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第3巻第3章 キサラギ亜人王国の危機

レオノルの苦悩

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「おはようございます、ブランさん」

 ベルフェゴールが指示を受けた翌日、レオノルはさっそく行動に移っていた。

 正直気が進まないどころではないし、実際に足が重い気すらするが、やらないわけにはいかない。

 ベルフェゴールが自分の意のままにならない人物に対してどれだけ残酷で冷徹か、レオノルは嫌というほど知っていた。

「あら、おはようございますレオノルさん。珍しいですね、こんな時間に」

 レオノルに話しかけられた真っ白なうさぎは、振り返るとレオノルに挨拶を返した。

「ええ、少し早く目が覚めたものですから」

「あら珍しい。昨日は何もせずに寝たんですか~?」

「もうっ、からかわないでくださいよブランさん」

「ふふふっ、ごめんなさい。でも、いつもより元気がないみたいですけど、何かありました」

 心配そうにレオノルの顔を見上げる。

 今のやり取りだけで、ブランはレオノルの様子がいつもと違うことに気がついてしまったらしい。

(気をつけないといけませんね……失敗は許されないのですから)

 ベルフェゴールは使えない者にも厳しいのだ。

 へまをするわけにはいかなかった。

「そ、そうですか? 自分ではよくわかりませんが……」

「ええ、少しだけ元気がないような。まあ、レオノルさん自身がなんともないなら気のせいかもしれませんね」

「そうだと思いますよ。でも、ありがとうございます、今日は早めに寝るようにしますね」

「ええ、そのほうがいいですよ。私からもファムランドさんにたまには奥さんを早く寝かせてあげてくださいって言っておきましょうか?」

「いえ……それは流石に……」

「ふふっ、冗談です。それで、今日はどうします? このあたりの葉物なんて今朝採れたばかりで新鮮ですよ?」

「ではそれをいただきましょうか。そうだ、そういえばドワーフの里へ輸出の件、あれってどうなったんですか?」

 レオノルはあくまで世間話、といった感じでブランのところに来た本当の目的を切り出した。

「ああ、あれですか。どうやらマヤさんがドワーフの里でいろいろやってるみたいですよ?」

「らしいですね。うちの隊員が農作物を運んでるのも、それに関係しているとか」

「そうですそうです。でも、解決にはもう少しかかるみたいですね」

 ブランはそう言って、マヤから届いた手紙を見せてくれた。

 内容を見るに、解決までは少なくともあと1週間程度かかるようだ。

 つまり、それがレオノルがすべてを終えるまで目安ということになる。

「それにしても、変わった王様ですよね、うち陛下って」

「ですねー。まさか自分で乗り込むなんてびっくりしました。でも、だからみんなついて行きたくなるんじゃないですか?」

「たしかに、そうかもしれませんね」

 その後もしばらく世間話をした後、レオノルは野菜が入った袋を持ってブランのところを後にした。

 ブランに言われるまでもなく、マヤが国民から慕われているのはレオノルもよく知っていたし、レオノル自身もマヤには大きな恩がある。

 だからこそレオノルは、それを自らの手で壊すしかない自分が、ますます嫌になるのだった。

***

「「「「「レオノル先生だー!」」」」」

 連日国中を周り、至るところに工作を仕掛けたレオノルは、最後にエメリンが校長を務める学校にやってきていた。

 今日は実戦経験豊富なエルフとして、生徒たちに護身術を教えることになっていた。

 もちろん、それを提案したのはレオノルで、本当の目的は別にある。

 幸か不幸か、今までも何度か魔法の先生として学校には来ていたので、レオノルの提案が不審がられることはなかった。

「今日はお願いします、レオノル先生」

 レオノルが子どもたちにまとわりつかれて動けなくなっていると、校長であるエメリンが声をかけてきた。

 その気になればレオノルはおろかベルフェゴールでも瞬殺できるエメリンに、レオノルは一瞬身体を緊張させてしまうが、それを悟らせるほどレオノルは愚かではなかった。

「エメリンさん、こちらこそよろしくおねがいします」

「それにしても助かりました。今日はちょうど1人先生が急にお休みになってしまって、レオノル先生がいなかったら自習になっていたところだったんです。あっ、いけない、もう私も授業の時間です。それではレオノル先生、お願いしますね! みんなもレオノル先生の言うことをよく聞くのよ?」

 エメリンは早口でそれだけ言うと、バタバタと走って行ってしまった。

 ちなみに今日は、オリガも別のクラスで授業をしておりこちらに来られないことは確認済みだ。

(すべて計画通りです。…………やるしかないんですね)

「さあみなさん、授業を始めますよ」

 レオノルは群がる子どもたちに離れるように言うと、校舎の外に出て護身術の授業を始めた。

 校庭の真ん中、校舎の前、校舎の横、校舎の裏、校舎の中に入って、廊下、トイレ、教室、最後は屋上で、レオノルは護身術の授業を行った。

 予め様々場面を想定した護身術を教えるために、学校中を使って授業をすると伝えてあったため、それを不審に思う者はいなかった。

「「「「「「レオノルせんせー、ありがとーございました!」」」」」」

 こうして、レオノルの護身術の授業は、大好評のうちに終了した。

 学校中に細工をしながらではあったが、レオノルは子どもたちに身を護るすべを全力で教えていた。

 それが、せめてもの罪滅ぼしだった。
 
 レオノルは満面の笑みで元気いっぱいに挨拶する子どもたちを見ていると、胸が痛む。

(……ううっ。本当に私のやっていることは正しいのでしょうか?……いえ、正しいなんてことは、ないのでしょうね。でも……)

 ファムランドを助けるために、レオノルはこうするしかないのだ。

 たとえそれが、未来ある子どもたちを破滅に導くかもしれないとしても。

(どうか、どうかあの子たちが無事で済む結末になりますように)

 自分で学校を崩壊させる術式を仕組んだレオノルは、そんな矛盾した願いを胸に学校を後にしたのだった。
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