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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

便利なルース

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「うん、とりあえずやばそうなところはどうにかなったかな」

 マヤは閉じていた片目を開くと、ゆっくりと息を吐いた。

 国を覆う結界の内側に入ってからというもの、マヤはカラスの魔物で国中の様子を確認しながら、各地に魔物を送り込んでいた。

 それがついさっき、ようやく一段落したのだった。

「ありがとね、シロちゃん。助かったよ」

 各地の現状確認と魔物の召喚、強化、派遣で無防備になっていたマヤを守ってくれていたシロちゃんをマヤはよしよしと撫でてあげる。

 ベルフェゴール配下によって、ぎりぎり死人こそ出ていないものの、重症者も出ているし、国中の建物も壊されているしで、正直マヤは腸が煮えくり返りそうだが、シロちゃんをもふもふしていくらか落ち着きを取り戻した。

 マヤの周りには、シロちゃんによって死なない程度に攻撃されたたくさんの魔人たちがうめきながら倒れていた。

「わふっ!」

 嬉しそうに尻尾を振るシロちゃんの前足をよく見ると、何やら周りに転がっている他の魔人とは違う雰囲気の魔人が踏みつけられていた。

「ねえシロちゃん、その踏んでる人は何者?」

「わふ?」

 シロちゃんはマヤを真似して首を傾げると、踏みつけていた魔人から前足を退けてくれた。

 マヤが覗き込むと、踏みつけられていたのは、ぼろぼろになってもわかるほど豪華な衣服に身を包んだ男性だった。

「なんだろう、幹部的な人なのかな? でも全然気がつかなったよ。シロちゃん、この人強かった」

「わふっ、大したことなかったのです」

「そっか、大したことなかったのか……ん?」

 マヤはわからないはずのシロちゃんの言葉がわかった気がして、思わずシロちゃんを見返した。

「シロちゃんは喋れたのか?」

 マヤほどは驚いていない様子だが、ルースもそう言っているということは、どうやらマヤの幻聴ではないようだが、混乱しているマヤに聞こえていないようだ。

「わふ?」

「いや、わふ? じゃなくて、今喋らなかった?」

「わふっ、喋ったのです」

 今度は間違いなくシロちゃんの言葉がわかったマヤは、思わず頭を抱える。

「…………どうしたんだろう、疲れてるのかな? いや、徹夜で移動してきたし、疲れてるは疲れてるんだろうけど……」

「マスターはおかしくないのです。シロちゃんは昔から話せたのです」

「なるほど、マッシュと同じ喋れる魔物というわけだな」 

「そうなんだ……よかったぁ、っていうかルースにも聞こえてるなら幻聴なわけないよね、あはは…………じゃなくてっ、え? 前から話せたの? じゃあなんで話さなかったの?」

「マスターが「行くよ」とか「やっちゃえ」としかしか言わなかったからなのです。話す必要がなかったのです」

「あー、それは確かに」

 マヤがシロちゃんに話しかける時は、たいてい何かを指示する時なので、シロちゃんとしては了解だけマヤに伝えればよかったわけだ。

 後はグルーミングの時も話しかけていたが、おそらくグルーミング中はシロちゃんも夢見心地で喋ろうとは思わなかったのだろう。

「だから、マスターはおかしくないのです。それと、その人は大したことなかったのですが、自分はベルフェゴールの4人の幹部の1人だと言っていたのです」

「なるほど、たぶんマッシュが倒したリックとか言う幻影使いとカーサが倒したヒルベルトとか言う4刀流の剣士と、このたぶん拳で戦うっぽいお兄さんと、レオノルさんが4人の幹部なんだろうね。まあ、何にせよこれで後はレオノルさんをどうにかして、ベルフェゴールをぶっ飛ばせば一件落着なわけだ」

「そうなのです。マスター、レオノルさんは、ファムランドさんを呼んで来れればどうにかなる気がするのです」

「そうだよね。そう思って探してみてるんだけど、いないんだよねー。とりあえず、2人の家に行ってみようか」

「わふっ」

 マヤとルースははシロちゃんに飛び乗ると、レオノルとファムランドの家へと向かった。

「マヤ、どうやら目的の家は結界に閉ざされているようだ」

「どうにかできそう?」

「無論だ」

 ルースはレオノルとファムランドの家に張られていた結界を難なく通り抜けると、ドアへと姿を変えてマヤたちを中へと通してくれた。

「便利だね、ルースって」

「便利なのです」

「2人とも、もう少し別の言い方はなかったのか……」

 あまりにも素直で正直すぎるマヤとシロちゃんに、ルースは呆れてしまう。

「ごめんごめん。さて、それじゃあとりあえずファムランドさんを起こしに行こうか」

 マヤは意気揚々と家の中に入ろうとして、鍵のかかっているドアに侵入を阻まれる。

「…………ルースゥ~」

「はあ、仕方ないな……」

 情けない声で呼ぶマヤに、ルースはやれやれといった様子でドアの前にやってくると、そのままドアを通り抜けて中に入り、中から鍵を開けてくれる。

「やっぱり便利だね」

「なのです」

「お前らな……」

 呆れるルースを無視して、マヤとシロちゃんは家の中に入り、すぐにファムランドがいる寝室を見つけた。

「これは、眠り薬かな?」

 マヤの言葉に、シロちゃんがファムランドの匂いを嗅ぐ。

「たぶんそうなのです」

「ありがとねシロちゃん。ねえルース、ファムランドを起こせたりは……」

「あのなあ、私は便利屋じゃないんだぞ?」

「だよねー」

 いつもなら起きるまで待てばいいのだろうが、今はそうも言っていられない。

 しかしまあ、悩んでいても仕方ない。

 ファムランドが起こせそうにないなら、とりあえず連れて行くだけ連れて行って、後はレオノルと会った後に考えることにした。

「じゃあとりあえず連れて帰ろう。そういえばルースって私が最初に会った時に使われたあの謎空間って今でも使えるの?」

「封印空間のことか? もちろん使えるぞ」

「じゃあそこにファムランドを入れておいてくれるかな」

「了解だ。時間は止めるか?」

「時間? どういうこと?」

「あの空間は私の空間だからな。時間の流れも自由自在なのだ」

「へえ、すごいね。でも時間は動かしといてくれるかな。その方がすぐ起きてくれるかもしれないし……ん?」

「どうしたのです、マスター」

「えーっと、ルース?」

「どうした?」

「その封印空間って、時間の流れを早くできたりもするのかな?」

「ん? 可能だぞ? しかしそんなことをしてどうするのだ? 入れたものが早く傷むだけだぞ?」

「いや、それでいいんだよ! やっぱりルースは便利だね!」

「「?」」

 マヤが何に喜んでいるのかよくわからないルースとシロちゃんは、揃って首を傾げるばかりだった。
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