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第5巻第1章 ヘンダーソン王国にて

それができる人物

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「マルコス、彼なら対象者の時間を巻き戻して見た目だけじゃなく中身まで子供にすることができるわ」

「マルコスって、魔王会議の時に会議を仕切ってたおじいちゃん?」

 マヤは魔王会議の時に司会進行を努めていた初老の男性を思い出す。

 確か、ルーシェと同じ原初の魔王の1人だったはずだ。

「そのおじいちゃんよ。魔王がそれぞれ特化した分野を1つ持っているのは知ってるわよね?」

「いや、知らないけど……」

「はあ? あなたそれでも魔王なの?」

「そんなこと言われても、まだなったばっかりだし」

「はあ、まあいいわ。簡単に説明するから、細かいことは後であんたのとこにいるエメリンにでも聞きなさい」

「うん」

「今いる6人の魔王が特化してる分野それぞれ、ルーシェの「観測」、セシリオの「空間」、マルコスの「時間」、デリックの「剣技」、私の「研究」、あんたの「使役」よ」

「私もいつの間にか分類されてたんだね」

「そうね。というより、元々あんたが倒したベルフェゴールも「使役」だったのよ。あんたも魔人使い兼魔物使いだったから同じ分野ってことにされた感じね」

「なるほどね。それで、マルコスさんは「時間」に特化した魔王ってことか。ん?」

 マルコスが「時間」に特化した魔王だということはわかったマヤだったが、そうなるとマヤの経験と齟齬がある部分があった。

「どうしたの?」

「実は前に、ルーシェが時間を止めるのに巻き込まれたことがあったんだけど」

 確かにシェリルとしてお忍びで、できたばかりのショッピングモールに遊びに来ていたルーシェが、口を滑らせて正体がバレそうになったのをごまかすために時間を止めたときに巻き込まれたのだ。

 今改めて思い返してみても、そんなことで時間止めるなよ、とツッコみたくなる出来事だった。

「あー、そういうことね。原初の魔王たちは色々規格外だから、他の魔王の領分でも多少は扱えるわよ。それこそ時間を止めるだけならセシリオもできるはずよ」

「時間を止めるぐらい、って……流石というかなんというか、すごね」

 正直時間が止められればそれだけで最強な気がするのだが、ルーシェたち原初の魔王にとってはそれくらいできて当然らしい。

「すごいなんてもんじゃないわ。いちいち驚いてたら身がが持たないから慣れることね」

 諦めなさい、と肩をすくめるステラに、マヤは苦笑する。

 時間を止めるレベルの規格外なことに驚かないようになれる自信は正直なかった。

「あはは、慣れられるかなあ……えーっと、話を戻すと、マルコスさんが時間に特化した魔王だから、人の時間を巻き戻すこともできるってことなの?」

「まあそういうことね。お茶に混ぜた薬だけでここまでできるとは思わなかったけど」

 クロエの膝の上で大人しくしているジョンを見ながら、ステラは羨望半分呆れ半分といった様子だった。

「念の為聞いておきたいんだけどさ」

「何かしら?」

「王子様を元に戻すと方法を知ってたりは……」

「知ってるわけないじゃない?」

「やっぱりそうなんだ」

「できても見た目だけね。今の子供の精神状態のまま元の見た目に戻すだけならできなくもないでしょうけど、それをやったらその子の今の見た目の歳から本来の今の歳まで間の記憶は二度と戻らなくなるわよ?」

 ステラの言葉に、ジョンを後ろから抱きしめていたクロエの腕にキュッと力が入る。

 ステラが言っているのは、今すぐ見た目だけ元の姿にするかわりに、クロエとジョンの十数年の思い出が、ジョンの中から永遠に失われることを意味する。

それは、クロエにとっては受け入れがたいことだった。

「それじゃだめだよねー。でもどうしようもなくなったら頼むかも」

「あら? どうして私が引き受けると思ってるのかしら?」

「それは……」

 マヤの頼みを聞く義理などないステラとしては当然の返答に、マヤは何も言えなくなってしまう。

 そもそもステラに頼らなければならない事態にならないようにすればいいだけだ、とマヤが諦めようとした時――。
 
「やってあげてもいいけどね。もちろん条件付きだけど」

 と、ステラが予想外のことを言った。

「いいの?」

「無条件ってわけじゃないわよ?」

「条件って?」

 その条件がが実現不可能なもの、到底受け入れられないものだったらなんの意味もない。

 マヤがそれを確認するのは当然だった。

「それは今はいいじゃない。そもそも私に頼らないのが理想なんでしょ?」

「それはそうだね。でも……」

「心配性ね。あんたにとっては簡単なことだから安心しなさい」

 どうやらどうしても今はその条件を教えたくない様子のステラに、マヤはひとまず諦めることにした。

 ともかくマヤにとっては簡単なことだということなので、今はその言葉を信じるほかあるまい。

「わかったよ。もし万が一の時はお願いするね。それじゃ」

 マヤはそう言うと座っていたソファーから立ち上がった。

 そのまま踵を返して部屋を出ていこうとするマヤを、ステラが呼び止める。

「今日は泊まっていきなさい」

「え? いや、いいよ。悪いし」

「はあ、あんたって意外と周りが見えてないわね」

 ステラは立ち上がってマヤへと歩み寄ると、その耳元に顔を近づける。

「その子、怖いみたいよ」

 マヤにだけ聞こえる声で言いながら、まずステラはジョンを、その次に窓の外を指さした。

 言われてジョンを見たマヤは、ジョンがわずかに震えていることに気がついた。

 次にステラが指さした窓の外は、とっぷりと日が暮れており、星が瞬いている。

(そういえば今の王子様は夜の暗闇が怖いんだったね)

 マヤはステラの城につくまでの道中、ジョンが毎夜毎夜暗闇を怖がっていたのを思い出した。

 口では怖くないと言いながらも、完全に日が暮れた後、ジョンがクロエから離れたのを見た記憶がないほど、ジョンは暗闇を怖がっていた。

「そうだね、それじゃあお言葉に甘えて泊まらせてもらおうかな」

 マヤの言葉に、わかりやすくホッとした様子のジョンの頭をクロエがよしよしする。

「良かったね、ジョンちゃん」

「な、何がだよ? 別に俺は怖くなかったぞ?」

「えー、まだ私何も言ってないけどー?」

「なっ!?」

 脇でそんなやり取りをする2人を微笑ましく思いながら、ふとウォーレンに目を向けたマヤは、忘れていたことを思い出した。

「そうだ! ステラさん、ウォーレンさんはいつになったらもとに戻るの?」

「ああ、そのオークね。あんた、もとの年齢の方がいいの?」

「え? そ、そりゃあもちろん?」

 元の年齢のほうがいいに決まっている、と思っていたマヤだが、改めてステラに問われると、ちょうどマヤと同い年くらいの今の見た目も悪くない気がしてきてしまう。

「私はてっきりあんたがそのオークと同い年くらいがいいじゃないかって思ってたんだけど? だってあんたそのオークの事好k――むぐっ!?」

 マヤは一瞬で強化魔法を自分にかけると、目にも止まらぬ早業でステラの口をふさぐ。

「ステラさん、それでウォーレンさんは元に戻るのかな?」

 視線で「それは黙ってて」と訴えかけるマヤに、ステラは少しニヤニヤしながらも素直にうなずく。

 ステラがうなずいたのを見て、マヤはステラの口から手をどける。

「さあ、そんなの知らないわ。でも、一時的なものであることは確かよ」

「そうなんだ、それなら良かったよ」

「あらあら~、本当に良かったと思ってるのかしら~?」

「もうっ! ステラさん!」

 怒ってステラを追いかけるマヤに、ステラは走って逃げ出す。

 魔王同士とは思えない稚拙な追いかけっこを始めた2人に、オリガやウォーレンだけでなく、子供になってしまっているジョンまで呆れた様子だ。

 こうして、ステラの城での夜は賑々しく過ぎていったのだった。
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