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第5巻第1章 ヘンダーソン王国にて

マヤの威厳?

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「それで私に剣神のところまで繋いでほしいと」

 デリックに会いに行くという方針が決まった翌日、マヤの説明を聞いたルースは、お菓子をつまみながらそう言った。

「そういうこと。できそうかな?」

「無論だ。ただ……」

「またお風呂にでも繋がったらどうしようって?」

 マヤは初めてルースの力で移動した際、キサラギ亜人王国に行こうとしてルーシェの城のお風呂に、しかもルーシェがちょうど入浴しているところに繋がってしまったことを思い出す。

 後に本来の目的地であるキサラギ亜人王国がベルフェゴールに操られていたレオノルの結界魔法に覆われていたためにルースの転移先がおかしくなったことが判明したわけだが、それ以来ルースは自分の転移に自信をなくしていた。

「…………いや、もう二度とあんなことは……とは言えないな。正直少し不安だ」

「じゃあとりあえずウォーレンさんに入ってもらうっていうのはどうかな?」

「別に俺は構わんが、それで何が解決するんだ?」

 突然自分の名前が出てきたウォーレンの質問に、マヤはウォーレンを振り返る。

「今回の行き先は剣神さんのところなわけでしょう? 剣神さんのところに一番詳しいのはウォーレンさんじゃん?」

「それはそうだが……」

「だからまあ、何かあっても大丈夫かな? って」

「……マヤ、時々俺の扱いが雑じゃないか?」

「えー、そんなことないと思うけどなー」

 マヤは白々しくそんなことを言う。

 あまりにも鈍感すぎるウォーレンへのちょっとした仕返し、などではないのだ、決して。

「とはいえ、マヤの言う事に一理あるのも事実だ。まずは俺が様子を見てこよう」

「いいのか? もしかしたらまたわけの分からない場所に転移するかもしれないぞ?」

「それは確かに怖くないと言ったら嘘になるが、どこに繋がったとしても、ドアになったルースからなら戻って来られるんだよな?」

「もちろんだ」

「それなら問題ない。例え向こうが空中でもとっさにドアに捕まってなんとかしてやるさ」

 冗談めかして笑うウォーレンに、ルースは少し気が楽になったのか、つられて小さく微笑む。

「ふふっ、大した自信だ。だが安心しろ、そんなことにはならないさ」

 ルースが光に包まれたと思った次の瞬間には、真っ白なドアが目の前に現れていた。

「それじゃ、ちょっと様子を見てくる」

 ウォーレンがドアになったルースに手をかけた瞬間、ふとマヤの中にある可能性が思い浮かぶ。

 途端に不安になったマヤは、気がついた時には、ウォーレンの手首を掴んでいた。

「どうした?」

「確認なんだけど、剣神さんのところって女の人はいないよね?」

「なんでそう思ったのかわからんが、普通にいるぞ? 剣神様は性別で弟子入りを断ったりしないからな」

「じゃあ女風呂もあるってこと?」

「当たり前だ? 一緒に入るわけにはいかないだろ」

「それじゃあウォーレンさんが女風呂に突入する可能性もあるってことじゃん……それはちょっと……」

「なんだって?」

 あまりにも小さな声で呟いたマヤに、ウォーレンは思わず聞き返す。

「なんでもないよ。でも、私も一緒に見に行くことにする」

「あはは……気をつけてくださいね、お兄ちゃん」

 マヤのつぶやきまでしっかり聞こえていたオリガが、苦笑しながらウォーレンに言った。

「心配するならマヤの方じゃないか? ルース、マヤはこう言ってるが、構わないか?」

「そうだな、まあマヤなら何かあっても大丈夫だろう」

 どこから声を出しているのか、ドアの姿のまま答えるルースに、ウォーレンはうなずいた。

「そういうことなら一緒に行くか」

 ウォーレンはマヤが掴んでいた手首からマヤの手を話すと、自然にマヤの手を握る。

 いきなり手を繋がれたマヤがドギマギしている間に、ウォーレンはドアノブに手をかけて躊躇なくドアを開いた。

「これは、湯気? まさか!?」

 本当に女風呂に繋がったのか、とマヤが周囲を見渡すと、予想通りそこは大浴場だった。

 ただし……。

「……ウォーレンじゃねえか、どうしたんだ突然? それにいきなり現れたそのドアは一体……」

 いきなり現れたウォーレンに話しかけた人影は、オークであるウォーレンよりは小柄なものの、人間の中では大男といって差し支えない男性だった。

 そう、マヤたちが転移したのは男風呂だったのだ。

 マヤがそれに気がついた瞬間、マヤの身体は引っ張られてそのまま視界が覆われる。

「ちょ、ちょっと!? ウォーレンさん!?」

 ウォーレンに引き寄せられて向かい合う形で抱き寄せられたマヤは、戸惑いの声をあげる。

「こいつらは気にしねえだろうが、なんだ、その、マヤには見せたくないからな」

「それってどういう……」

 突然マヤを抱きしめたウォーレンに、どう話しかけたものか分からず様子を見ていた男風呂の一同だったが、ウォーレンがマヤの名前を呼んだことでざわつき始める。

「なあウォーレン、その女の子ってもしかして」

「ん? ああ、魔王マヤだ」

「「「「ええーっ!?」」」」

 こともなげに言ったウォーレンに、男風呂の一同は異口同音に声を上げる。

「そんなに驚くことか? それよりルース、ここにつながるのはまずい。少し場所をずらせるか?」

「承知した。そうだな……すぐ外の廊下でいいか?」

「ああ、そこでいい。俺たちもそっちに向かう」

 ウォーレンの言葉を聞いた直後、男風呂から白いドアが姿を消した。

 おそらく風呂場のすぐ外にあるという廊下に転移したのだろう。

「ちょっ、ウォーレンさん、このまま行くの!?」

 抱きしめられたままヒョイっと持ち上げられたマヤは、そのままウォーレンに抱っこされて運ばれていく。

「風呂から出たら降ろしてやる」

「いや今おろしてよ~!」

 マヤの叫びも虚しく、マヤはそのまま抱っこされて運ばれていく。

 そんな魔王の姿に、男風呂の一同は。

「なあ、魔王マヤ様って結構面白い方なんだな」

「だよな。うちの師匠を負かしたって言うからどれだけ恐ろしい方なんだろうって思ってたが」

「それに、一瞬しか見えなかったけど、結構可愛かったし」

「お前まさか、魔王に手出すつもりか? 死ぬぞ?」

「ばっ、そんなんじゃねえよっ。ちょっと可愛いなあって思っただけで……」

 などと、しばらくの間突然現れた魔王の話題で盛り上がっていたのだった。

 後日、デリックの弟子たちの間で、魔王マヤ様を可愛いと思う者の会、というファンクラブのような何かが創設されることになるのだが、それはまた別のお話。
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