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第4巻第3章 剣聖とウォーレン

異変の調査

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「ねえ、マヤさん。私、どこか、悪い、の?」

 パコ達が住んでいる里から帰ってきた翌日、マヤに連れられてやってきた病院での検査を終えたカーサが、どこか不安にそうマヤへと尋ねる。

 不安そうなカーサに、マヤはどう誤魔化したものか考え、しばし言葉に詰まった。

(まさかこの前カーサが操られたみたいだから念のためまだ相手の魔法にかかってないか確認してもらいにきた、なんて正直に言うわけにも行かないし……)

 幸か不幸か、カーサは魔人による襲撃の際のことを全く覚えていなかった。

 なぜ自分が眠っているのかは不思議に思っていたようだったが、魔人が迫ってきていた事自体が夢なのだろうとマヤが説明したところ、すんなり納得していたので、本当に何も覚えていないようだ。

「あー……いや、そういうわけじゃないよ。念のためたまには検査をしておいてもらったほうがいいかなって」

「そう、なの? でも、私、元気、だよ? それに、まだ、若い、し」

「若いからって油断してると大きな病気になっちゃったりするんだよ?」

 マヤはカーサを騙していることに少々胸が痛んだが、定期的な健康診断が大切なのは間違いないのでまあいいだろうと割り切ることにする。

「そう、なの? それは、困る、かも」

「でしょ? だから定期的な健康診断が大切なんだよ」

「健康、診断……始めて、聞く、言葉」

「あはは、確かにそうかもねー。流石に健康診断が一般的になるレベルじゃないよねー」

 マヤが元いた世界で健康診断が一般的になったのが実際にいつだったのかなど、マヤが知るはずもないが、少なくとも中世に健康診断という文化はなかっただろう。

 そう考えると、魔法があること以外文明的には中世レベルのこの世界に、健康診断という概念がないのも当たり前だ。

「わかった、私、これからも、たまに、病院に、いく」

「うんうん、そうしたほうがいいよ。そのうち、国を上げて健康診断の制度でも作ろうかな……そうなるとお医者さんが足りなそうだけど――」

 マヤが健康診断の制度化について独り言を言いながら考えていると、いつの間にか屋敷のドアの前までやってきていた。

「それじゃ、私は、訓練に、付き、合って、くる」

「うん、いってらっしゃーい」

 マヤは屋敷の中に向かわずSAMASサマスの訓練場に向かうカーサに手を振った。

 カーサはカーサ自身のトレーニングとSAMASサマスの強化を兼ねて、SAMASサマスのメンバーと模擬戦を行っているのだ。

 一度マヤも見に行ったことがあるが、10人余りのSAMASサマス隊員たちを相手に一歩も引かないどころか、むしろ終始有利に戦いを進めるカーサに、改めて驚いたのをよく覚えている。

(だからこそ、この前のが気になるんだけど……)

 マヤは私室までやってくると、大きなソファーへと飛び込むように腰掛けた。

 ぼふんっ、という音とともにお尻から着地したマヤは、天井を見上げながら考える。

(病院での検査結果は、全くの異常なしだったけど、本当に異常はなかったのかな?)

 人間の医師、オークの医師、エルフの医師、ドワーフの医師、全員に確認してもらったが、カーサの心身に異常は見当たらなかった。

 正直、何かは見つかるだろうと思っていたマヤは、医師たちが全くの健康体だと結論を下したことに肩透かしを食らった気分だった。

(それじゃあ、あれは一体……。明らかに別人になってた気がするんだけど……)

 口調も雰囲気も、何よりその剣技の冴えも、いつものカーサとは全く違ったあの時のカーサは、ベルフェゴールを破ったマヤをして、本気で戦っても勝てるかどうか怪しいレベルだった。

 それこそ、かつて滅ぼされた魔王が乗り移ってます、とでも言われたほうが納得できるくらいだ。

(まさか本当にエメリンさんあたりに始末された魔王の怨念が乗り移った、とか?)

 マヤは自分の頭に浮かんだ可能性を、頭を振って消す。

(いやいやいや、流石にないよね、そんなこと……うーん、このまま何も無ければ別にそれでいいんだけど)

 なんとなくだが、マヤはまたまた厄介なこと始まろうとしている気がしていた。

 ただでさえ魔王会議に呼びされた挙げ句、新しい魔王にされてしまって色々と面倒なことが舞い込んできそうな気配がしていたところだったというのも、マヤの不安を大きくしている原因だったりする。

 そうなるとやはり操られていたという説が濃厚なわけだが、そうなると今度はなぜ魔人を倒す手助けをしたのか、なぜ大した魔力も持たない人物がカーサを操ることができたのか、という疑問に戻ってきてしまう。

(うーん、謎だなあ……)

 それからしばらく間、一人であーでもないこーでもないと考え込んでいたマヤだったが、ノックの音がマヤを思考の海から呼び戻す。

「マヤさん、ここですか?」

「ラッセル君? どうしたの?」

 マヤはその声から人物を特定すると、そのままドア越しに要件を聞く。

 元々男だったマヤだが、なんやかんやで女の子になってから日が経つためか、流石に今のだらけきった格好をラッセルに見られるのは恥ずかしかったのだ。

「いえ、少しご報告したいことがありまして」

「了解。それじゃあしばらくしたら国王室に行くから、そこで待っててくれるかな」

「そうですか? そこまでしてもらわなくても、私は別にマヤさんの部屋でも構いませんけど……」

 本心からこちらの手間を気遣うラッセルの発言に、マヤは苦笑とともにため息をつく。

(まあ、私も男だった頃なら同じようなこと言っちゃったかもしれないけどさあ……)

 デリカシーのないラッセルの発言に、マヤは少し懲らしめる意味も込めて意地悪をすることにした。

「ええー? 私この部屋にいる下着しか着てないんだけど?」

 マヤがわざとらしく少し恥ずかしそうに言うと、ガコンッ、という大きな音がドアの向こうから聞こえてきた。

「すっ、すみませんでした!」

「いやいや、別にいいんだよ、私は。ラッセル君が恥ずかしくないならね。ああでも、下着姿の私と2人っきりで話してたって聞いたら、ナタリーさんはどう思うかなあ?」

「…………~~っ! 国王室の前でお待ちしてますっ!」

 ラッセルはそう叫ぶと、そのまま走り出したのかどんどんと足音が離れていき、すぐに聞えなくなる。

「あはは、ちょっとやりすぎちゃったかな? まあ、もしナタリーさんに同じことして嫌われちゃったら可愛そうだし……いや、それはないか」

 なかなか表に出さないが、頭の中ではラッセル好き好きなナタリーなら、そのまま部屋に連れ込んでしまうだろう。

「わざわざラッセル君が私を呼びに来たんだから、諜報部隊は何か掴んだんだろうけど……さてさて、何がわかったんだろうね」

 当然のように下着姿などではないマヤは、いつもの純白のブラウスと濃紺のスカートの上から、ダークグリーンのローブを羽織り国王室へと向かったのだった。
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