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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

第3巻エピローグ

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「ふううぅぅ……」

 マヤは長いため息とともに、自室の大きな椅子へと腰をおろした。

「疲れたあああ……」

 マヤはぐでっと腕を肘置きから垂れさせると、ぼーっと前方の中空を見つめる。

「もう、だらしないですよ、マヤさん」

「えー、いいじゃん別にー。今はオリガしか見てないでしょ?」

「そうですけど……まあ本当に色々ありましたし、マヤさんが疲れてるのもわかりますから大目に見ますけど」

「そうしてくれると助かるよー」

 マヤはマヤが座るにしては大きすぎる椅子の中で脱力しながらここ1週間のことを思い出していた。

 ベルフェゴールを倒したのがちょうど1週間前で、それから今日までマヤはほとんど休む暇もなく駆け回っていたのだ。

 ベルフェゴール配下をキサラギ亜人王国に加入させたり、壊れた街をどこから直すかを決めたり、ベルフェゴールの魔物をマヤが預かったり、負傷者を魔人化したりとにかくたくさんのことが一度に起こりすぎて、息つく暇もなかったのだ。

「それにしても、なんやかんやで魔人も増えちゃったね」

 マヤの言葉に、オリガは一瞬表情を強張らせた気がしたが、すぐに元に戻って話し始めた。

「ですね。エルフも3分の1くらいダークエルフになりましたし。まさかあんなにたくさん私と同じ姿のエルフを見る日が来るとは思いませんでした」

 オリガの言う通り、この1週間でキサラギ亜人王国のエルフの相当数がダークエルフになった。

 そもそもマヤが一部の国民を魔人化したのは、マヤの強化魔法が効くようにして怪我を治すためだ。

 そのため魔人化したのは治癒魔法では助からないレベルの重症者だけだったのだが、そこで問題が生じたのがエルフだった。

「私はダークエルフも可愛くてかっこよくて好きなんだけど、そうじゃない人もまだいるみたいだからねえ」

「そうですね。ちょっと前まで迫害されていたわけですし」

 魔人化することでダークエルフとなるエルフは、怪我を治すために魔人化された後、その家族が昔のように迫害されるのではないか、と心配し始めたのだ。

 その解決策としてマヤが提示したのが、家族も魔人化する、というものだった。

 そうすれば一定数以上のダークエルフが生まれることになる。

 そうなってしまえば、自然とダークエルフにも一定の発言権が生まれ、迫害などが生まれる可能性がぐっと下がるだろう。

「うーん、まあそうなんだけどね。でも、今のうちの国じゃ迫害なんて起こらないと思うよ? だって王様の側近がダークエルフだし」

 マヤは視線でオリガを示す。

「それはマヤさんが変わり者だからですよ。みんながみんなマヤさんみたいだとは限りません」

「そうかなー? まあいいや、実は私、エルフよりダークエルフの方が好きだし」

 マヤは勢いをつけて椅子から立ち上がると、そのままオリガに駆け寄って抱きしめる。

「なんですか突然」

「うーん? 大好きなダークエルフを抱きしめてるだけだけど」

「……本当にそれだけですか?」

「ううん、それだけじゃない、かも…………まだ、気にしてるでしょ?」

「……なんの……ことをですか?」

 一瞬顔をしかめたオリガの耳元に、マヤはそっと口を近づける。

「私を、国のみんなを、助けに来られなかったこと」

「……っ」

 ささやくマヤに、オリガは身を固くする。

「やっぱり気にしてる」

「だって……」

「何度も言ってるけど、あれはオリガのせいじゃないんだよ? あの状況ならああするしかなかったんだからさ」

 マヤはオリガの背中をゆっくりと撫でながら、優しくささやきかける。

「でも……私が動ければ……」

 オリガは絞り出すように話す。

「あんなに重症者は増えなかったって?」

「……そう、です……だからっ、私が動ければ、ダークエルフになった人たちも普通のエルフのままでいられたはずなんです!」

 まくしたてるオリガの言葉を、マヤは正面から受け止める。

「それは確かにそうかもしれないね。でもさ、それはオリガのせいじゃない。悪いのはベルフェゴールだし、みんなを守れなかったのは私のせいだよ。オリガは悪くない」

「そんな! マヤさん最後には私たちを助けてくれたじゃないですか! それに比べて私は……」

「何言ってるのさ、子どもたちを守ってくれたじゃん」

「私は何もできなかっただけです……」

「違うよ。何もしなかったんだよ。本当はみんなを助けに行きたいのに、子どもたちを守るためにそれを我慢して、何もしないでいたんだよ。だからオリガは頑張ったんだよ。ありがとね、オリガ」

「そんなこと……そんなこと言われる資格、私には……」

「ううん、それだけのことをオリガはしてくれたよ。それに、ベルフェゴールを倒した後だってみんなを治癒魔法で治してくれたでしょ?」

「それは当然のことをしただけで……」

 頑なに自分の行動を認めようとしないオリガに、マヤは逆に少しばかし腹が立ってしまった。

 マヤは抱きしめていたオリガから少し身体を離してその肩を掴むと、その金色の瞳に涙を湛えたオリガを正面から見る。

「?」

 マヤに正面から見据えられ怪訝そうなオリガに、マヤは――

「えいっ」

 思いっきり頭突きをかました。

 ゴチンッといういかにも痛そうな音が響いた後で、2人は異口同音に声を上げる。

「「いったあああ!」」

 オリガは赤くなったおでこをさすりながら、マヤに非難の視線を向ける。

「いきなり何するんですか……」

「いってて……オリガ、これが罰ってことでどうかな?」

「これが罰、ですか?」

「うん。私も痛かったし、オリガも痛かったでしょ? 今回のは私も悪かったしオリガも悪かったから、これが私達の罰。どうかな?」

 不安そうにそんなこと言うマヤに、オリガは思わず吹き出してしまった。

「はははははっ、なんですかそれっ、あははははっ……はあ、なんだか悩んでるのがバカらしくなっちゃいましたよ」

「えー、名案だと思ったんだけどなー……でも、オリガが元気になってくれて良かった」

「元気になったかどうかはわかりませんけど……でも、自分を責めるのは頑張ってやめてみようと思います」

「うん、それがいいよ」

 マヤが笑ってそう言ったタイミングで、マヤの部屋のドアがノックされる。

「陛下! ちょっと来てくれますか!」

 切羽詰まった声に、マヤはオリガの手をとって駆け出した。

「ほら行こう、オリガ!」

「はい、マヤさん!」

 マヤはオリガの手を引きながら、部屋を出ていったのだった。
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