぞ?」

 わざとらしく指先でクイクイとシャルルを挑発するように手招きするマヤに、シャルルはしっかりと剣を構え直す。

(マヤの安い挑発に乗ってはやったが、本当に斬りつけようものなら、マヤではひとたまりもないだろう。ここは――)

 シャルルはマヤの寸前で剣を止めよう、と考えて大きく息を吸う。

「はああっ!」

 シャルルの剣が迫るのを見ていたマヤは、全く動く気配がない。

(やはり反応できていないじゃないか)

 シャルルは寸止することにしてよかった、と思いながらマヤを見ていたのだが次の瞬間、金属と金属がぶつかる甲高い音が聞こえた。

 そしてその音とほぼ同時に、シャルルの両手を衝撃が襲う。

「なっ!?」

 あまりの衝撃に剣を掴む手から力が抜けた一瞬のすきに、シャルルの剣はマヤに取り上げられてしまう。

「シャルルさん? 私は全力で攻撃してきて、って言ったよね? シャルルさんの全力ってこんなもんなの? 違うよね?」

 マヤはやれやれといった様子でシャルルに剣を返してくる。

 あまりの驚愕に、シャルルはそのまま素直に剣を受け取ってしまう。

 しばらくして落ち着いたシャルルは、ようやくマヤと自分の間の実力差を理解し始めていた。

「さっきのは何だ?」

「うーん? いや大したことはしてないよ? シャルルさんの剣を横から私の剣で殴って、シャルルさんの手が離れたタイミングで剣を掴んで引っ張っただけ」

 こともなげにいうマヤだが、まず全力ではなかったとはいえ一応一廉の剣士であるシャルルの剣撃を横から剣で殴りつける時点でそうとう高度なことをしている。

 その上、シャルルの握力が緩んだ一瞬を見逃さず、剣士から剣を取り上げるというのは、絶技と言わざるをえない。

「さて、私の力はわかったでしょ? せっかくだからちょっと揉んであげる。今度は全力でかかってくるんだよ?」

 不敵に笑うマヤに、シャルルも思わず口角が上がってしまう。

(こいつに……いや、この方に鍛えて貰えれば、私はきっと、もっと……っ!)

 シャルルはマヤの言う通り、本気でマヤに斬りかかる。

「そうそう、その調子その調子」

 シャルルが矢継ぎ早に繰り出す斬撃をマヤは難なくさばいていく。

 数合打合うと、シャルルはあっという間に汗だくになり息も絶え絶えになっていた。

 対するマヤはといえば、汗一つかいておらず、息も全く乱れていない。

 それどころか、マヤはその場から一切動いていなかった。

「もうおしまい? それじゃあ次は私から行かせてもらうよ?」

 未だ肩で息をしているシャルルは、剣を構えてマヤを凝視する。

 しかし、次の瞬間にはマヤの姿が掻き消えており、シャルルは完全にマヤを見失っていた。

「やっぱり見えないか~」

「あがっ!?」

 前触れもなく後ろから聞こえたマヤの声にシャルルは振り返ろうとしたが、その前にマヤの剣の柄がシャルルの後頭部に打ち込まれる。

 一瞬にして意識を失ったシャルルを受け止めたマヤは、意識を失ったシャルルを担ぐと宿に運び込んだのだった。

 ちなみに、1日に2回も気絶したシャルルを背負ってやってきたせいで、マヤは宿のおかみさんからシャルルとの関係について質問攻めにあったのだが、それはまた別のお話。
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