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第5巻第3章 過去の世界へ

オーガの手がかり

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「さて、マルコスさんは行けばわかるって言ってたけど……」

 宿にたどり着いた翌日、マヤはとりあえず街の中を歩き回っていた。

 8日目にしてようやく本題のオーガ探しを始められたわけだが、行けばわかると言われたわりにマヤはまだオーガについて大した情報は何も得られていない。

「宿のおかみさんもご主人も詳しいことは知らなかったし、本当にそんなに簡単に見つかるのかな?」

 マヤが泊まっている宿の2人が知っていたのは、オーガというのは大きな体に角を持つ種族であることと、人間の街を襲撃することがあることくらいだった。

 文献上の存在になってしまっている未来の世界に比べれば、実在するものとして認知されているだけいいのかもしれないが、具体的にどこにいる、といった情報を誰もが知っているというわけではないらしい。

 ということで、マヤは街を歩き回って見つけた馴染みの施設にやってきていた。

「たのもー」

(ああ、懐かしいなあ、この感じ)

 こちらの世界にやってきて初めての時もそうしたように、マヤはバーンと勢いよく冒険者協会のドアを開け、元気よく挨拶して中に入っていった。

 道場破りよろしく「たのもー」と言うことが挨拶なのかは正直微妙だが……。

 案の定冒険者協会の中にいた強面の男たちの鋭い視線にさらされるマヤだが、今や魔王となったマヤにとってはそんなもの何でもなかった。

 マヤは悠々と受付に向かって歩いていくと、その眼の前に足が差し出される。

 マヤをつまずかせようという古典的な嫌がらせだった。

(ふむ。どうしようかな? 蹴っ飛ばしてもいいけど……)

 おそらく強化魔法をかけた今のマヤがこの男の足を蹴飛ばすと、足だけもげて受付の方に飛んでいってしまうだろう。

 斬り飛ばしてもいいが、それも結局流血沙汰になってしまう。

「わわっ…………うぐっ……いってて……」

 ということで、マヤはわざと引っかかって転ぶことにした。

 それはもう盛大に、それはもうどんくさく、顔から地面に転んだマヤは、そのまましゃくとり虫のようにお尻を上げて地面に突っ伏す。

 パンツ丸出しで転んだマヤに、男たちから笑いと歓声が上がる。

(ううっ、意外と恥ずかしい……。パンツまで見せてあげるのはちょっとやりすぎたかな?
 ……でも、これだけ派手にやれば……)

「おいお前ら! こんな小さい女の子をいじめて恥ずかしくないのか?」

(来た来た!)

 狙い通り現れたマヤをかばってくれた何者に、マヤは心の中でガッツポーズをする。

「なんだあ? またお前かシャルル」

「やだねー、まったくよお。正義ずらしてんじゃねーぞ? お前だって俺らと同じ行き場がなくて冒険者になったはみ出しもんのくせによお?」

マヤをかばうように立ったシャルルと呼ばれた人物に、マヤの足を引っ掛けようとして来た男と数人の男たちが立ちがって取り囲む。

「確かに私ははみ出しものかもしれないが、貴様らのように弱者をいたぶって楽しむクズではない」

 ゴミを見るような目で言い捨てるシャルルに、目の前の男が簡単に激高する。
 
「んだとてめえ? もっぺん言ってみろ!」

「何度だって言ってやろう。お前らはクズだ」

 先程よりも一層蔑みを込めた瞳で冷たく言い放つシャルルに、男たちのリーダー格らしき人物のブチギレる。

「こんの野郎! おい、おめえらやっちまうぞ!」

「「「おう!」」」

 四方から一斉に襲いかかった男たちを、シャルルはサッとかがんでかわすと、そのままマヤの腰に手を回し、その身体を片腕で軽々と持ち上げる。

「しっかり捕まっててね、お嬢さん」

「う、うんっ」

 マヤはシャルルの腕を掴むと、握りつぶさないように気をつけながらしがみつく。

 マヤが捕まったのを確認したシャルルは、そのままマヤを抱えていない方の手で殴りかかって来た男の胸ぐらを掴むと、力任せに男たちの一人へ向かって投げ飛ばす。

「うおっ」

「おいっ、止まれって――ぐあっ」

 そのまま折り重なるようにして倒れた2人を追い打ちをかけるように上から踏みつけて沈黙させたシャルルは、2人を踏みつけたまま残りの2人に目をやる。

「まだやるか?」

 一瞬で仲間2人を無力化したシャルルの迫力に、リーダー格の男は面白くなさそうに吐き捨てる。

「ちっ、引くぞ」

「いいですか、兄貴?」

「いいんだよ! 行くぞ」

「うっす」

 2人が去った後の冒険者協会には、なんとも言えない気まずい空気が漂っていた。

 それも当然といえば当然だ。

 確かにマヤに実際に手を出したのはあの4人のうちの1人で、シャルルを攻撃したのもあの4人だけだった。

 しかし、残りの男たちも転んだマヤをバカにして笑っていたわけで、程度の差はあれマヤという弱者をいじめていたのは同じなのだ。

「もう安心だ。それにしても君はどうして冒険者協会に来たんだい?」

 シャルルはマヤを下ろしてその場に立たせる。

 その時ようやくマヤはシャルルを正面から見ることができた。

 整った目鼻立ちに濃紺の瞳、瞳と同じく青みがかった黒髪を後ろで1つ結びにしているその容姿は、来ている服が冒険者然としている実用重視のものでなければどこかの貴族と言われても違和感がなかった。

 マヤはカーサと同じくらいの高身長であるシャルルを見上げながら、冒険者のことなど何も知らない少女のふりをして話し始める。

「実は私、お父さんを探してるだよ。そのためには冒険者になるのが一番だって聞いたから、この剣をもらって今朝孤児院を出発したんだけど……」

「なるほど……それで冒険者協会に。でもねお嬢さん、こういうことは言いたくないけど、今のお嬢さんじゃちょっと冒険者は……」

「やっぱり難しいかな? でも、お父さんは探したいんだけど……」

 やや涙目になって見上げるマヤに、シャルルは思わず言葉に詰まる。

「うっ」

 どうやら本当に善人らしいシャルルを騙していることにほんの少し心を痛めながらも、マヤは「これはいける」と確信して追い打ちをかける。

「ねえシャルルさん、お父さんを見つけるまででいいの! お父さんを見つけたら冒険者もやめるから、だからそれまで私とパーティを組んで下さい!」

 マヤは勢いよく頭を下げると、シャルルへと手を差し出した。

 そんなマヤの必死な様子に、シャルルは困り果てて受付に目を向ける。

 助けを求めたつもりのシャルルだったが受付の男から返ってきたのはむしろ追い打ちだった。

「シャルル、お前さんがパーティを組んでやるってんなら、俺が無理矢理にでもそこの嬢ちゃんを冒険者として登録してやる」

「なっ」

 ちなみにシャルルは知る由もないが、この受付の男には娘がおり、父を探したいというマヤの言葉を聞いてすっかりマヤの味方になっていた。

「お願いします!」

 もう一度繰り返したマヤに、シャルルは大きなため息をつく。

「はああ、わかったよお嬢さん。本当にお父さんを見つけるまでだけだからね?」

「やった! ありがとうシャルルさん! 私はマヤ。よろしくね!」

 こうして、マヤは過去の世界でも冒険者となり、パーティの仲間も確保することができたのだった。
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