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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

ファムランドという男

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「馬鹿なこと……してんじゃねーよ……っ」

 レオノルのナイフによって貫かれたファムランドは、激痛に顔を歪めながらレオノルに話しかける。

「ファムランドさん、どうしてこんなことを……」

「お前が死のうとしてて……止めねえ俺だと……思うか?」

 ファムランドは口端から血を流しながら、それでもまっすぐにレオノルを見つめ、無理やりに微笑んで見せる。

「それは……っ! でも、今はこうするしか!」

「だから……馬鹿なこと……言ってんじゃねー…………お前さんがいなきゃ……俺だけ生きてても……しゃーねーだろが」

「それは私も同じですっ! あなたがいない世界で生きていたって……っ!」

「ははは……そりゃそうだ……こんな止め方しか……できねえ自分が……情けねえ……ごめんな、レオノル」

 ファムランドは最後にレオノルの頭に手を置くと、そのまま意識を失った。

 レオノルは自分の頭からずり落ちるファムランドの手を掴むと、キュッとその手を胸に抱きしめる。

「そんな……ファムランド……」

 呆然とその様子を見ていたマヤに、勢いよく顔を上げたレオノルの視線が刺さった。

「陛下!」

「え?」

 突然力強く呼びかけられたマヤは、呆気にとられてしまう。

 マヤを呼んだのは、未だ涙を流しながらも、強い意志を感じさせる瞳でこちらを見るレオノルだった。

「陛下!」

「え!? あ、はい!」

「私のナイフは治癒魔法を無効化します。つまり、今のファムランドさんに治癒魔法は効きません」

「う、うん」

 早口でまくしたてるレオノルに、マヤはただただ頷くことしかできない。

「ですから、陛下の強化魔法しか頼れるものがありません」

「うん……うん? でもファムランドは……」

「ええ、その通りです。ですから、ファムランドさんを魔人化して下さい!」

「ええ!? で、でも間に合わないんじゃ……」

「できるかどうかじゃないんです! やるんです!」

「は、はいっ!」

 レオノルの気迫に、マヤは気圧されて返事をしてしまう。

「おいレオノル、お前の半分はまだ俺の支配下だと言うことを――」

「うるさい!」

 話に入ってきたベルフェゴールをレオノルが一喝すると、レオノルの身体に変化が起こる。

 先程半分ほどで止まってしまった白い部分がどんどんと広がり始めたのだ。

「馬鹿な!」

 驚愕するベルフェゴールをよそに、白い部分は広がっていく。

「私はファムランドさんを助けるんです! 邪魔しないで下さい!」

 そしてとうとう、レオノルはその身体からベルフェゴールを追い出してしまう。

「……ベルフェゴールは?」

「追い出しました」

「そ、そうなんだ……」

 これはマヤの推測に過ぎないが、ベルフェゴールがレオノルを支配できていたのは、ファムランドにために国を裏切っているという負の感情を利用したものだったのかもしれない。

 今はそれよりもファムランドを助けたいという思いが、決意が、レオノルの中で大きくなったため、ベルフェゴールは追い出されたのだろう。

「よし! それじゃあさっそく、と言いたいところだけど、たぶんすぐには無理だから――ルース!」

「はあ、わかった。最大限時間の流れを遅くした封印空間にその男を入れておけば良いのだろう?」

「さっすが、話が早いね。ちなみにどれくらい遅くできる?」

「1万倍といったところだろうな」

「えーっと、1万倍ってことは……」

「封印空間での1分が外の世界の1週間になるということだ」

「なるほど、それならファムランドの症状が悪化することもないね。じゃあお願いできる?」

「もう入れた。1分1秒を争う事態だと判断したのでな」

「ありがとね。それじゃあレオノルさんはマッシュを探してファムランドのことを伝えてくれるかな?」

「わかりました。でもファムランドさんは本当に大丈夫なんですか? 突然消えましたけど……それにその子は?」

「説明すると長くなるけど、とりあえず大丈夫なはずだよ。なにせ私とファムランドは1週間その子の封印空間にいたんだから」

「1週間一緒に?…………いえ、今はそれはいいです。ともかくわかりました。マッシュさんに話して来ます。陛下は?」

 一瞬マヤとファムランドが1週間も2人きりだったことに嫉妬を感じたレオノルだが、今はそれどころではないと追及することはやめた。

「私? 私はね――」

 マヤは静かにある方向に顔を向ける。

 ただそれだけの動作で、レオノルに全身の肌が粟立つのを感じた。

「へ、陛下?」

 ついさっき気迫でマヤを圧倒したレオノルだったが、今は静かな怒りに魔力を溢れさせるマヤに、完全にのまれてしまっていた。

「ん?」

「その……お気をつけて」

「うん。行ってくるね」

 今まで見たこともないほど強い強化の光に包まれたシロちゃんにまたがったマヤは、爆音と共に跳んでいく。

「あの馬鹿、あんな勢いで飛び出したら危ないだろうが」

 思わずよろめいてしまったレオノルを支えたのは、いつの間にかレオノルのすぐ後ろに来ていたルースだった。

「ありがとうございます」

「うむ、気にするな。それでは、私達はマッシュのところに行くぞ」

「はい」

 飛び出していったマヤに遅れて、ルースとレオノルも、マッシュのところへと駆け出したのだった。

***

「それっ!」

 レオノルたちと別れてまもなく、ベルフェゴールの姿を捉えたマヤは、そのままの勢いでベルフェゴールの背後からシロちゃんの前脚を叩きつける。

 ベルフェゴールは、まるで見えているかのように、シロちゃんの攻撃が当たる直前に素早く数歩分横に移動してかわしてみせた。

「ちっ」

「ふふっ、突然攻撃とは、流石に失礼ではないですか?」

 優雅に身を翻したベルフェゴールは、シロちゃんに乗ったマヤと対峙する。

「人の留守中に人の国に攻め込んできた人には言われたくないね」

「それは作戦と言ってほしいですね」

「まあ、戦争だから私もつべこべ言わないけど」

「話の分かる方で助かりました。それで、私を殺してすべてを終わらせようと?」

「うん、まあね」

 こちらに来てからというもの、人であれば敵も殺さないできたマヤだったが、ベルフェゴールの言葉を否定することはなかった。

「なるほど、本気のようですね」

 ベルフェゴールが右手を横に払うと、魔法陣が次々と現れ、その中から合計1000近い魔物が出現する。

「流石魔王だね。でも、私の子たちに勝てるかな?」

 マヤは腕輪を掲げると、戦闘が得意な魔物100匹あまりを呼び出し、そのまま一気に強化魔法をかける。

 魔物使いの魔王と、魔物使いの聖女の戦いが今始まった。
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