上 下
146 / 324
第4巻第2章 諜報部隊結成

パコからの情報

しおりを挟む
「おおっ、本当に立派な家に住んでるんだね」

 マヤはパコに案内されてやってきた2人の家の見るなり声を上げた。

 そもそもマヤの発案で行われている支援策なので、どの程度の住宅なのかという情報をマヤは書類上では知っていた。

 しかしながら実際に見てみると、予想以上に立派で驚いてしまったのだ。

「だろ? なんでもこーきょーじぎょーってやつでちゃんとした家を作ってくれたんだって」

「公共事業ね。これを作ることで仕事が生まれて経済が回るってやつ」

「そうそう、先生がそんなこと言ってた。まあ、俺としてはこんな立派な家に住まわせてもらえるなら何でもいいけど」

 パコは懐から鍵を取り出すとドアを開けてマヤたちに道を開ける。

「それじゃ、お邪魔しまーす」

 マヤがドアをくぐると、魔道具の照明で照らされた室内が目に飛び込んできた。

 エマはマヤの横を駆け抜けていくと、台所でボタンを押し、やかんが乗っているコンロのスイッチを入れた。

「まあマヤさんとカーサ姉ちゃんは座っててくれよ。お客さんなんだからさ」

 マヤとカーサは素直にソファーに座って待つことにする。

 マヤは待っている間に部屋の中を見回した。

 部屋の中はキサラギ亜人王国製の最新の魔道具が各所に設置されている。

 先程エマがボタン一つで点火したコンロも、そんな魔道具の1つだ。

 ちなみにマヤ発案だったりする。

 マヤがそんな調子でキョロキョロしていると、程なくしてエマがお茶の入ったマグカップを2つ持ってやってきた。

「どうぞ!」

 マヤとカーサの前にお茶を置いてえっへんと胸を張るエマ。

 そのあまりの可愛らしさに、マヤはエマを抱き寄せて膝に座らせ頭をなでてあげる。

「ねえパコ君、この子私に頂戴」

「何言ってんだよマヤさん! 駄目に決まってるだろ!」

「えーけちー」

 マヤはエマを抱きしめ頬ずりしながらパコに非難の目を向ける。

「けちじゃねえ! まさか俺たちに会いに来たのはその話をするためか!?」

「まさかー、私も流石にそこまで暇じゃないって」

「本当かよ……この前までそこの市場で野菜売りしてただけのマヤさんが忙しいなんて信じられないんだけど?」

「あはは、確かにそうかもね。でも、今は本当に忙しいんだ。今日だって、ちゃんと用事があってパコ君たちに会いに来たんだから」

 ちなみに2つある用事のうち、1つはすでにあらかた終わっている。

 なぜなら用事の片方は、パコたちのような、ハミルトンの娼館の被害にあった子どもたちの支援状況の確認だからだ。

 立派な家で最新の魔道具に囲まれて勉強に集中できる環境で生活できているようなので、こちらは問題ないだろう。

「なにか困ったことでもあったのか?」

「うーん、まあそんな感じかな。パコ君、エマちゃん、2人はカーサのお兄さんのことは知ってるかな?」

「ウォーレン兄ちゃんのことか?」

「エマは知らなーい」

 元気よく手を上げたエマを、マヤはよしよしと撫でてあげる。

 マヤはエマを撫でながら、パコへと顔を向けた。

「パコ君は知ってるんだね」

「ああ。エマはあの頃本当に生まれたばっかりだったから知らないのもしょうがないと思う」

「なるほどね。それで、どんな人だったか覚えてたりするかな?」

「そうだなあ……一言で言うと兄バカってやつだよ」

「兄バカ?」

「ああ、とにかくカーサ姉ちゃんのことが好きで好きでたまらないって感じの人だった」

「えー……」

 まさかのシスコンお兄さんでマヤは少し引いてしまう。

 まあしかし、カーサは可愛いし仕方ないのかもしれないが。

「そう、かな? 普通の、お兄ちゃん、だった、と、思う、けど」

「いやいやいや、流石にあれはベタベタしすぎだろ」

「そう? 兄妹、なら、普通、くらい、だった、と思う、よ?」

「いや普通じゃないね。いっつも手繋いでたし、一緒のベッドで寝てたし、一緒にお風呂も入ってたし」

「パコ君、とも、手繋い、でたし、一緒の、ベッドで、寝たし、お風呂も、一緒に、入った、でしょ?」

「それはっ……そうだったかもしれないけど。…………俺だけと一緒にいてほしかったのに」

 パコの最後のつぶやきを聞いた瞬間に、マヤは大体の状況を理解した。

(なーんだ、ウォーレンさんがシスコンなんじゃなくて、昔のパコ君が大好きなカーサお姉ちゃんを独占できなくてヤキモチ焼いてただけか)

「はいはい、ウォーレンさんがカーサのこと大好きなのはわかったからさ、他に何か覚えてることはないかな?」

「それ以外は……そうだ、そういえばウォーレン兄ちゃんたまに1人で誰かと喋ってたな。引っ込んでろっ! とか、お前の好きにはさせないっ! とか1人で言ってたの、俺見たことある」

「えっ? お兄、ちゃん、そんな、こと、してた、の?」

「あー、それは……」

 マヤは思わず言葉に詰まってしまう。

 まさか剣と魔法の世界に来て中二病の話を聞くことになるとは思っていなかった。

(どこの世界でも、男の子ってやつは自分に特別な力があるって思いたがるんだねえ……)

 ウォーレンほどではないが、そういう時期があったマヤは、温かい目でカーサの肩に手をおいた。

「マヤさん?」

「いい? もしお兄さんにあっても、今聞いたことは黙っててあげるんだよ」

「どう、して?」

「そうだよ、どうして伝えちゃいけないんだ? それになんでそんな優しい目をしてるんだ、マヤさんは」

「いいから、ね? パコ君も、ウォーレンさんに会っても今のことは言っちゃだめだよ?」

「まあ、そこまで言うなら言わないけど……変なマヤさんだなあ……」

 ゆっくりと、しかしはっきりと力強く念押しするマヤに、パコは訝しげながらもマヤの言うことを聞く。

「私も、わかった。なんで、なのか、よく、わから、ない、けど」

「うんうん、そうしてあげて」

 マヤは自身のちょっとした黒歴史を思い出しながら、窓の外を眺めて遠い目をするのだった。

***

「はあはあはあはあはあ……くそっ!」

 とある森の中、全力疾走を続けていたオークの青年は、立ち止まり膝をつくと、息が整うのも待たず吐き捨てるように怒鳴って地面を殴りつけた。

 凄まじい轟音とともに、地面に突き刺さったその拳は、前方の地面にまで亀裂を走らせる。

 ただそれだけで、その緑髪のオークが只者ではないことが明らかだった。

「くそっ! くそくそくそくそくそっ! どうしてだっ! どうして、どう……してっ!……どうしてこうなるんだよ……ううっ」

 何度か地面を殴りつけ、大きなクレーターを作った青年の声には、次第に嗚咽が混じり始める。

「ううっ……うううっ…………ごめん……ごめんな…………俺がもっと強ければ…………ごめんな、カーサ」

 森の中で1人、泣きながら謝るその青年の声は、いつしか降り出した雨音の中に消えていったのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

【完結】悪役令嬢に転生したけど、王太子妃にならない方が幸せじゃない?

みちこ
ファンタジー
12歳の時に前世の記憶を思い出し、自分が悪役令嬢なのに気が付いた主人公。 ずっと王太子に片思いしていて、将来は王太子妃になることしか頭になかった主人公だけど、前世の記憶を思い出したことで、王太子の何が良かったのか疑問に思うようになる 色々としがらみがある王太子妃になるより、このまま公爵家の娘として暮らす方が幸せだと気が付く

飯屋の娘は魔法を使いたくない?

秋野 木星
ファンタジー
3歳の時に川で溺れた時に前世の記憶人格がよみがえったセリカ。 魔法が使えることをひた隠しにしてきたが、ある日馬車に轢かれそうになった男の子を助けるために思わず魔法を使ってしまう。 それを見ていた貴族の青年が…。 異世界転生の話です。 のんびりとしたセリカの日常を追っていきます。 ※ 表紙は星影さんの作品です。 ※ 「小説家になろう」から改稿転記しています。

家族で突然異世界転移!?パパは家族を守るのに必死です。

3匹の子猫
ファンタジー
社智也とその家族はある日気がつけば家ごと見知らぬ場所に転移されていた。 そこは俺の持ちうる知識からおそらく異世界だ!確かに若い頃は異世界転移や転生を願ったことはあったけど、それは守るべき家族を持った今ではない!! こんな世界でまだ幼い子供たちを守りながら生き残るのは酷だろ…だが、俺は家族を必ず守り抜いてみせる!! 感想やご意見楽しみにしております! 尚、作中の登場人物、国名はあくまでもフィクションです。実在する国とは一切関係ありません。

貴族に生まれたのに誘拐され1歳で死にかけた

佐藤醤油
ファンタジー
 貴族に生まれ、のんびりと赤ちゃん生活を満喫していたのに、気がついたら世界が変わっていた。  僕は、盗賊に誘拐され魔力を吸われながら生きる日々を過ごす。  魔力枯渇に陥ると死ぬ確率が高いにも関わらず年に1回は魔力枯渇になり死にかけている。  言葉が通じる様になって気がついたが、僕は他の人が持っていないステータスを見る力を持ち、さらに異世界と思われる世界の知識を覗ける力を持っている。  この力を使って、いつか脱出し母親の元へと戻ることを夢見て過ごす。  小さい体でチートな力は使えない中、どうにか生きる知恵を出し生活する。 ------------------------------------------------------------------  お知らせ   「転生者はめぐりあう」 始めました。 ------------------------------------------------------------------ 注意  作者の暇つぶし、気分転換中の自己満足で公開する作品です。  感想は受け付けていません。  誤字脱字、文面等気になる方はお気に入りを削除で対応してください。

異世界に転生したので幸せに暮らします、多分

かのこkanoko
ファンタジー
物心ついたら、異世界に転生していた事を思い出した。 前世の分も幸せに暮らします! 平成30年3月26日完結しました。 番外編、書くかもです。 5月9日、番外編追加しました。 小説家になろう様でも公開してます。 エブリスタ様でも公開してます。

料理を作って異世界改革

高坂ナツキ
ファンタジー
「ふむ名前は狭間真人か。喜べ、お前は神に選ばれた」 目が覚めると謎の白い空間で人型の発行体にそう語りかけられた。 「まあ、お前にやってもらいたいのは簡単だ。異世界で料理の技術をばらまいてほしいのさ」 記憶のない俺に神を名乗る謎の発行体はそう続ける。 いやいや、記憶もないのにどうやって料理の技術を広めるのか? まあ、でもやることもないし、困ってる人がいるならやってみてもいいか。 そう決めたものの、ゼロから料理の技術を広めるのは大変で……。 善人でも悪人でもないという理由で神様に転生させられてしまった主人公。 神様からいろいろとチートをもらったものの、転生した世界は料理という概念自体が存在しない世界。 しかも、神様からもらったチートは調味料はいくらでも手に入るが食材が無限に手に入るわけではなく……。 現地で出会った少年少女と協力して様々な料理を作っていくが、果たして神様に依頼されたようにこの世界に料理の知識を広げることは可能なのか。

憧れのスローライフを異世界で?

さくらもち
ファンタジー
アラフォー独身女子 雪菜は最近ではネット小説しか楽しみが無い寂しく会社と自宅を往復するだけの生活をしていたが、仕事中に突然目眩がして気がつくと転生したようで幼女だった。 日々成長しつつネット小説テンプレキターと転生先でのんびりスローライフをするための地盤堅めに邁進する。

前世は悪神でしたので今世は商人として慎ましく生きたいと思います

八神 凪
ファンタジー
 平凡な商人の息子として生まれたレオスは、無限収納できるカバンを持つという理由で、悪逆非道な大魔王を倒すべく旅をしている勇者パーティに半ば拉致されるように同行させられてしまう。  いよいよ大魔王との決戦。しかし大魔王の力は脅威で、勇者も苦戦しあわや全滅かというその時、レオスは前世が悪神であったことを思い出す――  そしてめでたく大魔王を倒したものの「商人が大魔王を倒したというのはちょっと……」という理由で、功績を与えられず、お金と骨董品をいくつか貰うことで決着する。だが、そのお金は勇者装備を押し付けられ巻き上げられる始末に……  「はあ……とりあえず家に帰ろう……この力がバレたらどうなるか分からないし、なるべく目立たず、ひっそりしないとね……」  悪神の力を取り戻した彼は無事、実家へ帰ることができるのか?  八神 凪、作家人生二周年記念作、始動!  ※表紙絵は「茜328」様からいただいたファンアートを使用させていただきました! 素敵なイラストをありがとうございます!

処理中です...