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第4巻第2章 諜報部隊結成

諜報部隊の初任務

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「さてラッセル君、先日ようやっと我が国にも諜報部隊ができたわけだけどさ」

 諜報部隊が訓練を終えて帰ってきた3日後、2日間の休暇を終えたラッセルを屋敷に呼んだマヤは、そう切り出した。

「そうですね」

「ひとまずみんなの休暇も終わったし、初仕事をお願いしようと思うんだよね」

「それはすでに頼まれている諜報員の派遣とは別に、ということですか?」

 ラッセルの言う諜報員の派遣というのは、不自然にならない範囲で可能な限り早く、各国に諜報部門の隊員を派遣するという任務だ。

 正確には任務というより、これから任務を行っていくための準備である。

 ドワーフの商人としてのネットワークを駆使して、それぞれの国に合わせた最もありふれた理由で移住してもらう手はずとなっている。

「そうだね。とりあえず、こういうものやこういう理論がどこかにないかを探してほしいんだよね」

 マヤは絵を描くのが得意なドワーフに頼んで書いてもらったパソコンのイラストと、パソコンの基本原理である階差機関と2進数に関してマヤがわかる範囲で記した紙を見せた。

「なんですか、このよくわからない絵とその前にある……なんだか凸凹した板? は」

「やっぱりそういうリアクションになっちゃうよね~。これはパソコンって言う道具でね、文章を打ち込めたり、難しい計算ができたりするんだよ」

「はあ……すみません、僕が知識不足なだけかもしれませんが、全く見たことも聞いたこともないです」

「いやいや、たぶんラッセル君のせいじゃないよ。たぶん私以外誰も知らないだろうしね。こっちの理論の方はどうかな?」

 ラッセルは言われるままに、階差機関と2進数について書かれた部分に目を向ける。

 しばらく考えてから、ラッセルは長く息を吐いた。

「すみません、一応商人の端くれとして数学には多少なりとも心得があるつもりだったんですが、さっぱりです」

「あはは、やっぱりそうか~、まあこっちについては私もそこに書かれてること以上のことはわからないんだけどね~」

 そもそもマヤはあちらの世界ではどちらかと言うまでもなく完全な文系だ。

 授業中の眠気や試験での赤点との戦いでしかなかった高校数学ですらおぼつかないのに、それ以上のことなどわかるはずがない。

「それで、これを探すのが最初の任務ってことですか?」

「そうだね。パソコン……えーっと、イラストの方ね、こっちは見つからないと思うけど、階差機関と2進数は数学をやってるところがあれば見つかるかもしれないから、こっちをメインで探してみて」

「わかりました」

 ラッセルは早速部隊に指示を出すべく踵を返して部屋を出ていこうとするが、マヤはあることを思いついてそれを呼び止めた。

「そうだ、ついでにさ、世界中で頭はいいけどお金がなくて困ってるような人がいたらその情報も集めてくれるかな?」

「頭はいいけどお金がなくて困ってる人、ですか?」

「そうそう。例えば貧しい農民だけどすごく数学ができる人とか、しがない商人だけど薬の研究をしてる人とか、そんな人」

「いますかね、そんな人?」

「どうだろうね。でも、私の勘だと一定数はいるはずだよ」

 魔法があるため科学技術に発展具合がいまいちなこの世界は、マヤの適当な歴史感覚だと中世くらいの技術水準である。

 であれば、ちらほらと大学などに属さず科学研究をしている人物がいると思うのだ。

 世界は違えど社会制度も暮らしてい人の考え方も似ているため、同じ歴史を辿っている可能性は高い、と思う。

「わかりました、それじゃあそういう人も探してみるように伝えておきますね」

「うん、よろしくね」

 マヤが頷くと、ラッセルは今度こそ部屋を後にした。

 後に残されたマヤはのんびりと窓の外に目をやる。

「さて、諜報部隊のみんなはどんな情報を持ってきてくれるかな?」

 マヤは期待と不安の入り混じった気持ちで諜報部隊からの報告を待つことにしたのだった。

***

「マヤさん、大変です!」

 数日後、マヤが部屋でマッシュをグルーミングしてあげていると、慌てた様子のラッセルがノックもなしに駆け込んできた。

「うわわっ!……びっくりしたぁ……、どうしたのラッセル君」

「大変なんです!」

「いや大変なのは入ってきた時も言ってたし見るからに大変そうだしわかるんだけど……何が大変なの?」

「それはですね……これです」

 ラッセルは抱えていた箱をマヤの前でひっくり返した。

「なにこれ?」

 見たところただの紙の山なのだが、これが何だと言うのだろうか。

「報告書です」

「報告書?」

「はい、これは全部、諜報部隊員からの調査報告書です」

「ええっ!? もうこんなに来たの?」

「はい、まさかこんなの一気に来るとは思っていなかったので、僕も驚いています」

「なるほど、こんなにねえ……」

 マヤは適当に1枚報告書を手に取ると、丸められたそれを開いて中を見てみる。

「えーっと、「お久しぶりですね。あなたと最後にあったのはいつだったでしょうか。こちらでは春の花が――」ってこれただの世間話じゃん」

「ああ、それはうちの管理部の特定のエルフが魔力を流さないとただの世間話に見えるようになってるんですよ」

「へえ、なるほどね。確かに明らかに暗号だったら重要な情報だろうから解読しよう、ってなっちゃうもんね」

「そういうことです。さて、それじゃあ早速これを全部読めるようにしてきますね。中身の確認なんですが、マヤさんも手伝ってくれませんか?」

「暇だしいいよ。それに、パソコンのことが書いてるかもしれないし」

「あはは……それは流石にないんじゃないですか?」

「えー、わかんないよー? だってこれだけあるんだもん」

 マヤと話しながら、ラッセルは床に山積みになった報告書を箱に戻していく。

「ではちょっと行ってきます。解読できたらここにまた戻ってきますので」

「ほーい、いってらっしゃーい」

 マヤはマッシュのグルーミングの手を止めることなく、ブラシを持っていない方の手を軽く振った。

 数十分後、恍惚とした表情でマヤにグルーミングされていたマッシュが正気に戻って帰って行ってしばらくした頃、ラッセルが先ほどと同じ箱を持って帰ってきた。

「戻りました。それじゃあ早速見ていきましょう」

「そうだね。さーて、何が書いてあるのかなあ」

 マヤは期待に胸を膨らませながら、報告書を読み始めたのだった。
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