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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

ベルフェゴールの知識

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「陛下!」

 ベルフェゴールを倒し、マヤがシロちゃんに寄りかかって空を見上げていると、レオノルがマッシュを連れてやってきた。

「レオノルさん、マッシュと合流できたんだね」

「ええ、ルースさんが案内してくれましたから」

「うぬ。マッシュの場所はわかっておったからな」

「ありがとねルース。それでマッシュ、ファムランドを魔人化する用意はできた?」

「なんとかな。それと、他の重症者もまとめて封印空間に入ってもらっている。治癒魔法をかけるにしろ魔人化するにしろ、とりあえずこれ以上悪化させるわけにはいかんだろうからな」

「そうだね、まずはファムランドの魔人化だけど、その後はオリガとエメリンさんを探して……」

「あの親子なら……学校とやらの……ちか……くだ……」

 突然喋り出したベルフェゴールの頭に、マヤは驚いたように視線をやった。

「……しぶといね、まだ生きてたの?」

「もうじき……死ぬがな……少しなら話せるさ」

「さすが魔王ってとこかな? でも、どうしてもオリガとエメリンさんのことを教えてくれたの?」

 今までのベルフェゴールのやり方からして、最後の最後までマヤたちを邪魔してきそうなものだが、どういう風の吹き回しだろう。

「なに……思い出した……だけだ」

「思い出した?」

 首を傾げるマヤに、隣へとやってきたレオノルが話し始める。

「聞いたことがあります。以前のベルフェゴール様は姑息な手段を嫌い、正々堂々戦う方だったと」

「ベルフェゴールが? 嘘でしょ?」

「……本当だ…………少なくとも……女を捨て駒にするほど……クズじゃなかった……はずだ」

 もはや首だけになったベルフェゴールは、どういう原理でやっているのか分からないが言葉を紡いでいく。

「いつからか……わからないが……俺は力だけを……求めるように……なった」

 それからのベルフェゴールの独白は続いた。

 ジョセフを操り純血以外のエルフを迫害し、人間と恋に落ち村を抜けたエルフから生まれたハーフエルフを攫って魔人化して手駒としたこと。

 レオノルや他の魔人を使って多くの国を崩壊させたこと。

 全ては力を手に入れ、魔王ルーシェを打倒するためだったこと。

 そして今思えばそれはベルフェゴールの良しとするやり方ではなかったこと。

「今さらそんなこと言われてもね」

 一通り語り終わったベルフェゴールに、マヤは冷ややかな視線を向ける。

「それはそうかもしれません。でも、私はやっと、ベルフェゴール様という人物が理解できた気がしました」

「どういうこと?」

 なんと言ったものか……とレオノルは、しばし考えた後、ゆっくりと話し始める。

「ベルフェゴール様は、人間的に受け入れられない指示をしたかと思えば、次の瞬間に私たち魔人をいたわるようなこと言ったりすることがあったんです。それも私たちを体よく使うためのやり方だと思っていましたが……」

「そうじゃないかもしれないって?」

「ええ。もしかするとベルフェゴール様も誰かに操られていたんじゃないでしょうか?」

「えー、そんなことある? どうなのさ、ベルフェゴール」

「…………わからん。だが、無いとは言えないだろうな」

「魔王なのに?」

「私とて……無敵では……ない」

 もう死ぬしかない状態で言われると説得力がありすぎる言葉に、マヤは納得してしまう。

「そりゃそうだ。じゃあ誰かがベルフェゴールを操っていたかもしれないってこと?」

「信じられませんが、そうかもしれません」

「魔王を操るなど、原初の魔王くらいしか思いつかんが……」

 レオノルの言葉に、ルースは顎にその細い指をあてて考える。

「わからんぞ……こいつのような……未確認の強者……かもしれんしな」

 ベルフェゴールは視線でマヤを示して苦笑する。

「マヤ……そろそろ俺は消える……その前に……俺の頭に手を載せろ」

「…………罠じゃないの?」

「この期に及んで……何ができる……それに……できるなら……もうやっている」

「それもそうか」

 マヤは一応警戒しながらベルフェゴールの頭に手を乗せる。

「俺に勝った褒美だ」

 ベルフェゴールがそう言うと、ベルフェゴールの頭と身体、そして切り落とされた2本の腕のすべてが、闇色の粒子となってマヤへと殺到する。

「マヤ!」

 マッシュが思わず飛び出したが、マッシュがマヤのところにつく頃には、闇色の粒子はすべてマヤの身体に溶けて消えていた。

「おい、マヤ、大丈夫なのか?」

「…………うん、なんともないみたい」

 マヤは身体を見下ろし、背中を見返り、腕を見て足を見て身体中をペタペタと触ってみるが、特に異常は見られなかった。

『身体には何もしていない。俺の知識をお前に託しただけだ』

「ベルフェゴール!?」

「…………どうしたのだ突然? やはり何かあったのか!?」

 怪訝な表情でマヤを見上げるマッシュを見て、マヤは今の声が自分にしか聞こえていない事を察した。

『今のお前ならもっと簡単に魔人化を行えるはずだ。レオノルの夫を出せ。そうすれば後は頭に浮かんだ方法で魔人化すればいい』

(信じていいの?)

『それはお前が考えろ。何にせよ俺の意識はしばらく眠りにつく。俺を起こさないといけないような状況にならないように、せいぜい頑張ることだ』

(あっ! ちょっと!)

 それきり喋らなくなってしまったマヤの頭の中のベルフェゴール? に、マヤは戸惑う。

(眠りにつくとか言ってたけど、まさかあいつずっと私の中にいる気じゃないよね?)

 そんな恐ろしい考えが頭に浮かぶマヤだったが、今はそれよりファムランドだと、無理やり頭の中を切り替えた。

「ねえルース。ファムランドをここに出してくれる?」

「いいのか? 魔人化の準備ができていないようだが……」

「大丈夫だと思う。だめならすぐ言うからまたしまってくれるかな」

「了解だ」

 ルースが手を前にかざすと、次の瞬間ファムランドの姿がそこにあった。

 マヤが瀕死のファムランドを目にし、魔人化しようと思った瞬間、膨大な知識が頭の中に流れ込んでくる。

 驚くべきことに、それはただの知識ではなく、まるで自分の経験を通して得た知識のように感じられた。

(ははっ……これはすごいね)

 マヤは今まで何十回いや、何百回とやってきた魔人化をファムランドに施す。

 ベルフェゴールが積み上げて来たもの全てを受け取ったマヤにとって、ただ魔人化するだけなら、指を1つ鳴らすだけで十分だった。

 マヤが指を鳴らした瞬間、マヤの全身から溢れ出た光の粒子がファムランドを包み込む。

 そして光が収まったあとには、胸の傷が消え、傷があった場所に聖魔石が埋まった状態のファムランドの姿があった。

「んんっ……俺はいったい……」

「ファムランドさんっ!」

 ゆっくりと起き上がったファムランドを、駆け寄ったレオノルが抱きしめる。

 静かに涙を流しながら抱きしめるレオノルを、ファムランドがそっと抱き返した。

「なんだ、その……悪かったな。心配かけた」

「本当ですよ、もうっ!」

 そのまましばらく抱き合っていた2人を、マヤたちは何も言わず見守っていたのだった。
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