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第5巻第3章 過去の世界へ
隣町の惨状
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「ねえねえシャルルさん、なんか向こうの方に煙みたいなの見えない?」
隣町を目指して街道を進んでいたマヤは、前方にかすかながら煙が立ち上っていることに気がついた。
「確かに見えるな。まだ夕食には早い気がするが」
シャルルの言う通り、まだ日は十分に高く、夕食の準備を始めるにはいささか早すぎる時間帯だ。
「だよね。でもそれじゃあなんであんなに煙が出てるんだろう?」
「さあな。何か祭りでもやってるんじゃないか?」
「うーん、それならいいんだけど……」
なんとなく嫌な予感がするマヤだったが、特に根拠があるわけではない。
「行けばわかるんだ、気にしても仕方ないだろう」
「それもそうだね」
マヤたちがそんな会話をしてからしばらく歩いた後、街の門が見えるところまで来たマヤたちに街の方から戦いの音が聞こえてきた。
「シャルルさん、これって……!」
「ああ、何かあったらしい。マヤ、走れるか?」
「うん、足の速さには自信あるよ」
「よしっ、急ぐぞ!」
「了解」
勢いよく駆け出したシャルルに、マヤは難なくついていく。
一瞬驚いた様子のシャルルだったが、今はそれどころではないと判断したのか何も言ってこなかった。
シャルルとマヤたちが街につくと、そこは地獄絵図だった。
数は多いが装備が揃っていない集団と、街の衛兵があちこちで戦っている。
バラバラの装備をした者が別の場所で明らかに民間人と思われる人物を襲っているので、装備の整っていない方がこの街を襲っている側ということで間違いないようだ。
「マヤ、お前は怪我人の手当を! 絶対戦うんじゃないぞ!」
「わ、わかったっ!」
マヤの返事を聞いたシャルルは、そのまま近くの戦闘に割り込んでいくと、次々に盗賊と思しき一団を斬り伏せていく。
マヤはシャルルが問題なさそうなことを確認すると路地裏に駆け込んだ。
「強化。それから、うーんと……これでいいか」
マヤは手早く自分に強化魔法をかけると、収納袋から取り出したスカーフで髪の毛と口元を覆う。
目だけ見えている状態になったマヤは、最後にマントを羽織った。
「よしっ、これでシャルルさんに見られても大丈夫なはず。それじゃあさっそく――」
マヤはそのまま路地裏の地面に強く蹴って上に高く跳んだ。
そのまま路地裏を形作っていた建物の屋根に飛び乗ると、シャルルがいる方の逆方向に向かって屋根伝いに移動し始めた。
「このへんでいいかな」
マヤはシャルルからある程度離れたところで見つけた盗賊の一団の目の前にすとんと着地した。
「うおっ!? なんだ? 空から人が……人が? 人?」
突然上から目の前に降ってきたマヤに驚いた盗賊は、その意味不明な見た目にもう一度驚くことになる。
「ひっどいなー、もう。人だよ人。まあ、確かにシルエットしかわからないかもしれないけどさー」
「ぐえっ」
マヤは盗賊の言葉に間の抜けた返答をしながらも、鞘に収めたままの剣を盗賊のみぞおちに突き込み、一瞬で1人を無力化する。
「何だてめえ!? やろうってんなら容赦――ぐべっ!?」
マヤは盗賊のセリフを最後まで聞かずに鞘に入ったままの剣を横に振るって盗賊を吹き飛ばして気絶させてしまう。
「そんなセリフ言ってる暇があったらさっさと攻撃すればいいのに。それっ」
続いてマヤの斜め後ろから不意打ちを仕掛けて来た盗賊の攻撃を体をひねって交わし、そのまま投げ飛ばして地面に叩きつけた。
「ぐふうぅ……」
投げ飛ばした盗賊から手を離したマヤは、パンパンと手についた汚れを払いながら、いつの間にやらすっかり怯えてしまっている残りの盗賊の方へと歩いていく。
「さて、まだ抵抗する人はいるかな?」
マヤに問いかけに、残された数人の盗賊たちはぶんぶんと首を横に振った。
「よろしい。それじゃ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけどさ。オーガって知ってる?」
「オーガ、ですか。知ってるには知ってますが……」
「本当? 具体的にどこに住んでるとか、そういうことまで知ってたりするかな?」
「いや、そこまでは……ひいぃ!」
知らないならもう用はない、と言わんばかりに再び剣を少し上げたマヤに、答えていた盗賊が悲鳴を上げる。
「知ってます! 俺、オーガがどこにいるか!」
「おっ、いいじゃん。教えて教えて」
「はい、オーガはここから街道沿いのに進んで3つ先の街からいける森の中に住んでいるらしいです」
「3つ先か、うんわかった。ありがとうね」
「いえいえ……ふぅ、これで助かり――ぶべらっ!」
「「「「えっ、なんで……?」」」」
マヤがオーガの情報を教えた盗賊の頭を、鞘に入ったままの剣で横からぶん殴って気絶させたことに、周りの盗賊たちは驚き、困惑する。
「いつもなら見逃してあげるんだけど、今日は私がこういうことはしてるってバレると困るからさ? ごめんね?」
「そんな……ぐはっ!」
「じゃあ喋った意味……ぐぼべっ!」
「ひいぃ、殺され――ばぐっ!」
「あ、ああ、ああああっ――ぐはっ!」
マヤに求められるままオーガの情報を教えたにも関わらず、前後の記憶が曖昧になる程度に頭を殴られて気絶させられた哀れな盗賊たちを置いてマヤは次の戦場へと駆けていったのだった。
***
「何だ、これは?」
近くにいた盗賊を片付けたシャルルが別の戦場へと移動すると、そこには何者かによって気絶させられた盗賊たちが転がされていた。
特に争った形跡がないところを見ると、盗賊が無抵抗だったか、これをやった人物の実力が盗賊たちと比べて圧倒的だったかのどちらかだ。
「誰がこんなことを……」
思わず呟いたシャルルだったが、すぐに頭の中を切り替える。
(いや、この際どこの誰でもいい、どうやら味方みたいだからな)
これほどの実力をもった人物はそうそういるものではないので、シャルルとしても気にならないと言えば嘘になる。
しかし、今はそれどころではない。
なぜなら怪我人の看病を任せてあったはずのマヤの姿が見当たらないからだ。
「マヤー! おーい! ……くそっ、あのバカ、どこへ行った!」
ひとまずこの近くにはいないことを確認したシャルルは、そのまま戦闘の音が聞こえる方へと駆け出したのだった。
***
「ふう、こんなところかな」
盗賊をあらかた片付けて、それぞれ意識を奪う前にオーガの情報も聞き出せたマヤは、満足そうに息を吐いた。
どうやら街道沿いに色々な街を襲撃し、自分たちの襲撃のせいで職を失った者を取り込んで大きくなってきた盗賊団らしく、予想以上にたくさんの情報が手に入り、マヤとしては嬉しい誤算だった。
「さて、そろそろ――おっと」
いい加減シャルルのところに戻らないと、とマヤが思った矢先、マヤは背後から斬りつけられる。
当然気がついていたマヤは、それを上に跳んで難なく避けると、ひらりと宙返りして少し離れたところに着地する。
「何者だ!」
(げ、シャルルさんじゃん……どうしよ)
「…………」
「だんまりか。まあいい、お前がこいつらを気絶させたのか?」
それを聞くならその前に斬りつけるのはどうなんだ、と思わなくもないマヤだったが、おそらく他の場所の様子を見て、それをやった人物なら問題ないだろうという確信があったのだろう。
「…………いかにも」
マヤは精一杯低い声を出してなんとかごまかそうとする。
「そうか、助かった。あなたがいなければどうなっていたか。それから、たった今攻撃してしまったことを詫びよう。すまなかった」
「私なら避けると思っていたのだろう?」
「全てお見通しか…………その通りだ。その……良ければ名前を教えていただけないだろうか」
「…………名乗るほどのものではない」
マヤはそれだけ言うと、そのまま大きく跳躍して近くの建物の屋根に乗る。
「あっ、おい!」
そのまま姿を消したマヤを、シャルルは呆然と見ていた。
マヤはといえば、「名乗るほどのものではない」というちょっと言ってみたかったセリフを言えたことが内心嬉しかったのだが、そもそもそんな話をしてもこっちの世界の誰もわかってくれないよなあ、と思い少し寂しくなっていたのだった。
隣町を目指して街道を進んでいたマヤは、前方にかすかながら煙が立ち上っていることに気がついた。
「確かに見えるな。まだ夕食には早い気がするが」
シャルルの言う通り、まだ日は十分に高く、夕食の準備を始めるにはいささか早すぎる時間帯だ。
「だよね。でもそれじゃあなんであんなに煙が出てるんだろう?」
「さあな。何か祭りでもやってるんじゃないか?」
「うーん、それならいいんだけど……」
なんとなく嫌な予感がするマヤだったが、特に根拠があるわけではない。
「行けばわかるんだ、気にしても仕方ないだろう」
「それもそうだね」
マヤたちがそんな会話をしてからしばらく歩いた後、街の門が見えるところまで来たマヤたちに街の方から戦いの音が聞こえてきた。
「シャルルさん、これって……!」
「ああ、何かあったらしい。マヤ、走れるか?」
「うん、足の速さには自信あるよ」
「よしっ、急ぐぞ!」
「了解」
勢いよく駆け出したシャルルに、マヤは難なくついていく。
一瞬驚いた様子のシャルルだったが、今はそれどころではないと判断したのか何も言ってこなかった。
シャルルとマヤたちが街につくと、そこは地獄絵図だった。
数は多いが装備が揃っていない集団と、街の衛兵があちこちで戦っている。
バラバラの装備をした者が別の場所で明らかに民間人と思われる人物を襲っているので、装備の整っていない方がこの街を襲っている側ということで間違いないようだ。
「マヤ、お前は怪我人の手当を! 絶対戦うんじゃないぞ!」
「わ、わかったっ!」
マヤの返事を聞いたシャルルは、そのまま近くの戦闘に割り込んでいくと、次々に盗賊と思しき一団を斬り伏せていく。
マヤはシャルルが問題なさそうなことを確認すると路地裏に駆け込んだ。
「強化。それから、うーんと……これでいいか」
マヤは手早く自分に強化魔法をかけると、収納袋から取り出したスカーフで髪の毛と口元を覆う。
目だけ見えている状態になったマヤは、最後にマントを羽織った。
「よしっ、これでシャルルさんに見られても大丈夫なはず。それじゃあさっそく――」
マヤはそのまま路地裏の地面に強く蹴って上に高く跳んだ。
そのまま路地裏を形作っていた建物の屋根に飛び乗ると、シャルルがいる方の逆方向に向かって屋根伝いに移動し始めた。
「このへんでいいかな」
マヤはシャルルからある程度離れたところで見つけた盗賊の一団の目の前にすとんと着地した。
「うおっ!? なんだ? 空から人が……人が? 人?」
突然上から目の前に降ってきたマヤに驚いた盗賊は、その意味不明な見た目にもう一度驚くことになる。
「ひっどいなー、もう。人だよ人。まあ、確かにシルエットしかわからないかもしれないけどさー」
「ぐえっ」
マヤは盗賊の言葉に間の抜けた返答をしながらも、鞘に収めたままの剣を盗賊のみぞおちに突き込み、一瞬で1人を無力化する。
「何だてめえ!? やろうってんなら容赦――ぐべっ!?」
マヤは盗賊のセリフを最後まで聞かずに鞘に入ったままの剣を横に振るって盗賊を吹き飛ばして気絶させてしまう。
「そんなセリフ言ってる暇があったらさっさと攻撃すればいいのに。それっ」
続いてマヤの斜め後ろから不意打ちを仕掛けて来た盗賊の攻撃を体をひねって交わし、そのまま投げ飛ばして地面に叩きつけた。
「ぐふうぅ……」
投げ飛ばした盗賊から手を離したマヤは、パンパンと手についた汚れを払いながら、いつの間にやらすっかり怯えてしまっている残りの盗賊の方へと歩いていく。
「さて、まだ抵抗する人はいるかな?」
マヤに問いかけに、残された数人の盗賊たちはぶんぶんと首を横に振った。
「よろしい。それじゃ、ちょっと教えてほしいことがあるんだけどさ。オーガって知ってる?」
「オーガ、ですか。知ってるには知ってますが……」
「本当? 具体的にどこに住んでるとか、そういうことまで知ってたりするかな?」
「いや、そこまでは……ひいぃ!」
知らないならもう用はない、と言わんばかりに再び剣を少し上げたマヤに、答えていた盗賊が悲鳴を上げる。
「知ってます! 俺、オーガがどこにいるか!」
「おっ、いいじゃん。教えて教えて」
「はい、オーガはここから街道沿いのに進んで3つ先の街からいける森の中に住んでいるらしいです」
「3つ先か、うんわかった。ありがとうね」
「いえいえ……ふぅ、これで助かり――ぶべらっ!」
「「「「えっ、なんで……?」」」」
マヤがオーガの情報を教えた盗賊の頭を、鞘に入ったままの剣で横からぶん殴って気絶させたことに、周りの盗賊たちは驚き、困惑する。
「いつもなら見逃してあげるんだけど、今日は私がこういうことはしてるってバレると困るからさ? ごめんね?」
「そんな……ぐはっ!」
「じゃあ喋った意味……ぐぼべっ!」
「ひいぃ、殺され――ばぐっ!」
「あ、ああ、ああああっ――ぐはっ!」
マヤに求められるままオーガの情報を教えたにも関わらず、前後の記憶が曖昧になる程度に頭を殴られて気絶させられた哀れな盗賊たちを置いてマヤは次の戦場へと駆けていったのだった。
***
「何だ、これは?」
近くにいた盗賊を片付けたシャルルが別の戦場へと移動すると、そこには何者かによって気絶させられた盗賊たちが転がされていた。
特に争った形跡がないところを見ると、盗賊が無抵抗だったか、これをやった人物の実力が盗賊たちと比べて圧倒的だったかのどちらかだ。
「誰がこんなことを……」
思わず呟いたシャルルだったが、すぐに頭の中を切り替える。
(いや、この際どこの誰でもいい、どうやら味方みたいだからな)
これほどの実力をもった人物はそうそういるものではないので、シャルルとしても気にならないと言えば嘘になる。
しかし、今はそれどころではない。
なぜなら怪我人の看病を任せてあったはずのマヤの姿が見当たらないからだ。
「マヤー! おーい! ……くそっ、あのバカ、どこへ行った!」
ひとまずこの近くにはいないことを確認したシャルルは、そのまま戦闘の音が聞こえる方へと駆け出したのだった。
***
「ふう、こんなところかな」
盗賊をあらかた片付けて、それぞれ意識を奪う前にオーガの情報も聞き出せたマヤは、満足そうに息を吐いた。
どうやら街道沿いに色々な街を襲撃し、自分たちの襲撃のせいで職を失った者を取り込んで大きくなってきた盗賊団らしく、予想以上にたくさんの情報が手に入り、マヤとしては嬉しい誤算だった。
「さて、そろそろ――おっと」
いい加減シャルルのところに戻らないと、とマヤが思った矢先、マヤは背後から斬りつけられる。
当然気がついていたマヤは、それを上に跳んで難なく避けると、ひらりと宙返りして少し離れたところに着地する。
「何者だ!」
(げ、シャルルさんじゃん……どうしよ)
「…………」
「だんまりか。まあいい、お前がこいつらを気絶させたのか?」
それを聞くならその前に斬りつけるのはどうなんだ、と思わなくもないマヤだったが、おそらく他の場所の様子を見て、それをやった人物なら問題ないだろうという確信があったのだろう。
「…………いかにも」
マヤは精一杯低い声を出してなんとかごまかそうとする。
「そうか、助かった。あなたがいなければどうなっていたか。それから、たった今攻撃してしまったことを詫びよう。すまなかった」
「私なら避けると思っていたのだろう?」
「全てお見通しか…………その通りだ。その……良ければ名前を教えていただけないだろうか」
「…………名乗るほどのものではない」
マヤはそれだけ言うと、そのまま大きく跳躍して近くの建物の屋根に乗る。
「あっ、おい!」
そのまま姿を消したマヤを、シャルルは呆然と見ていた。
マヤはといえば、「名乗るほどのものではない」というちょっと言ってみたかったセリフを言えたことが内心嬉しかったのだが、そもそもそんな話をしてもこっちの世界の誰もわかってくれないよなあ、と思い少し寂しくなっていたのだった。
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