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第4巻第2章 諜報部隊結成

諜報部隊を作るには

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「諜報部隊か……」

 魔王会議から帰ってきて数日が経ったある日、マヤはジョン王子に諜報部隊のことを相談していた。

「ヘンダーソンにもそういう部隊はあるんでしょ? だから参考にいろいろ教えてもらえたらなあって」

 マヤは、ジョン王子との間にあるテーブルに置かれた焼き菓子を頬張る。

 国の最高機密レベルの情報を真正面から教えろと言っておいて、菓子を頬張っているとはなんとものんきなものである。

「あのなあマヤ、諜報部隊の情報と言うのは国の行く末を決めると言っても良いのだぞ? そんなおいそれと教えられるわけないだろう?」

 至極真っ当な返答をするジョン王子に、マヤは口をもぐもぐさせながらうなずくと、菓子を飲み込み、1口お茶を飲んでから話し始めた。

「王子様の言うこともわかるよ。当然だと思う。だから、こっちもただでとは言わない。レオノルさん」

「はい、陛下」

 マヤが後ろに控えていたレオノルに声をかけると、レオノルは部屋全体に防音その他魔法的観測を妨害する結界を張った。

「できた?」

「はい。魔王クラスが覗いていればどうしようもありませんが、それ以外なら大丈夫かと」

「ありがとね。魔王以外だとエメリンさんが本気で覗きに来たらやばいけど、それ以外は大丈夫って感じかな?」

「そうですね」

「了解。それじゃ話を戻そう。王子様、ここでの話は基本的に外の誰も聞くことができない。だから、秘密の取引をしよう」

「取引だと? 何を言われても我が国の機密情報は――」

「私が改めて王子様とクロエの結婚を承認してあげる。キサラギ亜人王国国王として、公式に、世界中に、宣言してあげる」

「――それはつまり……」

「そう、エメリンさんの君主である私が、王子様達のことを公式に認めるってこと。そうすればエメリンさんだって王子様を邪険にはできないでしょ」

 当初、ジョン王子の寿命がハーフエルフのクロエより遙かに短いからクロエをジョン王子に嫁がせる訳にはいかない、と反対していたエメリンだったが、ジョン王子の魔人化を経て寿命の問題が解決された後も、何かにつけてクロエとジョン王子の交際に反対しているのだ。

 エメリンは基本優秀で何でもできる万能エルフなのだが、子どもたちへの愛情が深すぎるのだ。

 その事自体はいいことなのだが、今回はそれが悪い方向に働いてしまっている感じだ。

「それは、確かに魅力的な条件だが……」

「でしょ? いい加減王子様だって奥さんの実家に来るたびにお義母さんに嫌な顔されたくないでしょ?」

「いや、マヤが国王として認めてくれたからと言って、エメリンさんの感情の問題までは解決しないのではないか?」

「まあそうかもだけど、でも私が認めてることをエメリンさんが撤回はできないでしょ? できるとしたら本人たちだけだろうけど、その本人たちはラブラブみたいだし?」

 マヤは先ほどジョン王子とクロエが仲良く腕を組んでやってきた光景を思い出す。

 ちなみにクロエはエメリンとオリガとともに買い物に出かけているため、ここにはいない。

「それは確かに。…………しかし、そのために国家機密を……」

「別に本当に教えられないところは黙っててくれていいからさ。例えば本部はどこにあるとか、どれくらいの数の諜報部隊員が他の国に忍び込んでるとか、そういう具体的なことはもちろん伏せてくれていいから、ね?」

「………………はあ、分かった。あくまで諜報部隊とはなにかということと、その構成や役目だけだぞ? 人数構成くらいは伝えんことには説明にならないから教えるが、それ以上の詳しいことは教えられん。これでいいか?」

「うん! 助かるよ~、本当に。エメリンさんに、ルーシェのところでは諜報部隊とかどうしてたの? って聞いて、ルーシェ様が過去と現在のすべてが見える方なのでそのような部隊はなかったですね、って言われたら時はどうしようかと思ったけど、王子様がいて助かった!」

「だが、話すからにはさっきの約束は守ってもらうからな」

「もちろん。それは任せてよ」

「それではまずはどういった組織か、ということだが、諜報部隊、我が国の場合は諜報機関だが。これらの組織の役割というのは、情報収集と情報操作、そして工作活動だ」

「情報収集だけじゃないんだ?」

「そうなるな。もちろんそれが第一の目的だが、それだけではどうしても後手に回ってしまう。キサラギ亜人王国がそこまでする必要があるのかはわからんが、少なくとも我が国のような中立国には、他国、とりわけ隣国で我が国に害を与えうる勢力が発生した場合などは、その勢力を弱体化、あるいは無力化する必要がある」

「なるほど、それで情報操作と工作活動が必要なんだ」

 マヤは紙にペンを走らせてメモを取っていく。

 急いで書こうとするとどうしても日本語になってしまうが、後で訳すとして今はひとまず仕方ないだろう。

「そういうことだな。我が国では情報収集の諜報部門が――」

 その後もジョン王子の説明は続いた。

 マヤはメモして質問して、またメモして質問して、を繰り返しマヤが用意してきた20枚ほどの紙がメモ書きで埋まろうかという頃、ようやくジョン王子の話が終わった。

「――話せる範囲のことはこんなところだな。参考になったか?」

「…………よしっ。ふうぅぅ……長かった……うん、とっても参考になったよ。というかここまで教えてもらっちゃったら、これを可能な限り真似させて貰えばそれでいい気がする」

 マヤはメモ書きに埋め尽くされた紙の内容に改めて目を通しながら頷いた。

「とりあえずはそれでいいかもしれんな。あとは、バニスターに聞いてみるのもいいかもしれんぞ? キサラギは一方的に戦争を仕掛けられて、それを打ち破ったのだから、バニスターに諜報部隊の情報を提供するように求めても何もおかしくないだろう」

「なるほど、その手があったか…………。でも王子様、それなら最初にそれを教えてくれれば、私に機密情報を流さなくて済んだんじゃないの?」

「なっ!? そっ、それはだな……」

 マヤのもっともな疑問に、ジョン王子は言葉に詰まってしまう。

 マヤはそのリアクションでジョン王子がなぜこの情報を最後に教えたのかを察した。

「ははーん、さては王子様、私が王子様とクロエの結婚を国王として認めたところでエメリンさんの感情の問題は解決しないとかなんとか言っておきながら、実は私が宣言すればエメリンさんの対応も丸くなるんじゃないかって期待してるね?」

「それは……。ああっ、そうだとも、期待しているとも! だって仕方ないだろう? 私はどう思われても構わんが、私がエメリンさんから悪く言われているのを聞くとクロ姉が悲しそうな顔をするのだ! 私はそれがつらいのだ!」

「うわっ、びっくりした……なるほどね、そういうことね。なんというか、ごちそうさま」

 マヤは突然大声でのろけられて苦笑した後、勢いよく自分の胸を拳で叩いた。

「そういうことなら、エメリンさんが王子様のことを悪く言わないように、私も堂々と大々的に2人の仲を認めてあげないとね」

 マヤとしても、エメリンはいい加減ジョン王子を認めてあげるべきだろうとは思っていた。

 ともかく、こうしてマヤは諜報部隊の作り方を学んだのだった。
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