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第4巻第2章 諜報部隊結成

カーサの兄について

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 コンコン。

「……んっ……なーにー……こんな朝早くにー……」

 マヤがラッセルたち諜報部隊にカーサの兄に関する調査を依頼した数日後、まだ空が白み始めたくらいの頃に、マヤはノックの音で起こされた。

「オリガです、入ってもいいですか?」

「オリガ?…………んぁー……うん、いいよ~」

 まだ起きていない頭で、マヤは入室を許可した。

 用心のために鍵をかけてあるマヤの寝室だが、マッシュとオリガそれにカーサの3人には合鍵を渡してある。

「失礼します。こんな朝早くにすみません」

 カチャリという鍵を開ける音の後に、薄桃色の生地に赤い水玉の可愛らしい寝間着を着たオリガがドアを開けて入ってきた。

 寝間着のまま来たということは、相当急ぎということなのだろう。

 一体なんだろう、とマヤが考えていると、オリガは抱えていたまくらに顔の半分を隠す。

「あの、ちょっと相談したいことがあって……ごめんなさいこんな時間に」

「いいっていいって~……可愛い寝間着姿のオリガも見れたしね~」

 いつもはしっかり整えられている長い黒髪をところどころはねさせている今のオリガは、無防備な可愛らしさがあった。

「それを言うならマヤさんだって寝間着じゃないですか――って、それは今はいいんです。起きたならこれを読んで下さい」

 寝起きでまだのんびりとしか頭が働いていないマヤに、オリガはベッドまでゆっくりと歩いてくると手に持っていた紙をマヤに渡した。

「うーんと、「ウォーレンに関する中間報告について」……って、もう報告書来たんだ、早いね」

「そうなんです。ただ、問題なのはその中身で……」

「うん? 一体何が書いてあるの?」

 マヤはさっそく報告書を広げて中身を確認する。

 読み進めていくうちに、マヤの表情はどんどん険しくなっていった。

「これは……」

「どうしましょうか、これ。カーサさんには見せられませんよね」

「うーん、確かにねえ」

 マヤが渡された報告書には、ウォーレンがオークの村を出てから、各地で人斬りをしていた、という情報が書かれていた。

 正直信じたくないマヤだったが、どこで誰が斬られた、という情報がいくつもの記載されており、それぞれについて目撃者もいるようなので、おそらく嘘ではないのだろう。

「ありがとうね、教えてくれて。でも、どうしてこれをオリガが持ってたの?」

 マヤは報告書をピラピラと振ってオリガに尋ねる。

 オリガはマヤの側近の1人で、この国のトップの1人ではあるが、諜報部隊とは関係なかったはずだ。

 しかしオリガは諜報部隊からの報告書を持ってきた、これは一体どういうことなのだろう。

「実は、私の姉が諜報部隊の報告書の偽装を解除する魔力持ちなんです」

「そういえばそうだっけ」

「そうなんです。もちろん誰かはここでも言えませんが」

 諜報部隊の中でも、なんでもない文章に偽装されている報告書の偽装を解除できる魔力をもった人物は数名しかいない。

 そして、それらの隊員は他国の諜報部隊から一番に狙われるため、国内でもマヤしかそれが誰なのかは知らないのだ。

「本当はオリガでも知ってちゃいけないだけど、まあ今回は特別に目を瞑ってあげる。それで、そのお姉さんから相談を受けたってこと?」

「最初は、「仮に友人のお兄さんが殺人鬼だって知っちゃったらどうする」っていう相談だったんです」

 オリガがつい数十分前、たまたまトイレに起きた際に、誰もいないリビングでその姉が1人頭を抱えて悩んでいたのだそうだ。

 気になったオリガが話を聞くと、「仮に、仮にだよ」と念押しされた上で先程の相談をされたらしい。

「でも、話を聞いているうちに、私、これがカーサさんのお兄さんのことなんじゃないかって思って、それで……」

 あとは簡単だ。

 この国随一の魔法の使い手であるオリガがその気になれば、いかに諜報部隊員として訓練を受けたエルフであっても、簡単にかつ怪我を負わせることもなく、情報を聞き出すことができる。

 オリガは手早く魔法でその姉を眠らせると、情報を聞き出したのだった。

「それでこれを手に入れて、慌てて私のところに相談に来たわけね」

 なんとなくだが、オリガの姉の諜報部隊員は、わざとオリガに相談したのではないだろうか。

 しかも、あえてわかりやすくカーサの兄だと匂わせながら。

(専門の訓練を受けた諜報部隊員が、そんなわかりやすい相談の仕方をするとは思えないもんね)

 おそらく最初から、オリガに気づかせて、自分から情報を聞き出させて、報告書を持って秘密裏にマヤに所に行ってもらうつもりだったのだ。

 そうすれば、この情報がカーサの耳に入ってしまう可能性を極限まで減らすことができる。

「そういうことです。ごめんなさい、勝手なことをして……」

「ううん、いいんだよ。だってカーサを傷つけないためでしょ?」

「はい……でもマヤさん、これってやっぱり本当のことなんでしょうか?」

「カーサのお兄さんが殺人鬼だったってこと?」

「そうです。あのカーサさんのお兄さんが殺人鬼だったなんて、私信じられません」

「まあそれは確かにね。なにか理由があるのかもしれないけど……。とりあえずこの件はラッセル君に相談しとくよ」

「お願いします……。ふわぁぁ……」

 マヤが報告書を引き出しにしまい、ラッセルに相談すると約束した瞬間、安心したのかオリガは大きなあくびをした。

「あはは、せっかくだから、前みたいに一緒に寝る?」

「えっ? いえ、大丈夫です、戻って寝ますから……ふわあぁぁぁ……」

「そんな大きなあくびしてちゃ説得力ないって。ほら、こっちおいで」

 マヤはまだ冒険者をしていた頃、何度か同じベッドで寝た時のように、布団を持ち上げてオリガに手招きする。

 オリガは流石に今や国王であるマヤと一緒に寝るのは抵抗があるのか、少しの間戸惑っていた。

 しかし、しばらくすると睡魔には勝てなかったのか、もう一度大きなあくびをした後、恥ずかしそうにはにかみながら、マヤのベッドへと潜り込んだ。

「お邪魔します」

「はいどうぞ~。ふふふっ、久しぶりだね、この感じ」

「そうですね、まさか国王陛下と一緒に寝る日が来るとは思いませんでした」

「あはは、そうだね。でも、私は今でも昔のままだよ?」

「そうですね、そうかもしれません……ふわああぁあ」

「それじゃあ、おやすみオリガ」

「はい……おやすみなさい……マヤさん……」

 オリガはなんとかそれだけ言うと、そのまま寝息を立て始める。

「ありがとね、オリガ。カーサとも、こうして一緒に寝られるように、頑張るからね」

 マヤはオリガの髪を撫でながら、カーサの兄に対するこれからのことを考えていたが、程なくしてオリガ同様寝息を立て始めたのだった。
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