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第4巻第4章 初代剣聖
マヤの秘策
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「何だ、もう我の前には姿を表さぬつもりかと思ったが?」
「俺だってできることならそうしたかったが、それじゃあ妹を助けられないんでな」
翌朝、ウォーレンとマヤは再びカーリのところへとやってきていた。
ウォーレンが戻って来るとは思っていなかったのだろう、カーリは顔には驚きが浮かんでいる。
「そこまで妹が大切とはな」
「ああ、大切だとも。だからな、カーリ、今度こそ俺の妹を返して貰うぞ?」
「ほう、今さら貴様に何ができると? まさかたった一晩で私に手も足も出なかったことを忘れたわけではあるまい?」
カーリは腰掛けていた切り株からゆっくりと立ち上がると、剣を抜かずウォーレンに相対する。
その顔には余裕から来る笑みがありありと見て取れた。
「忘れちゃいないさ。安心しろ、今の俺はお前を退屈させたりしない」
「それは楽しみだ」
カーリは完全に油断しているのか、ゆっくりとウォーレンへと歩を進める。
それを見たウォーレンは、わずかに口角を上げた。
ウォーレンは背中の剣に手をかけながら叫ぶ。
「マヤ、行くぞ!」
「まっかせて! 強化!!」
ウォーレンの言葉に応えてマヤが発動した強化魔法の光の粒子は、ただのオークであるはずのウォーレンへと集まっていく。
よく見ると、ウォーレンへと集まった光の粒子はどんどんとその身体に吸い込まれていった。
「面白い、どういうからくりだ?」
「さて、どういうからくりだろうな?」
光の粒子を取り込み続け、全身に淡い光を纏ったウォーレンが不敵に笑うと、次の瞬間、その姿が消える。
「なにっ!?」
「遅い」
ウォーレンを完全に見失ったカーリが慌てて周囲を確認した時には、ウォーレンはカーリの背後に立っていた。
油断していたこともあるだろうが、昨日カーリが圧倒したウォーレンに完全に虚を突かれたカーリは、瞬時に油断を捨てる。
「そこかっ!」
素早く抜いた剣が、目にも止まらぬ速さでウォーレンへと放たれるが、しかしその斬撃は空を斬った。
「だから遅いと言っている!」
「がはっ!」
一瞬前まで背後にいたはずのウォーレンに、正面から頭突きを叩き込まれ、カーリは思わず後ろにのけ反ってしまう。
だが、そこは流石にカーリも達人と言ったところか、姿勢を崩したカーリを襲うウォーレンの剣を、その軌跡を読んでかわしてみせると、そのまま受け身を取ってすぐに立ち上がる。
立ち上がったカーリを正面に、ウォーレンはマヤの強化魔法の力に驚愕していた。
(まさか本当にここまで違うとはな……)
ウォーレンは昨夜のことを思い出す。
***
「剣を渡せばいいのか?」
ウォーレンの言葉に、マヤはくるりと身体を反転させると、ウォーレンへと向き直った。
マヤは諜報部隊が座学を行っていた時に使っていた黒板使ってウォーレンにマヤの策を説明していたのだ。
「まあ簡単に言うとそうだね」
「それだけで本当にうまくいくのか?」
「たぶんね」
「たぶんってお前なあ……」
「絶対とは言えませんけど、私も大丈夫だと思いますよ」
マヤの色々と抜けている説明を補足するように話し始めたオリガは、立ち上がって黒板の前へと移動する。
「どうしてお兄ちゃんも強化できるのか、ってことから説明し直しますね。一言で言ってしまえば魔物用の強化魔法が良くも悪くも適当だからです」
「適当なのか?」
「適当なんです。本来魔物用の強化魔法は、魔石を体に宿した魔物や――」
オリガは部屋の隅で休んでいるシロちゃんを指さしたあと、自身の髪を掻き上げて普段は隠している右目を見えるようにした。
「私のように身体に魔石を宿したダークエルフや魔人にしか効果はありません」
そこまで説明を聞いたウォーレンは首を傾げる。
「じゃあなんで俺に効果があるんだ?」
「そこがこの魔法の適当なところです。結論から言ってしまえば、お兄ちゃんが一流の剣士だからですね」
「ますますわからないんだが……」
「お兄ちゃんはこの魔法から見ると、魔石でできた剣と一体化してるってことになるんです。剣を身体の一部みたいに扱える剣士だからこそ、こういうことになってるんだと思います」
「なるほど、だからこの魔法は適当だ、というわけか」
「そういうことですね。だからこそ魔力の魔法への変換がガバガバなマヤさんでも使えるくらい簡単な魔法でもあるんですけど」
「あれ? 今さり気なく酷いことを言われた気が……」
なんだかサラッとオリガに酷いことを言われた気がしたマヤがつぶやくが、ウォーレンは聞かなかったことにしてオリガへと質問する。
「俺にマヤの強化魔法がかかることはわかった。俺でも魔石の剣を使えば剣と一体化しているとみなされて強化魔法の対象になるなら、カーリも当然魔石の剣さえ持っていれば強化魔法の対象になるんだろう。ただ、それでどうするんだ? ただでさえ強い奴を強化してしまったらどうしようもなくないか?」
「そこなんですが――」
その後もオリガの説明は続き、最終的にウォーレンもこの策ならカーサを救えると判断した。
そして翌朝、カーリの前へと再びやって来たのだった。
***
「面白いっ! 戦いとはこうでなくてはなっ!」
ウォーレンを捉えることすら難しいことが分かったにも関わらず、カーリは満面の笑みでウォーレンを見ていた。
そこには先ほどまでの余裕はなく、全力で獲物を殺すことのみを考える獣のような鋭さがあった。
その気迫にマヤの強化魔法によって圧倒的優位に立っているはずのウォーレンは思わず息を呑んだ。
「この戦闘狂め」
「なんとでも言えっ!」
カーリはウォーレンまでの距離を一瞬で無にすると、そのまま剣を横に振るう。
ウォーレンがそれを大きく飛び退って避けると、その着地地点へとカーリが振り抜いた剣が生み出した斬撃波が迫り、ウォーレンは咄嗟に剣でそれを斬り捨てる。
ウォーレンが後ろを振り返ると、ウォーレンの両斜め後ろの木が根本から切り倒された。
ウォーレンがそれを見たのを確認したカーリは、再びウォーレンへと距離を詰める。
そして先ほど同様、横一文字に繰り出される斬撃を、ウォーレンは前かがみになってかわした。
(かかった!)
カーリはその瞬間振り抜いた剣を、そのまま手放すと、かがんだウォーレンの背中へと手を伸ばす。
「もらった!」
そう、カーリの狙いは最初からウォーレンが背負っている魔石の剣だったのだ。
範囲の広い斬撃波を印象付け、あえてその場で回避させることでカーリはウォーレンをかがませ、その背にある剣を奪ったのだ。
これで同じ剣を持つカーリもマヤの強化対象となってしまうため、あの妙なからくりは使えないはずだ、とカーリは考えていた。
しかしながら、完全に出し抜かれたはずのウォーレンとマヤは、なぜだか揃って不敵な笑みを浮かべている。
「なぜだ? なぜお前たちは笑っている? これが我の手にあれば、あの小細工は使えないのではないのか?」
訝しむカーリに、2人は何も答えない。
何かを察したカーリが本能的に魔石の剣を捨て、先ほど捨てた剣を拾おうとするが……。
「さあ、ここからが本当の勝負だ」
ウォーレンが斬りかかり、カーリに剣を替える余裕を与えなかった。
その間に、投げ捨てた剣をマヤが拾って収納袋に収めてしまう。
「くそっ! 貴様らの目的は何だ!」
相手の術中にハマってしまっている気がしながらも、カーリはどうすることもできず、ウォーレンとひたすら切り結び続けることしかできないのだった。
「俺だってできることならそうしたかったが、それじゃあ妹を助けられないんでな」
翌朝、ウォーレンとマヤは再びカーリのところへとやってきていた。
ウォーレンが戻って来るとは思っていなかったのだろう、カーリは顔には驚きが浮かんでいる。
「そこまで妹が大切とはな」
「ああ、大切だとも。だからな、カーリ、今度こそ俺の妹を返して貰うぞ?」
「ほう、今さら貴様に何ができると? まさかたった一晩で私に手も足も出なかったことを忘れたわけではあるまい?」
カーリは腰掛けていた切り株からゆっくりと立ち上がると、剣を抜かずウォーレンに相対する。
その顔には余裕から来る笑みがありありと見て取れた。
「忘れちゃいないさ。安心しろ、今の俺はお前を退屈させたりしない」
「それは楽しみだ」
カーリは完全に油断しているのか、ゆっくりとウォーレンへと歩を進める。
それを見たウォーレンは、わずかに口角を上げた。
ウォーレンは背中の剣に手をかけながら叫ぶ。
「マヤ、行くぞ!」
「まっかせて! 強化!!」
ウォーレンの言葉に応えてマヤが発動した強化魔法の光の粒子は、ただのオークであるはずのウォーレンへと集まっていく。
よく見ると、ウォーレンへと集まった光の粒子はどんどんとその身体に吸い込まれていった。
「面白い、どういうからくりだ?」
「さて、どういうからくりだろうな?」
光の粒子を取り込み続け、全身に淡い光を纏ったウォーレンが不敵に笑うと、次の瞬間、その姿が消える。
「なにっ!?」
「遅い」
ウォーレンを完全に見失ったカーリが慌てて周囲を確認した時には、ウォーレンはカーリの背後に立っていた。
油断していたこともあるだろうが、昨日カーリが圧倒したウォーレンに完全に虚を突かれたカーリは、瞬時に油断を捨てる。
「そこかっ!」
素早く抜いた剣が、目にも止まらぬ速さでウォーレンへと放たれるが、しかしその斬撃は空を斬った。
「だから遅いと言っている!」
「がはっ!」
一瞬前まで背後にいたはずのウォーレンに、正面から頭突きを叩き込まれ、カーリは思わず後ろにのけ反ってしまう。
だが、そこは流石にカーリも達人と言ったところか、姿勢を崩したカーリを襲うウォーレンの剣を、その軌跡を読んでかわしてみせると、そのまま受け身を取ってすぐに立ち上がる。
立ち上がったカーリを正面に、ウォーレンはマヤの強化魔法の力に驚愕していた。
(まさか本当にここまで違うとはな……)
ウォーレンは昨夜のことを思い出す。
***
「剣を渡せばいいのか?」
ウォーレンの言葉に、マヤはくるりと身体を反転させると、ウォーレンへと向き直った。
マヤは諜報部隊が座学を行っていた時に使っていた黒板使ってウォーレンにマヤの策を説明していたのだ。
「まあ簡単に言うとそうだね」
「それだけで本当にうまくいくのか?」
「たぶんね」
「たぶんってお前なあ……」
「絶対とは言えませんけど、私も大丈夫だと思いますよ」
マヤの色々と抜けている説明を補足するように話し始めたオリガは、立ち上がって黒板の前へと移動する。
「どうしてお兄ちゃんも強化できるのか、ってことから説明し直しますね。一言で言ってしまえば魔物用の強化魔法が良くも悪くも適当だからです」
「適当なのか?」
「適当なんです。本来魔物用の強化魔法は、魔石を体に宿した魔物や――」
オリガは部屋の隅で休んでいるシロちゃんを指さしたあと、自身の髪を掻き上げて普段は隠している右目を見えるようにした。
「私のように身体に魔石を宿したダークエルフや魔人にしか効果はありません」
そこまで説明を聞いたウォーレンは首を傾げる。
「じゃあなんで俺に効果があるんだ?」
「そこがこの魔法の適当なところです。結論から言ってしまえば、お兄ちゃんが一流の剣士だからですね」
「ますますわからないんだが……」
「お兄ちゃんはこの魔法から見ると、魔石でできた剣と一体化してるってことになるんです。剣を身体の一部みたいに扱える剣士だからこそ、こういうことになってるんだと思います」
「なるほど、だからこの魔法は適当だ、というわけか」
「そういうことですね。だからこそ魔力の魔法への変換がガバガバなマヤさんでも使えるくらい簡単な魔法でもあるんですけど」
「あれ? 今さり気なく酷いことを言われた気が……」
なんだかサラッとオリガに酷いことを言われた気がしたマヤがつぶやくが、ウォーレンは聞かなかったことにしてオリガへと質問する。
「俺にマヤの強化魔法がかかることはわかった。俺でも魔石の剣を使えば剣と一体化しているとみなされて強化魔法の対象になるなら、カーリも当然魔石の剣さえ持っていれば強化魔法の対象になるんだろう。ただ、それでどうするんだ? ただでさえ強い奴を強化してしまったらどうしようもなくないか?」
「そこなんですが――」
その後もオリガの説明は続き、最終的にウォーレンもこの策ならカーサを救えると判断した。
そして翌朝、カーリの前へと再びやって来たのだった。
***
「面白いっ! 戦いとはこうでなくてはなっ!」
ウォーレンを捉えることすら難しいことが分かったにも関わらず、カーリは満面の笑みでウォーレンを見ていた。
そこには先ほどまでの余裕はなく、全力で獲物を殺すことのみを考える獣のような鋭さがあった。
その気迫にマヤの強化魔法によって圧倒的優位に立っているはずのウォーレンは思わず息を呑んだ。
「この戦闘狂め」
「なんとでも言えっ!」
カーリはウォーレンまでの距離を一瞬で無にすると、そのまま剣を横に振るう。
ウォーレンがそれを大きく飛び退って避けると、その着地地点へとカーリが振り抜いた剣が生み出した斬撃波が迫り、ウォーレンは咄嗟に剣でそれを斬り捨てる。
ウォーレンが後ろを振り返ると、ウォーレンの両斜め後ろの木が根本から切り倒された。
ウォーレンがそれを見たのを確認したカーリは、再びウォーレンへと距離を詰める。
そして先ほど同様、横一文字に繰り出される斬撃を、ウォーレンは前かがみになってかわした。
(かかった!)
カーリはその瞬間振り抜いた剣を、そのまま手放すと、かがんだウォーレンの背中へと手を伸ばす。
「もらった!」
そう、カーリの狙いは最初からウォーレンが背負っている魔石の剣だったのだ。
範囲の広い斬撃波を印象付け、あえてその場で回避させることでカーリはウォーレンをかがませ、その背にある剣を奪ったのだ。
これで同じ剣を持つカーリもマヤの強化対象となってしまうため、あの妙なからくりは使えないはずだ、とカーリは考えていた。
しかしながら、完全に出し抜かれたはずのウォーレンとマヤは、なぜだか揃って不敵な笑みを浮かべている。
「なぜだ? なぜお前たちは笑っている? これが我の手にあれば、あの小細工は使えないのではないのか?」
訝しむカーリに、2人は何も答えない。
何かを察したカーリが本能的に魔石の剣を捨て、先ほど捨てた剣を拾おうとするが……。
「さあ、ここからが本当の勝負だ」
ウォーレンが斬りかかり、カーリに剣を替える余裕を与えなかった。
その間に、投げ捨てた剣をマヤが拾って収納袋に収めてしまう。
「くそっ! 貴様らの目的は何だ!」
相手の術中にハマってしまっている気がしながらも、カーリはどうすることもできず、ウォーレンとひたすら切り結び続けることしかできないのだった。
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