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第5巻第1章 ヘンダーソン王国にて

マルコスの手がかり

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「以上が、この1週間で得られた魔王マルコスの情報です」

 マヤたちが魔王ステラの城から戻って数日後、マヤの屋敷で行われた報告会を、ラッセルはそう締めくくった。

 ステラの城でマルコスが怪しいとステラから教えてもらった後、マヤはすぐにカラスの魔物を使って諜報部隊にマルコスの調査を依頼していたのだ。

「ありがとう、ラッセル君。やっぱり居場所はわからないかあ」

「そうですね。魔王マルコスの支配地域とされている場所はすぐにわかったのですが、魔王マルコス本人がどこにいるかはまだ掴めていません」

「隊長、隠すのはよくありませんよ?」

「ナタリーさん……しかし……」

 ラッセルの肩に手をおいて話す諜報部隊副長のナタリーに、ラッセルは言葉に詰まる。
  
「どうしたの?」

「私から報告しても?」

「それは……」

「私は別にいいけど?」

「ありがとうございます、陛下」

 ナタリーはラッセルの頭を1つ撫でてから、その前に出て話し始める。

「隊長は先ほど魔王マルコスがどこにいるかはまだ掴めていない、と言っていましたが、これは正確ではありません」

「どういうことかな?」

「正確には、魔王マルコスがどこにいるかはつかめる気配がない、ということです。これは推測の域を出ませんが、魔王マルコスはなにか特殊な手段で身を隠していると思われます」

「つまりナタリーさんは、このまま諜報部隊が総力を上げて探してもマルコスさんは見つからない、と考えてるわけだね?」

「はい、その通りです」

「ふむ……。ラッセル君、ナタリーさんはこう言ってるけど、ラッセル君はどう考えてるのかな?」

「僕は……僕は、諜報部隊の皆なら絶対見つけられるって信じてます!」

「なるほど、ラッセル君は見つけられると思ってる、と。じゃあ聞き方を変えようか。後1週間以内に見つけられそうかな?」

「それは……」

 マヤの問いかけに、ラッセルは何も答えることができない。

 ちなみにマヤだって何もラッセルをいじめたくて1週間という期限を言い出したわけでは無い。

 実際にクロエとジョンが新婚旅行と言う名目で国を空けていられる期間が後1週間しかないため、それまでにジョンを元に戻す必要があるのだ。

「ラッセル君、よく聞いてね?」

「はい……」

「できないことは、できないんだよ。誰だってさ。でも私、別にそれは悪いことじゃないと思うんだよね」

「でも、できたほうがいいじゃないですか……?」

「それはそうだね。でもさ、どうしてもできないことって、やっぱりあると思うんだよね」

 マヤはこちらに世界に来る前のことを思い出す。

 正直言って、マヤは特別優れた人間ではなかった。

 できることとできないことで言えば、できないことのほうが多かった。

 例えば英語は全然できなかったし、運動だって大の苦手だった。

 さらに言えば、こちらの世界に来てからだって、結局強化魔法以外は何もできないままなので、できないことだらけだ。

「できないことはできないんだよ。だからね、大切なのはできなかった時にどうするか、ってことだと思うんだよ」

 マヤの言葉に、ラッセルの前にいるナタリーもうなずいている。

「できなかった時にどうするか、ですか?」

「そうそう。今回の場合だとさ、マルコスさんを今すぐに見つけるのは無理だな、ってことがわかったわけじゃない?」

「そうですね、その通りです……」

 自分が責められていると誤解して肩を落とすラッセルに、マヤは近寄ってポンと肩に手をおいた。

「ラッセル君は悪くないって。それでね、マルコスさんが見つかりそうにない、ってことがわかったら、ラッセル君がするべきことって何だと思う?」

「それは……全力で探す、とか……?」

「ううん、それは違うよ。まずできないってことを認めて、そしてそれを私に相談するのがラッセル君のやるべきことなんだよ」

「どうして、ですか?」

「そうしないと、私が別の方法を考えられないからだね。これがわかってたからナタリーさんは素直に報告してくれたんだと思うよ?」

 ラッセルはナタリーがマヤの言葉にうなずくを見た。

「それが僕のするべきこと……」

「ラッセル君はちょっと何でも自分でやろうとし過ぎかもね。もちろん責任感を持ってくれるのはいいんだけど、できないものはできないって言ってくれていいんだからね?」

 マヤはラッセルの肩をポンポンと叩くと踵を返して席へと戻る。

「わかりました……難しいですけど、やってみます!」

 ラッセルは力強く宣言して拳を握った。

「うんうんその調子。さてそれじゃあ別の方法でマルコスさんを探さないといけないわけだけど…………あれ? ラッセル君たち諜報部隊が見つけられそうもないのに、私たちが見つけられるわけなくない?」

「おい……さてはマヤ、お前あれだけ偉そうにラッセルに色々言っておいて、自分はノープランなんじゃないだろうな?」

 頼れる王様らしく説教をした後に、さっそく頼りないことを言い始めたマヤに、マッシュがいつもどおりのツッコミを入れる。

「いやー、私にもできないものはできないし?」

「最高責任者の王であるお前が投げ出す理由にそれが使えると思っているのか?」

「う~、マッシュが厳しい~」

「でも実際、どうやって探せばいいんでしょうね?」

 マヤがお手上げなのは予想通りなので良いとして、口ぶりからしてどうやらクロエも何も思いついていないようだった。

「剣神、様に、聞いて、みる、とか?」

 カーサのつぶやきに、マヤは顎に手を当てて考える。

「うーん剣神さんかあ……ウォーレンさん、剣神さんってマルコスさんのこと知ってると思う?」

「そうだな……確か師匠はマルコス様とは時々連絡を取っていたはずだ」

「え、そうなの? あの戦闘狂とあの穏やかそうなおじいちゃんが仲いいの?」

「戦闘狂ってお前なあ……まあ、否定はできないが」

「でもマヤさん、それなら今のところ剣神様のところに行くのが一番可能性が高いんじゃないですか」

「そうだね。じゃあ明日にでもルースに頼んで剣神さんのところに行ってみようか」

 こうして、マヤたちはひとまずマルコスへの手がかりを求めてデリックのところに行ってみることになったのだった。

 そんな一連の会話を聞いていたラッセルは、ようやっとマヤの言っていたことの意味がわかってきていた。

「マヤさんはできないことを隠していないだ……」

「そうですよ、お孫様」

「ナタリーさん、その呼び方は……いえ、今の僕はまだまだ、なんでしょうね」

 早く一人前に見られたいと、見栄を張ってできないことを隠そうとしていた自分に気が付き、ラッセルはお孫様と呼ばれても訂正しなかった。

「うふふっ、それに気がついたなら、また一歩成長できたということですね、ラッセル様?」

 そう言って後ろからラッセルを抱きしめるナタリーを、ラッセルは珍しく振りほどいたりしなかった。

「そうですね。これからもよろしくお願いします、ナタリーさん」

 そう言って、ラッセルは後ろから回されているナタリーの腕にそっと手を添えた。

 その瞬間ナタリーの顔が、ボンッという音が聞こえてこそうなほど一気に赤くなったのだが、幸か不幸か、それはラッセルには見えていないのだった。
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