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第4巻第4章 初代剣聖
姉と兄
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「まさか本当に私の出番があるとはな」
マヤたちが間一髪で転がり込んだルースの封印空間の中で、ルースは腰に手を当ててやれやれと首を振った。
「いやー、助かったよ。備えあれば憂いなし、だね」
「何だそれは」
「ことわざだよ、ってこっちの人は知らないか」
「聞いたことがないな。しかし、準備が大切なのは間違いない」
なぜあのタイミングで扉に変身したルースがあそこにいたかといえば、カーサの姿が見えた時点で、マヤがルースを収納袋から出し、近くに隠れてもらっていたからだ。
正直なところ、カーリの実力によってはルースに気が付かれてもおかしくはないと思っていたので賭けではあった。。
しかし、流石のカーリもほとんど封印空間に体をしまい、小さな穴からこちらを見ていたルースに気がつくことはできなかったらしい。
結果、マヤはギリギリのところで安全に撤退できたというわけだ。
「それにしても、そいつはまだ落ち込んでいるのか?」
ルースはそう言ってマヤのすぐ隣を指さした。
そこには、力なく地面に座り項垂れているウォーレンの姿があった。
「…………」
「まあ予想よりカーサの救出は難しそうだったからね……」
「だが、こいつが諦めてしまっては、誰がカーサを助けるというのだ?」
「それはそうなんだよねー。まあそれは後で考えるとして、ちょっと休みたいんだけど、食べ物とかって残ってたっけ?」
マヤは項垂れるウォーレンをその場に残し、つい最近まで住んでいた封印空間内の家へと向かった。
「ないことはないが、せいぜい2食あるかないかだぞ?」
「だよねー、ここに置いておいても仕方ないって言ってデリックさんのところあげちゃったもんね」
ということは、必然的にここに留まっていられるのも半日程度ということになる。
どうしたものか、とマヤが考えていると、家の中からオリガが出てきた。
「マヤさん!」
駆け寄ってくるオリガに、マヤは苦笑する。
「ははは、ごめんね、失敗しちゃった」
「そんな……っ、それじゃあカーサさんは……」
オリガは思わず口に手を当てる。
その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「うん、初代剣聖、カーリに完全に乗っ取られてる」
「っっ…………何か策はないんですか?」
「ないことはないけど……そうだ、とりあえずウォーレンさんの治療をお願いできるかな? 身体だけでも万全にしておかないとね」
「……わかりました…………でも、身体だけでも、って、いったい……」
「まあ見ればわかるよ。私は料理してるから、終わったらウォーレンさんも連れて中に入ってきてね」
マヤはそれだけ言い残すと、オリガの肩をぽんぽんと叩いて家の中に入っていった。
マヤに置いて行かれたオリガが首をかしげながらマヤが歩いてきた方に向かうと、そこには項垂れて動かないウォーレンがいた。
「ウォーレンさん……」
マヤが言っていたことの意味がわかったオリガは、なんと声をかければ良いものか迷ってしまう。
オリガもクロエという妹を持つ姉だ。
かつては自分を犠牲にしてクロエを守ろうとしたこともある。
だからこそ、兄として妹を救おうとし、そしてそれが上手くいかなかった今のウォーレンの気持ちは、痛いほどよくわかった。
オリガは黙ってウォーレンの隣に膝をつくと、ゆっくりと治癒魔法をかけ始める。
オリガがその気になれば、一瞬で千切れた手足くらいはくっつけることができるが、今はあえてゆっくりゆっくり治癒魔法をかけることにした。
「………………」
「…………私も昔、妹を助けようとしたんです」
しばらく無言で治癒魔法を使っていたオリガは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「………………」
「妹を守るために、村を出て、それで妹は守れるんだって」
返事もせず頷きもしないウォーレンに、オリガは独り言のように続けていく。
「……………」
「でも、そのせいで妹まで村を出て行ってしまって、家族はバラバラになってしまいました」
自嘲気味に笑うオリガにウォーレンはゆっくりと顔を上げた。
ウォーレンは力なく開かれた瞳でオリガの目を見る。
「その妹は、どうなった?」
「クロエですか? クロエなら今はヘンダーソンの王子様と一緒に暮らしてるはずです」
「どういう、ことだ?」
ほの暗く自分の過去の失敗を笑っていたオリガが、一転して明るい口調で話したのでウォーレンは訝しげだ。
「助けてもらったんですよ」
オリガは未だにゆっくりとした治癒魔法をウォーレンにかけ続けながら、後ろにある家を見やった。
そんなに時間は経っていないはずだが、家の窓からは湯気が出ており食欲をそそる匂いがオリガたちのところまで届いてくる。
「マヤにか」
「ええ。マヤさんがいなければ、最悪私は妹を殺すか、妹と一緒に村のエルフを全員殺すしかなかったかもしれません」
クロエがジョン王子と結託し、オリガを救うために村を襲撃したことを思い出しながらオリガは続ける。
「でも、マヤさんが全部止めてくれました。クロエが村に大きな被害を出す前にマヤさんが止めてくれたから、一番の功労者であるマヤさんがクロエを許してくれたから、私とクロエは今も一緒に笑っていられるんです」
クロエは治癒魔法をかけ終えると、ゆっくりと立ち上がった。
クロエは未だに座っているウォーレンへと手を差し伸べる。
「だからお兄ちゃんも諦めないで下さい。カーサさんのことだって、マヤさんがなんとかしてくれるはずです」
自分のことをお兄ちゃんと呼んでいるのが自然なほど見た目は年下でしかない、しかしながら実は自分の何倍もの時間を生きてきた少女に励まされ、ウォーレンは妹というより母に励まされているように感じた。
ウォーレンはまだ落ち込んだ様子ながら、オリガの手を取って立ち上がる。
「オリガは不思議なやつだ」
「えー、それってどういうことですか?」
「さあな」
ウォーレンがはぐらかしたところで、家の前にマヤが姿を表した。
「2人ともー! ご飯できたよー!」
「はーい!」
マヤへと明るく返事をしたオリガに引っ張られるように、2人はマヤの方へと歩いて行ったのだった。
***
「ウォーレンさんも元気になったみたいだね」
食事を終えた後、マヤは少しだけ元気を取り戻した様子のウォーレンを見てそう言った。
オリガの言葉でウォーレンが元気になったことに、なんとなくもやもやしたもの感じるマヤだが、今は一旦無視することにする。
「完全に割り切れた訳では無いが、ひとまずマヤ、お前を信じることにした」
「えっ……えーっと……それはありがとう?」
正面からウォーレンに信じると言われ、マヤは思わず言葉に詰まってしまう。
「なぜ疑問形なのだ?」
「さあ、なんでだろう?」
なぜ自分がどもってしまったのか自分でも分からないマヤはそんな返ししかできなかった。
マヤは仕切り直すように1つ咳払いをすると、ばんっと机を両手で叩いて立ち上がった。
「それじゃあ、その信頼に答えないとね!」
マヤはしっかりとした口調で、カーサを開放するための秘策を話し始めた。
マヤたちが間一髪で転がり込んだルースの封印空間の中で、ルースは腰に手を当ててやれやれと首を振った。
「いやー、助かったよ。備えあれば憂いなし、だね」
「何だそれは」
「ことわざだよ、ってこっちの人は知らないか」
「聞いたことがないな。しかし、準備が大切なのは間違いない」
なぜあのタイミングで扉に変身したルースがあそこにいたかといえば、カーサの姿が見えた時点で、マヤがルースを収納袋から出し、近くに隠れてもらっていたからだ。
正直なところ、カーリの実力によってはルースに気が付かれてもおかしくはないと思っていたので賭けではあった。。
しかし、流石のカーリもほとんど封印空間に体をしまい、小さな穴からこちらを見ていたルースに気がつくことはできなかったらしい。
結果、マヤはギリギリのところで安全に撤退できたというわけだ。
「それにしても、そいつはまだ落ち込んでいるのか?」
ルースはそう言ってマヤのすぐ隣を指さした。
そこには、力なく地面に座り項垂れているウォーレンの姿があった。
「…………」
「まあ予想よりカーサの救出は難しそうだったからね……」
「だが、こいつが諦めてしまっては、誰がカーサを助けるというのだ?」
「それはそうなんだよねー。まあそれは後で考えるとして、ちょっと休みたいんだけど、食べ物とかって残ってたっけ?」
マヤは項垂れるウォーレンをその場に残し、つい最近まで住んでいた封印空間内の家へと向かった。
「ないことはないが、せいぜい2食あるかないかだぞ?」
「だよねー、ここに置いておいても仕方ないって言ってデリックさんのところあげちゃったもんね」
ということは、必然的にここに留まっていられるのも半日程度ということになる。
どうしたものか、とマヤが考えていると、家の中からオリガが出てきた。
「マヤさん!」
駆け寄ってくるオリガに、マヤは苦笑する。
「ははは、ごめんね、失敗しちゃった」
「そんな……っ、それじゃあカーサさんは……」
オリガは思わず口に手を当てる。
その瞳は少し潤んでいるように見えた。
「うん、初代剣聖、カーリに完全に乗っ取られてる」
「っっ…………何か策はないんですか?」
「ないことはないけど……そうだ、とりあえずウォーレンさんの治療をお願いできるかな? 身体だけでも万全にしておかないとね」
「……わかりました…………でも、身体だけでも、って、いったい……」
「まあ見ればわかるよ。私は料理してるから、終わったらウォーレンさんも連れて中に入ってきてね」
マヤはそれだけ言い残すと、オリガの肩をぽんぽんと叩いて家の中に入っていった。
マヤに置いて行かれたオリガが首をかしげながらマヤが歩いてきた方に向かうと、そこには項垂れて動かないウォーレンがいた。
「ウォーレンさん……」
マヤが言っていたことの意味がわかったオリガは、なんと声をかければ良いものか迷ってしまう。
オリガもクロエという妹を持つ姉だ。
かつては自分を犠牲にしてクロエを守ろうとしたこともある。
だからこそ、兄として妹を救おうとし、そしてそれが上手くいかなかった今のウォーレンの気持ちは、痛いほどよくわかった。
オリガは黙ってウォーレンの隣に膝をつくと、ゆっくりと治癒魔法をかけ始める。
オリガがその気になれば、一瞬で千切れた手足くらいはくっつけることができるが、今はあえてゆっくりゆっくり治癒魔法をかけることにした。
「………………」
「…………私も昔、妹を助けようとしたんです」
しばらく無言で治癒魔法を使っていたオリガは、ぽつりぽつりと話し始めた。
「………………」
「妹を守るために、村を出て、それで妹は守れるんだって」
返事もせず頷きもしないウォーレンに、オリガは独り言のように続けていく。
「……………」
「でも、そのせいで妹まで村を出て行ってしまって、家族はバラバラになってしまいました」
自嘲気味に笑うオリガにウォーレンはゆっくりと顔を上げた。
ウォーレンは力なく開かれた瞳でオリガの目を見る。
「その妹は、どうなった?」
「クロエですか? クロエなら今はヘンダーソンの王子様と一緒に暮らしてるはずです」
「どういう、ことだ?」
ほの暗く自分の過去の失敗を笑っていたオリガが、一転して明るい口調で話したのでウォーレンは訝しげだ。
「助けてもらったんですよ」
オリガは未だにゆっくりとした治癒魔法をウォーレンにかけ続けながら、後ろにある家を見やった。
そんなに時間は経っていないはずだが、家の窓からは湯気が出ており食欲をそそる匂いがオリガたちのところまで届いてくる。
「マヤにか」
「ええ。マヤさんがいなければ、最悪私は妹を殺すか、妹と一緒に村のエルフを全員殺すしかなかったかもしれません」
クロエがジョン王子と結託し、オリガを救うために村を襲撃したことを思い出しながらオリガは続ける。
「でも、マヤさんが全部止めてくれました。クロエが村に大きな被害を出す前にマヤさんが止めてくれたから、一番の功労者であるマヤさんがクロエを許してくれたから、私とクロエは今も一緒に笑っていられるんです」
クロエは治癒魔法をかけ終えると、ゆっくりと立ち上がった。
クロエは未だに座っているウォーレンへと手を差し伸べる。
「だからお兄ちゃんも諦めないで下さい。カーサさんのことだって、マヤさんがなんとかしてくれるはずです」
自分のことをお兄ちゃんと呼んでいるのが自然なほど見た目は年下でしかない、しかしながら実は自分の何倍もの時間を生きてきた少女に励まされ、ウォーレンは妹というより母に励まされているように感じた。
ウォーレンはまだ落ち込んだ様子ながら、オリガの手を取って立ち上がる。
「オリガは不思議なやつだ」
「えー、それってどういうことですか?」
「さあな」
ウォーレンがはぐらかしたところで、家の前にマヤが姿を表した。
「2人ともー! ご飯できたよー!」
「はーい!」
マヤへと明るく返事をしたオリガに引っ張られるように、2人はマヤの方へと歩いて行ったのだった。
***
「ウォーレンさんも元気になったみたいだね」
食事を終えた後、マヤは少しだけ元気を取り戻した様子のウォーレンを見てそう言った。
オリガの言葉でウォーレンが元気になったことに、なんとなくもやもやしたもの感じるマヤだが、今は一旦無視することにする。
「完全に割り切れた訳では無いが、ひとまずマヤ、お前を信じることにした」
「えっ……えーっと……それはありがとう?」
正面からウォーレンに信じると言われ、マヤは思わず言葉に詰まってしまう。
「なぜ疑問形なのだ?」
「さあ、なんでだろう?」
なぜ自分がどもってしまったのか自分でも分からないマヤはそんな返ししかできなかった。
マヤは仕切り直すように1つ咳払いをすると、ばんっと机を両手で叩いて立ち上がった。
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