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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

決行

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「ファムランドさん、あなたは私が守りますから」

 学校で護身術の授業をした翌日の早朝、レオノルはまだ寝ているファムランドに小さくそう言って2人の家を出た。

(ことが終わるまで、どうか安らかに)

 ファムランドには昨夜から強力な催眠魔法をかけており、夕食にも強力な睡眠薬を混ぜた。

 最後に家全体を結界で覆い、レオノルは作戦の実行場所へと向かう。

 重い足を引きずって、レオノルはキサラギ亜人王国の中央にあるマヤの屋敷の近くまで来ると透過インビジブル静寂サイレントの魔法で姿と音を隠し、警備のエルフやドワーフに気づかれることなくその屋根に登る。

(ごめんなさい、皆さん……)

 レオノルは心の中で謝ると、国中に仕掛けた魔法に、順番に魔力を流し込んでいった。

***

「ん?」

 その日オリガは、いつものように学校で子どもたちに魔法を教えていた。

「どうしたの? オリガお姉ちゃん?」

「いや、なんかちょっと違和感が……って、こらっ、学校ではオリガ先生って呼ばないとだめでしょう?」

「はーい、オリガせんせー」

 なんとなく違和感を、具体的には近くで魔法が発動しかけたような感じがしたオリガだったが、魔力の流れに敏感なエルフの子どもたちも何も感じなかったようだし、気にしないことにする。

(なんだったんでしょう、さっきのは)

 オリガが授業に戻ろうとした次の瞬間、オリガは自身への魔法攻撃を察知した。

「突然なにっ!? これは……」

 オリガは瞬時に自分が受けたのは精神操作系の魔法だと見抜き、とっさに防御魔法を展開した。
 
「みんな、だいじょ……う……ぶ……」

 オリガはあたりを見渡して絶句する。

 オリガの目の前では先程まで元気に授業を受けていた生徒たちが机に突っ伏して動かなくなっていた。

「どうしたのみんな!? 返事を――くっ、次から次へと!」

 生徒たちに駆け寄ろうとしたオリガを、攻撃魔法が次々に襲う。

 とっさに防御魔法で防いだオリガはその魔法が自分だけを狙ったものだと気づいた。

(私が狙いなら、ここは一度子どもたちから離れたほうがいい)

 流れ弾が無防備な子どもたちに当たるようなことがあれば、大変なことになってしまう。

 そう判断したオリガは、攻撃魔法を防ぎながら、廊下へと飛び出した。

「オリガ!」

「お母さん!」

 廊下に飛び出したオリガは、エメリンの声に振り返る。

 振り返った先では同じく攻撃魔法を防いでいるエメリンの姿があった。

「ねえお母さん、これは一体……」

「何者かによる時限式の魔法が発動しているようね。それに、校舎全体にも爆破の魔法が仕掛けられてる」

『流石、魔王殺しの元副官殿ですね』

「こそこそこちらを伺っていたのはあなたでしたか」

 どこからともなく聞こえてきた男の声に、エメリンが応えると、エメリンとオリガの前に1匹のフクロウが現れた。

「私に気づかれずに魔物を操るとは……さてはあなた、ベルフェゴールですか?」

『おやおや、名乗ろうと思ったところでしたが、先に言われてしまいました』

「魔王がうちの国に何の用です?」

 返答次第では今すぐ殺しに行ってやる、というエメリンの考えが見えるかのような迫力のある言葉に、その矛先ではないはずのオリガまで思わず鳥肌が立ってしまう。

『そんなに恐ろしい気配を出さないでくださいよ。間違って、子どもたちを瓦礫の下敷きにしてしまいそうです』

「くっ! 何が目的です!」

『くくくっ、やはり子供を人質にされるとあなたといえど為す術がないのですね』

「黙りなさい……。そのフクロウを殺してしまいそうです」

『失礼しました。そうですね、簡単な話です、あなた方にはここから動かないで頂きたい。私の要求はそれだけです』

「それは、娘も、ということですか?」


『ええ、もちろんです。あなた方が私の言うとおりにしてくれるなら、子どもたちの安全だけは保証しましょう』

「子どもたちの安全?」

 オリガが首を傾げた瞬間、四方八方から爆発音が聞こえた。

「まさか……」

『お察しの通りです。現在エメリンが国中仕掛けた時限式魔法を一斉に起動させ、私の配下が次々とこの国に召喚されています。加えて、この国を結界で隔絶させました』

「そんな……」

 エメリンとオリガは、四方八方から聞こえてくる爆発音や悲鳴に、ただただ歯噛みすることしかできない。

『それでは、私は他の場所を見に行きますが、監視は続けますので、下手な真似はしないほうがいいですよ?』

 子どもたちを守るために身動きがとれないエメリンとオリガは、ただただ周囲の被害の音を聞いていることしかできなかった。

***

「いっっったーーーーい!」

「くうぅぅぅぅん……」

 ハミルトンの着ていた甲冑から発生した結界までやってきてマヤは、とりあえずペチペチと叩いてみてとりあえず外に出られないことを確認した後、ひとまずシロちゃんに乗って体当りしてみたのだが、思いっきり弾き返されてしまったのだ。 

 シロちゃんと仲良く地面でもがき苦しむマヤを見て、マッシュが呆れた様子でため息をつく。

「なぜ体当たりなのだ、馬鹿者」

「だって~、うううっ、いてて、なんとなく、勢いで突破できないかなって」

「相変わらずだなお前は……おそらくだが、これは物理的に破壊するのはほぼ不可能だろう。試しに私を強化してみろ」

 マヤはマッシュに言われるままマッシュに強化魔法をかける。

 強化の光に包まれたマッシュは、鋭く前足を叩きつけた。

「はやり無理か……」

「じゃあ、私、が、これ、でっ!」

 続いてカーサが聖魔石の剣を構える。

 マヤが聖魔石に強化魔法をかけると、カーサが渾身の一撃を結界に打ち込んだ。

「だめ、みたい……あっ」

 ハミルトンの鎧をたやすく切り裂いた聖魔石の剣でも、結界はびくともせず、逆に聖魔石の剣が壊れてしまった。

「うーん、じゃあいっぱいの魔物で一斉に攻撃を――って、あれ?」

 マヤは腕輪を掲げて魔物を召喚しようとしたのだが、いつものように魔物が出てくることはなかった。

「ふむ、どうやら外部との魔法的接続も切断されているようだな」

 つまり、いつもはオリガの運籠キャリーと繋がり魔物を呼び出している腕輪だが、結界でオリガの運籠キャリーと繋がりがなくなってしまったため、魔物が呼び出せないということらしい。

「じゃあもうどうしようもないってこと!?」

 どうやら自分たちは本当に外に出られないらしいことを知り、マヤは焦り始める。

 今すぐにでもキサラギ亜人王国のみんなを助けに行きたいのに、それができないのだ。

 マヤが焦るのも仕方ないことだった。

「落ち着かんか! 何か、何かがあるはずだ……っ!」

 マヤをたしなめるマッシュだが、当のマッシュも見るからに冷静ではない。

 家族がキサラギ亜人王国にいるのだから当然だろう。

 マヤとマッシュが焦るばかりで何もできないでいると、里長屋敷に面した道路の向こうから、誰かが走ってきた。

「マヤーー! 久しぶりだなー!」

「えーっと、誰?」

 マヤを呼びながら走ってくるマヤ以上に白い髪と白い肌をした少女に、マヤは首を傾げることしかできなかった。
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