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第4巻第3章 剣聖とウォーレン

カーサの暴走1

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「「「「ありがとうございました!」」」」

 カーサは日課となっているSAMASサマス隊員との訓練の終わり、いつも通りカーサにこてんぱんにされてボロボロにされたにも関わらず、声を揃えて頭を下げる隊員たちを手で制した。

「うん、こっちも、付き合って、くれて、助かってる、から。あり、がとう」

「私達ごときでカーサさんの訓練になっているのか、いつも不安なのですが、カーサさんがそう言って下さると我々としても嬉しいです」

「訓練に、なって、るよ。私、だって、集中、しないと、みんなを、同時に、相手する、なんて、できない、し」

 1対1なら何度戦おうがカーサの圧勝だろうが、1対多ならその限りではない。

 日々の訓練でどんどんと連携が上手くなっていくSAMASサマス隊員たちを一度に複数相手にするのは、カーサにとっても集中力が必要なことで、良い訓練になっていた。

「集中すれば対処できる、ということですか。さすがカーサさんです」

 集中していても並の剣士ならしのげないような連携攻撃を仕掛け続けているSAMASサマス隊員たちは、カーサに尊敬の視線を向ける。

 カーサはその視線が恥ずかしかったのか、踵を返して歩き始めた。

「それじゃ、また、明日。ちゃんと、治療、して、もらうん、だよ?」

 カーサは背中越しにそれだけ言うと、SAMASサマスの訓練場を後にした。

 カーサは自分の家でもあるマヤの屋敷に向けて歩きながら、剣神のところにいるらしい兄のことを考えていた。

(お兄ちゃん、見つかったのかな? 剣神様に操られてるんだよね、きっと……でも、マヤさんは剣神様から聞いた話とは違うって言ってたし、どっちなんだろう)

 カーサはそこまで考えて、最近気になっていることを思い出す。

(そういえば、最近マヤさんたちが何かを隠してる気がするんだけど、何なんだろう?)

 何かを決定的な証拠があったわけではないので、カーサの勘違いかもしれないが、カーサはなんとなくマヤたちが隠し事をしている気配に気がついていた。

(ラッセル君とかナタリーさんは自然な感じだけど、マヤさんとか、オリガとかがおかしい感じがする)

 とはいえ、マヤがカーサに伝えていないということは、何らかの事情でカーサに教えられないことなのだろう、とカーサは考えて今まで追及してことなかった。

 マヤはカーサを傷つけるようなことはしない、そう核心できる程度には、カーサはマヤのことを信頼していた。

 ただ、そんなカーサのマヤへの信頼と、マヤのカーサを傷つけまいという優しさが、今回は災いすることになってしまう。

「……ただ、いま」

 カーサが合鍵で裏口を開け、小さく帰宅を告げながら屋敷に入ると、夕食を準備する住み込みの使用人以外が帰ってしまった屋敷の中は静かだった。

 そんな静けさの中、カーサの耳はかすかな話し声と捉えた。

(マヤさんの声がする。そうだ、気配を消して近づいてみて、いつ気づかれるかやってみようかな)

 それはほんの出来心だった。

 かつては魔物に戦ってもらうだけのマヤだったが、今や1対1で剣神を倒せるほどの実力者だ。

 用心のためにと念のため常時自身への強化魔法をかけているマヤが、全力で気配を消したカーサにどのタイミングで気がつくのか、というのは興味があった。

(そうと決まれば、静かに、静かに……)

 カーサはその大きな身体からは考えられない程軽やかに、音もなく廊下を進んでいくと、無音のまま階段を上がっていった。

 しばらく進んでいくと、声が聞こえていた部屋の前までたどり着く。

「――じゃあ、ウォーレンさんが色々なところで人斬りをしてたっていうのは本当なんだね?」

(…………えっ?)

 カーサは部屋の中から聞こえて来たマヤの声に、頭の中が一気に混乱する。

 気配を消しているのだから当然だが、混乱するカーサに構うことなく、話しは続いていく。

「はい、それは間違いないかと」

 否定してほしいと願うカーサの思いとは裏腹に、マヤと話していたラッセルは、マヤの確認を肯定する。

「うーん、そっか。信じたくなかったけどやっぱり本当のことだったんだね。――」

 その後も何やら話は続いていた、心の中がぐちゃぐちゃになっているカーサの耳には何も聞こえていなかった。

 カーサは無意識に気配を消した状態のまま、ゆらりと歩き出すと、ついさっき入ってきた裏口から屋敷の外に出る。

「嘘、嘘、嘘、嘘、嘘、だよね? だって、あんなに、優し、かった、お兄ちゃんが、そんな……えっ? 人斬り? そんな、そんな、わけ、ない。なにかの、間違い、でしょ。ねえ、そう、だよ、ね?」

 嘘だ嘘だ嘘だと繰り返すカーサは、どこをどう歩いてきたのかも覚えていないが、いつの間にやら、エルフの森の一角にできた歓楽街にたどり着いていた。

 もう日が沈んでからそれなりに時間が経っているが、夜の街からしたらこれからが始まりと言わんばかりに、魔法の灯りに煌々と照らされた街には多くの人が行き交っていた。

(あれ、私、似た景色をどこかで――痛っ)

 カーサは歓楽街の景色に既視感を覚えた直後に襲った頭痛に、思わずこめかみを押える。

 次の瞬間、カーサの目の前に、逃げ惑う人々の映像が見えた気がした。

 思わず目を瞑ったカーサだったが、目を閉じたはずなのに、その光景は目の前から消えなかった。

「これは、いったい、何?」

 未知の幻覚にカーサが混乱していると、その幻覚の中でカーサは自分が剣を握っていることに気がついた。

 剣を握っているのは、カーサのものより1周り大きな男性オークの腕で、その握った剣の刀身にはべっとりと返り血がついている。

「えっ?」

 嫌な予感に視線を落とすと、幻覚の中のカーサの足元には、背中を深々と袈裟斬りにされ息絶えた人間が転がっていた。

「いやっ……いや、いや、いやっ!」

 カーサは思わずしゃがみ込むが、そもそも剣を持っているのは幻覚の中のカーサなのだから、そんなことをしても仕方がない。

 未知への恐怖に頭を抱えて震えるカーサを追い込むように、残酷なほどに鮮明な幻覚は、カーサの目の中で続いていく。

『死合うことによってのみ、私は満たされる。我こそはという戦士はおらんのか』

 幻覚の中のカーサは男の声で分けの分からないことを言いながら、次々と逃げる人間を殺していく。

『おいウォーレン! どうしちまったんだよお前!』

 幻覚の中のカーサによる殺戮を止めるべくやってきた知り合いらしい男の呼びかけによって、カーサはようやく幻覚は中の自分の名前を知った。

(お兄ちゃん!? これは一体どういう)

『どうしたもこうしたも、私はずっとこうだが?』

(違う、これはお兄ちゃんなんかじゃない! お兄ちゃんは逃げてる無抵抗な人を、後ろから斬り殺すような人じゃない!)

『何言ってる? お前らしくもない』

『お前こそ何を――いや、そういうことか。この身体の持ち主の知り合いか』

『身体の持ち主? お前は一体……』

『我か? 我は剣聖。神おも殺すと言われた剣士である』

 カーサの幻覚の中で、ウォーレンの身体を乗っ取った剣聖なる人物は、堂々とそう名乗ったのだった。
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