上 下
155 / 324
第4巻第3章 剣聖とウォーレン

ウォーレンとレジェス1

しおりを挟む
「安い茶しか出せなくて悪いな」

 屋敷の中に案内されたカーサが椅子に座って待っていると、レジェスがカーサの目の前にお茶をおいてくれる。

「別に、何でも、いい」

「そうか? 両家のお嬢さんみたいな身なりなんで普段はもっといいもの飲んでると思ったんだが」

「これ? これは、マヤさんが、くれた。今の、私の、主」

 カーサは今日も着ているお気に入りの服の裾をピラピラする。

「へえ、いい主に仕えてるんだな」

「まあ、ね」

 カーサはマヤのことを褒められて、自分が褒められたみたいに嬉しくなる。

 しかし、そんな気持ちを頭の中の声がかき消した。

「その主はお前の兄を疑っているんだぞ?」

「……っ。うるさい、だまって」

「どうしたんだ突然?」

 謎の声に思わず声に出して反論してしまったカーサに、レジェスは怪訝な様子でカーサの顔を覗き込んでいた。

「ごめん、なさい、何でも、ない」

「そうか?」

「うん、そう。それより、お兄ちゃんの、こと、教えて」

「ウォーレンのことなあ……さて、どこから話したもんかね……」

 レジェスはしばらく中空を見つめて思案する。

 そのままあーでもないこーでもないとぶつぶつ言いながら数分考えた後、レジェスはゆっくりと口を開いた。

「そうだな。まず、あいつと俺は最初に殺し合ったんだ」

***

 数年前、レジェスは路地裏一の剣士として、街の裏社会でちょっとした有名人だった。

 向かうところ敵なし、高い依頼料をもらって強盗やら殺しやらを請け負う日々を送っていたレジェスのところにふらりとやってきたのがウォーレンだった。

「あなたがレジェスさんですか?」

「何だてめえ? 仕事の依頼か? 俺の依頼料は高えぞ?」

 自分よりも一回り大きいウォーレンに、レジェスは物怖じすることなく応じた。

 それを見たウォーレンが柔らかく微笑んだのを、レジェスは今でもはっきり覚えている。

「依頼と言えば依頼です。私と試合をして頂きたい」

「試合だあ? そんなことして俺になんの得があるってんだ?」

 下から睨みあげるレジェスに、ウォーレンは少しばかし考えると、懐から金貨の入った袋を取り出し、その中身をレジェスに見せる。

 一瞬覗いた金色の輝きと、見るからに重そうな袋に、レジェスは思わず生唾を飲み込む。

「あなたが私を倒せれば、これを奪うことができます。いい条件じゃないですか?」

 中身が金貨だけであることをわざと中身を少し取り出して示すと、ウォーレンは挑発的に笑ってそれを再び懐に収めた。

「へっ、面白え。そういうことなら!」

 レジェスは開始の合図も何もなく一瞬で剣を抜くと、そのままウォーレンに斬りかかる。

(礼儀もルールもありゃしねえ! どこぞの剣士様か知らねえが、ここは裏社会なんでな!)

 心の中ですら詫びることなく、完全に殺すつもりで不意をついたレジェスの剣は、しかしながら難なくウォーレンにかわされてしまう。

(やるな。だが!)

 レジェスの狙いは初めからウォーレンを倒すことなどではない。

「誰がお前との試合なんぞの付き合うってんだよ、バーカ」

 ウォーレンを嘲笑ったレジェスの手が、迷いなくウォーレンの懐に伸びる。

 そう、最初からレジェスはウォーレンの懐の金貨袋を奪うつもりだったのだ。 

「なるほど、剣撃はフェイクですか。ですがいいのですか、そこにいて」

 涼しい顔でレジェスの攻撃を分析していたウォーレンの言葉を聞き流そうとしたレジェスだったが、嫌な予感がして周囲を改めて確認する。

 すると、いつの間にやら抜かれていたウォーレンの剣が、レジェスの胴に向けて迫っていた。

「っっ! ちぃっ!」

 とっさに先ほどウォーレンにかわされ地面に刺さっていた剣を使って飛び上がったレジェスはすんでのところでウォーレンの剣をかわした。

 そのまま剣をおいて後ろに飛び退ったレジェスのもとに、レジェス自身の代わりにウォーレンの剣撃を受けた剣が吹き飛ばされて転がってきた。

 あまりにもピッタリと自分の足元にやってきた自分の剣に、レジェスはここまですべてがウォーレンの計算通りなのではないかと思ってしまう。

「あのタイミングから回避してみせるとは、素晴らしい。さあ、剣を拾ってください」

「…………なにもんだ、あんた」

 レジェスはウォーレンから片時も目を離さないようにしながら、ゆっくりと剣を拾う。

「さて、何者でしょうかね?」

 その柔和な笑みと穏やかな口調からは想像もつかないほど鋭い斬撃がレジェスを襲い、レジェスはそれを間一髪受け止めた。

***

「はあはあはあ……降参だ……」

 レジェスは肩で息をしながら言うと、そのまま仰向けに倒れ込んだ。

 結局、ただも一撃もウォーレンに攻撃を食らわせることはできなかった。

 レジェスもウォーレンのすべての攻撃をかわし、いなし、受け止めたので無傷ではあるのだが――。

「お前、手加減してただろ?」

「まさか。あなたほどの剣士に手加減なんてできませんよ」

「言ってろ……」

 全く息が乱れることもなく、汗の一つもかいていない状態でそんなことを言われても、説得力など皆無だった。

「信じてませんね? まあいいですが。それよりレジェスさん、私の修行仲間になってくれませんか?」

「修行仲間だと? なんで俺がそんなもん……」

「あなたの剣の腕を見込んでの――あなたは黙っていてください!」

「どうした?」

「いえ、何でも。私はあなたの剣の腕を見込んで修行仲間になって欲しいと思っています。ダメでしょうか?」

「………………だめだ。俺がそれを引き受けるメリットがねえからな」

 一瞬、こんな強いやつと一緒に修行できるなら悪くないかもしれない、と思ったレジェスだったが、やはり金にならないことは引き受けるべきではないというのが結論だった。

「ではメリットがあればいいのですね」

 ウォーレンは懐から先ほどの金貨が入った袋を取り出すと、それを倒れるレジェスの隣に投げてよこした。

「それではそのお金で私の修行仲間になって下さい」

「はあ!? お前バカか?」

「どうしてです?」

「いや、どうしてって……俺がこれ持って逃げるとか思わねえのかよ」

「できるんですか?」

 言外に「できませんよね?」と言ってくるウォーレンに、レジェスは呆れを通り越して笑ってしまった。

「ははっ、ははははっ、お前頭おかしいだろ? ははっ。俺の剣の実力を見込んでとか言っといて、逃げられるんですか? とかっ、はははっ。…………しかたねえ、金がもらえるならやってやるよ、お前の修行相手。だけどこいつは貰いすぎだ」

 レジェスは金貨袋を持って立ち上がると、中から5枚ばかし金貨を取り出し、残りをウォーレンに返した。

「全部差し上げますよ?」

「バカ、それじゃ俺がぼったくりみてえだろうが。これだけありゃ十分なんだよ。ほれ、行くぞ兄弟」

「そういうものですか……ん? 兄弟?」

 少し困惑した様子のウォーレンは、レジェスに肩を組まされ、そのまま引きずられていくのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ 『壽命 懸(じゅみょう かける)』 しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。 だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。 異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

6回目のさようなら

音爽(ネソウ)
恋愛
恋人ごっこのその先は……

一緒に異世界転生した飼い猫のもらったチートがやばすぎた。もしかして、メインは猫の方ですか、女神様!?

たまご
ファンタジー
 アラサーの相田つかさは事故により命を落とす。  最期の瞬間に頭に浮かんだのが「猫達のごはん、これからどうしよう……」だったせいか、飼っていた8匹の猫と共に異世界転生をしてしまう。  だが、つかさが目を覚ます前に女神様からとんでもチートを授かった猫達は新しい世界へと自由に飛び出して行ってしまう。  女神様に泣きつかれ、つかさは猫達を回収するために旅に出た。  猫達が、世界を滅ぼしてしまう前に!! 「私はスローライフ希望なんですけど……」  この作品は「小説家になろう」さん、「エブリスタ」さんで完結済みです。  表紙の写真は、モデルになったうちの猫様です。

処理中です...