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第4巻第3章 剣聖とウォーレン
初代剣聖の意識
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「……やっぱり今はカーサに取り憑いてるんだ」
長い沈黙を破ったのはマヤだった。
集まっていた情報から、カーサに初代剣聖が取り憑いている可能性についてある程度予想ができていたのが大きいだろう。
「マヤさん、知ってたんですか?」
「ううん、知ってたとは言えないかな。ある程度予想できてはいたけど」
「それなら話は早い。俺はカーサに取り憑いてしまったあいつをどうにかしたい。俺たちは協力できるはずだ」
「カーサを助けるために協力するのはもちろんいいけど、具体的にはどうするの?」
一応魔法の分野になるんだろうか、とオリガに顔を向けたマヤだが、オリガは首を横に振った。
「精神支配系の魔法であれば、より強い魔力で解除することができるはずですが、そもそも意識だけが人に取り憑いているなんて、そんな魔法は聞いたことがありません」
オリガが言うには、そもそも魔力とは生命力を源とするため、死者の意識が魔法を使うのは不可能とのことだ。
「あいつは魔法とは関係のない存在のはずだ。なにせ、もともとオークの剣士なのだから」
「そういえば長老もそう言ってたね」
「父から話を聞いていたのか。道理でオークでもないお前が剣聖の伝説を知っているわけだ。しかしそれなら話が早い、オークは生来魔力を持たない。それが魂だけになった後、魔法を使えるわけがない、はずだ。だから俺は、あいつのあれはもっと別のなにかだと思ってる」
「魔法以外の力、か。そんなのあるのかな?」
「あるんじゃないですか? 私から見ればマヤさんの強化魔法ももはや魔法じゃないですし」
「そうなの?」
「そりゃそうですよ。普通の治癒魔法が使えないくらいの重傷でもマヤさんの強化魔法なら治っちゃうんですから、あれはもう魔法の域を超えてると思います」
「言われてみればそうか。それじゃあその初代剣聖もなにか不思議な力でカーサに取り憑いてるってこと?」
「おそらくな。ついこの前まで取り憑かれていた俺としては、単純に強過ぎる力への執念があいつを突き動かしているようだったが」
「力への執念ねえ……なんでそんなに強くなりたいんだろうね?」
「それは俺にもわからん。はっきりしているのは、俺よりもカーサの方が強くなったから、あいつはカーサに取り憑いたということだけだ」
「それがよくわからないんだけど、なんでカーサなの? もしかしてそれがカーサの前からいなくなったことに関係してる?」
「そうだ、お前の言う通り、俺がカーサの前から姿を消したのは、カーサを守るためだ」
「カーサが取り憑かれないように?」
「ああ。剣に疎いお前がどれだけ理解できているかわからんが、カーサは天才だ。俺なんかより遥かに優れた剣の才を持っている」
ウォーレンは昔を懐かしむように目を細める。
カーサとの日々を思い出しているのであろうその目は、慈愛に満ちていた。
「俺も神童と言われていたが、カーサはそれ以上だ。兄の贔屓目を抜きにしても、あいつはここ百年で1番の剣士だろう」
ウォーレン曰く、カーサが初めて剣を握った時、まだ剣を振るのがやっとなはずのカーサにウォーレンはあわや負けるところだったらしい。
もちろん最初は本気戦っていなかったからだが、それにしてもすでに大人の剣士と互角に戦うことができていたウォーレンが負けそうになるというのは、カーサがいかに剣の才に恵まれているかがわかるというものだ。
「ちょうどその頃だ、俺の中にあいつが現れたのは」
「現れた?」
「そうだ。最初あいつの声はよく聞き取れなかったが、数カ月後にははっきりと聞き取れるようになっていた。そして、あいつと話すうち、俺はあいつがゆくゆくはオリガに取り憑こうとしていることを知ったんだ」
「なんでそんなことがわかったんですか?」
「簡単な話だ。あいつはより強いオークを常に探していたからな」
「だから最初はウォーレンさんに取り憑いたと」
「おそらくな。その頃の俺はまだ村の中でも真ん中くらいの強さだったが、神童とうたわれ後々村で一番の剣士になると言われていた。だから俺に取り憑くのが正解だと思ったのだろう」
そこまで話を聞いて、マヤはふとある疑問が頭に浮かんだ。
「ねえねえ、どうして初代剣聖はカーサに取り憑こうとしてたのかな?」
「どういうことですか? カーサさんが一番強くなるからカーサさんに取り憑くはずだって今言ってたじゃないですか?」
「いやだってねオリガ、カーサが強いのは確かにそうだけど、だからって世界で一番強いわけじゃないでしょ?」
「それは……確かにそうですね」
確かにカーサは強いが、他にもっと強い人いる。
それこそデリックなどに取り憑けばいいのではないだろうか?
人に取り憑く力を持っているなら、一番手っ取り早く力を手に入れる方法は、より強い人物に取り憑くことだ。
しかし、初代剣聖はカーサに取り憑いた。
もっと言えば、オークの中では強かったというだけのウォーレンに最初に取り憑いているのも謎だ。
「それは俺も疑問に思っていた。だがどうやら、ついに理由は分からずじまいだが、あいつはオークにしか取り憑けないらしい」
俺があいつに騙されていなければだが、と前置きしてウォーレンは説明を続ける。
「俺は初め、カーサにさえあいつの意識が行かなければいいと思っていた。無責任だと思うかもしれないが、俺にとってはカーサが一番大切だったからな」
自嘲気味に笑うウォーレンに、マヤもオリガも何も言えなかった。
確かにウォーレンの考え方は自分勝手で無責任かもしれないが、マヤもオリガやカーサに被害が行くくらいなら赤の他人を犠牲にしてしまうかもしれない。
「だから俺は、ひとまず俺よりも強いやつ、あるいは俺よりも強くなりうるやつを探すことにした」
ウォーレンは色々な街を転々とし、そこで自分より強い人物を探したり、街で一番強い人物を鍛えて自分を超える人物を自ら育て上げようとしたりしていたらしい。
しかし、その全ては失敗に終わる。
なぜなら、ウォーレンよりも強い人物に出会っても、初代剣聖が見向きもしなかったからだ。
「そこで俺は、あいつがオークしか取り憑く対象としていないことを知ったのだ。実際のところ、取り憑くことができないのか、取り憑こうとしていないだけなのかは分からないが」
「……ああっ、なるほど! だから最終的に剣神さんのところで修行してたんですね。そうすれば常に自分がカーサさんよりも強い状態でいられるから」
初代剣聖は一番強いオークに取り憑く。
そうであれば、オリガの言うようにウォーレンがカーサよりも強ければ、そしてその状態を維持し続けられれば、剣聖はウォーレンのところに留まり続けるはずだ。
オリガの言葉に、ウォーレンは深く頷いた。
「オリガは頭の回転が速いな。その後は見ての通りだ。カーサの才は俺の予想を超えていた。特に教えを請える者もいない状態だったにも関わらず、剣神様という最高の師匠の元で修行をしていた俺を、カーサは追い抜いたのだからな」
妹の才能に破れ、その守りたかった妹を守れなかったウォーレンは、一瞬その顔に諦観をにじませる。
しかし、すぐに表情を引き締めると、マヤを正面からしっかりと見つめた。
「だが、俺は諦めない。頼むマヤ! 俺にできることなら何でもする。だから、カーサを、俺の妹を助けてやってくれ」
しっかりとマヤの瞳を見つめて言うウォーレンに、マヤは少しドキドキしてしまいながらも、力強く頷いたのだった。
長い沈黙を破ったのはマヤだった。
集まっていた情報から、カーサに初代剣聖が取り憑いている可能性についてある程度予想ができていたのが大きいだろう。
「マヤさん、知ってたんですか?」
「ううん、知ってたとは言えないかな。ある程度予想できてはいたけど」
「それなら話は早い。俺はカーサに取り憑いてしまったあいつをどうにかしたい。俺たちは協力できるはずだ」
「カーサを助けるために協力するのはもちろんいいけど、具体的にはどうするの?」
一応魔法の分野になるんだろうか、とオリガに顔を向けたマヤだが、オリガは首を横に振った。
「精神支配系の魔法であれば、より強い魔力で解除することができるはずですが、そもそも意識だけが人に取り憑いているなんて、そんな魔法は聞いたことがありません」
オリガが言うには、そもそも魔力とは生命力を源とするため、死者の意識が魔法を使うのは不可能とのことだ。
「あいつは魔法とは関係のない存在のはずだ。なにせ、もともとオークの剣士なのだから」
「そういえば長老もそう言ってたね」
「父から話を聞いていたのか。道理でオークでもないお前が剣聖の伝説を知っているわけだ。しかしそれなら話が早い、オークは生来魔力を持たない。それが魂だけになった後、魔法を使えるわけがない、はずだ。だから俺は、あいつのあれはもっと別のなにかだと思ってる」
「魔法以外の力、か。そんなのあるのかな?」
「あるんじゃないですか? 私から見ればマヤさんの強化魔法ももはや魔法じゃないですし」
「そうなの?」
「そりゃそうですよ。普通の治癒魔法が使えないくらいの重傷でもマヤさんの強化魔法なら治っちゃうんですから、あれはもう魔法の域を超えてると思います」
「言われてみればそうか。それじゃあその初代剣聖もなにか不思議な力でカーサに取り憑いてるってこと?」
「おそらくな。ついこの前まで取り憑かれていた俺としては、単純に強過ぎる力への執念があいつを突き動かしているようだったが」
「力への執念ねえ……なんでそんなに強くなりたいんだろうね?」
「それは俺にもわからん。はっきりしているのは、俺よりもカーサの方が強くなったから、あいつはカーサに取り憑いたということだけだ」
「それがよくわからないんだけど、なんでカーサなの? もしかしてそれがカーサの前からいなくなったことに関係してる?」
「そうだ、お前の言う通り、俺がカーサの前から姿を消したのは、カーサを守るためだ」
「カーサが取り憑かれないように?」
「ああ。剣に疎いお前がどれだけ理解できているかわからんが、カーサは天才だ。俺なんかより遥かに優れた剣の才を持っている」
ウォーレンは昔を懐かしむように目を細める。
カーサとの日々を思い出しているのであろうその目は、慈愛に満ちていた。
「俺も神童と言われていたが、カーサはそれ以上だ。兄の贔屓目を抜きにしても、あいつはここ百年で1番の剣士だろう」
ウォーレン曰く、カーサが初めて剣を握った時、まだ剣を振るのがやっとなはずのカーサにウォーレンはあわや負けるところだったらしい。
もちろん最初は本気戦っていなかったからだが、それにしてもすでに大人の剣士と互角に戦うことができていたウォーレンが負けそうになるというのは、カーサがいかに剣の才に恵まれているかがわかるというものだ。
「ちょうどその頃だ、俺の中にあいつが現れたのは」
「現れた?」
「そうだ。最初あいつの声はよく聞き取れなかったが、数カ月後にははっきりと聞き取れるようになっていた。そして、あいつと話すうち、俺はあいつがゆくゆくはオリガに取り憑こうとしていることを知ったんだ」
「なんでそんなことがわかったんですか?」
「簡単な話だ。あいつはより強いオークを常に探していたからな」
「だから最初はウォーレンさんに取り憑いたと」
「おそらくな。その頃の俺はまだ村の中でも真ん中くらいの強さだったが、神童とうたわれ後々村で一番の剣士になると言われていた。だから俺に取り憑くのが正解だと思ったのだろう」
そこまで話を聞いて、マヤはふとある疑問が頭に浮かんだ。
「ねえねえ、どうして初代剣聖はカーサに取り憑こうとしてたのかな?」
「どういうことですか? カーサさんが一番強くなるからカーサさんに取り憑くはずだって今言ってたじゃないですか?」
「いやだってねオリガ、カーサが強いのは確かにそうだけど、だからって世界で一番強いわけじゃないでしょ?」
「それは……確かにそうですね」
確かにカーサは強いが、他にもっと強い人いる。
それこそデリックなどに取り憑けばいいのではないだろうか?
人に取り憑く力を持っているなら、一番手っ取り早く力を手に入れる方法は、より強い人物に取り憑くことだ。
しかし、初代剣聖はカーサに取り憑いた。
もっと言えば、オークの中では強かったというだけのウォーレンに最初に取り憑いているのも謎だ。
「それは俺も疑問に思っていた。だがどうやら、ついに理由は分からずじまいだが、あいつはオークにしか取り憑けないらしい」
俺があいつに騙されていなければだが、と前置きしてウォーレンは説明を続ける。
「俺は初め、カーサにさえあいつの意識が行かなければいいと思っていた。無責任だと思うかもしれないが、俺にとってはカーサが一番大切だったからな」
自嘲気味に笑うウォーレンに、マヤもオリガも何も言えなかった。
確かにウォーレンの考え方は自分勝手で無責任かもしれないが、マヤもオリガやカーサに被害が行くくらいなら赤の他人を犠牲にしてしまうかもしれない。
「だから俺は、ひとまず俺よりも強いやつ、あるいは俺よりも強くなりうるやつを探すことにした」
ウォーレンは色々な街を転々とし、そこで自分より強い人物を探したり、街で一番強い人物を鍛えて自分を超える人物を自ら育て上げようとしたりしていたらしい。
しかし、その全ては失敗に終わる。
なぜなら、ウォーレンよりも強い人物に出会っても、初代剣聖が見向きもしなかったからだ。
「そこで俺は、あいつがオークしか取り憑く対象としていないことを知ったのだ。実際のところ、取り憑くことができないのか、取り憑こうとしていないだけなのかは分からないが」
「……ああっ、なるほど! だから最終的に剣神さんのところで修行してたんですね。そうすれば常に自分がカーサさんよりも強い状態でいられるから」
初代剣聖は一番強いオークに取り憑く。
そうであれば、オリガの言うようにウォーレンがカーサよりも強ければ、そしてその状態を維持し続けられれば、剣聖はウォーレンのところに留まり続けるはずだ。
オリガの言葉に、ウォーレンは深く頷いた。
「オリガは頭の回転が速いな。その後は見ての通りだ。カーサの才は俺の予想を超えていた。特に教えを請える者もいない状態だったにも関わらず、剣神様という最高の師匠の元で修行をしていた俺を、カーサは追い抜いたのだからな」
妹の才能に破れ、その守りたかった妹を守れなかったウォーレンは、一瞬その顔に諦観をにじませる。
しかし、すぐに表情を引き締めると、マヤを正面からしっかりと見つめた。
「だが、俺は諦めない。頼むマヤ! 俺にできることなら何でもする。だから、カーサを、俺の妹を助けてやってくれ」
しっかりとマヤの瞳を見つめて言うウォーレンに、マヤは少しドキドキしてしまいながらも、力強く頷いたのだった。
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