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第3巻第2章 里上層部vsマヤ

ラッセルの決断

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「おはようございます、お孫様」

「ああ、おはようございます、ナタリーさん」

「何あったんですか、お孫様?」

 ラッセルがハミルトンとナタリーの一件を目撃してしまった翌日。

 ラッセルの盗み聞きに気がついていないナタリーは、ラッセルのなんとも言えない態度に首を傾げる。

「いえ、何でもありませんよ。それより今日は、例の密輸入品を販売している連中のお店に行ってみましょう」

「私達が直接、ですか?」

 大胆なラッセルの意見に、ナタリーは目を見開いた。

 代理とはいえ今のラッセルはこの里の長なのだ。

 様子を見たいなら警察に命じて張り込ませればいいし、話が聞きたいなら連中を屋敷に呼びつければいい。

 少なくとも常識的に考えれば、ラッセルが自ら出向く理由はないように思えた。

「そうです。お祖父様ならともかく、私やナタリーさんの顔は里の人々には知られていないはずですから大丈夫だと思いますが……だめでしょうか?」

「いえ、だめではありませんが……理由を聞かせて貰っても良いでしょうか?」

「そうですね……」

 昨日、ナタリーがハミルトンに情報を流していることを知ってしまったラッセルは、どこまでナタリーに話すか、言い換えればどこまでの情報をハミルトンに与えるか、を考える。

「簡単な話です。私がその連中がいったいどんな人たちで、どういう意図で密輸入品の販売をしているのか見ておきたい、ただそれだけです」

「なるほど、そういうことでしたら私もご一緒します」

 ラッセルの言葉を聞いて、どこかほっとした様子のナタリーに、ラッセルもまたうまく誤魔化せたようだと胸をなでおろす。

 無言の時間が長くて怪しまれるかとも思ったが、どうやらそんなこともなくナタリーはラッセルの意見を信じてくれたようだ。

「それではさっそく行きましょうか。連中は朝から闇市で店を開くらしいですからね」

 ラッセルは里長室の椅子から立ち上がると、できるだけ目立たないように里の男子がよく着ているような服に着替える。

「ナタリーさんも着替えて来てください。あまり目立ち過ぎちゃだめですよ?」

 ラッセルの言葉に、ナタリーは妖しい笑みを浮かべる。

「うふふっ、それは私が他の男性に声をかけられてしまうから、でしょうか?」

 ナタリーはラッセルが「偵察だからに決まってるでしょう! からかわないで下さい!」と顔を真っ赤にして怒る姿を想像して、ラッセルの方を見つめていた。

 しかし、昨日ハミルトンとナタリーのやり取りを見てしまい、ラッセル本人が自覚しているかはさておいて、心のどこかでナタリーを誰にも渡したくないと思ってしまっているラッセルの返答は、ナタリーが予想していたものとは全く違っていた。

「そうですよ。ナタリーさんは魅力的ですから、他の男にとられると困ります」

 ナタリーを正面から見据えるラッセルに、ナタリーは鼓動が早くなるのを感じた。

「ど、どうしたんですかラッセル君……」

 思わずいつものお孫様やラッセルお坊ちゃまではなく、心の中で呼んでいるラッセル君になってしまっていたが、動揺しているナタリーは気が付かない。

「僕の思っていることを素直に伝えただけです。嫌でしたか?」

「いえ、そんなことは……」

「じゃあいいじゃないですか。ほら、早く着替えて来て下さい」

「は、はいっ! そうさせてもらいます!」

 ナタリーが逃げるように里長室を出ると同時に、ラッセルは大きく息を吐きながらその場に座り込んだ。

(あああああああっ、何を言ってるんだ僕は!? あんなの告白と一緒じゃないか!? 確かにナタリーさんがハミルトンさんの言いなりなのは気に入らないけど! でもだからってあんな……)

 里長室でラッセルは頭を抱えている頃、里長の屋敷に用意されている自室で、ナタリーもまた、ドアを背にへたり込んでいた。

 正直、あまりに動揺しすぎてどこをどう歩いて自室に戻ってきたのかも覚えていなかった。

「な、なんですか、あれは……ちょっと、破壊力が強すぎるというか……」

 そもそもナタリーは随分前からラッセルに好意をよせている。

 ただ、年齢差や立場の違いから、自分の想いは叶うことがないと思っていた。

「あんなこと言われたら、本気になっちゃいますよ?」

 ナタリーは誰に言うでもなく、そう呟いた。

***

「あれが密輸入品の店ですか。すごい列ですね」

 いつもの仕事の速さからは考えられないほど時間をかけて着替えてきたナタリーを連れて、ラッセルはマヤがやっている店の近くに来ていた。

「さあさあ、安いよ安いよー。まだまだあるからどんどんいらっしゃ~い」

 長蛇の列ができている店の前で、1人の白い髪の人間の少女がパタパタと右へ左へ行ったり来たりしながら客引きやら列の整理やらをしていた。

「お姉ちゃん、あの雑用係みたいなのが首謀者なのですか?」

「外見的にはそのはずですが、流石に違うような気もしますね」

「ですよね。ちょうど話しかけやすそうなところのいますし、ちょっと話を聞いて来ます」

「ちょ、ちょっと、おまご――」

 言いかけたナタリーの口を、ラッセルの人差し指が塞ぐ。

「ラッセル、ですよ、お姉ちゃん」

 ラッセルはナタリーの目を見て語りかける。

 ナタリーはそこでようやく、出発前に決めた偽装、つまり今日1日は姉弟のふりをするということを思い出した。

「……っ!? そうでし――そうだったわね、ラッセル」

「うん、そうだよお姉ちゃん。じゃあ、ちょっと言ってくる」

 ラッセルはナタリーを残して、マヤに歩み寄ると、その肩をそっと叩いた。

「はいはーい。どうしましたお兄さん」

 マヤは元気よく返事をして振り返ると、ラッセルと向き合う。

「すみません、実はここで密輸入品を売っていると聞きまして」

「えー、なになに? お兄さん警察の人ー?」

 マヤの言葉に、周囲のラッセルを見る目が厳しくなった気がした。

 どうやらラッセルが思っている以上に、里の住人の里上層部への感情は良くないらしい。

「まさかまさか! 警察だったらこんな闇市に来てないですって! ただ密輸入品だって聞いたから、買っても大丈夫なのかと思って……」

「なーんだそんなことか。それなら安心してよ。値段は安いけど、安全で新鮮で美味しいものばっかりだからさ!」

「そうなんですか……よかった。そういえば、お姉さんがこのお店の店主なんですか?」

「うん? うん、そうだよ。まあ、形だけだけどねえ」

 マヤがそこまで話したところで、店の方からマヤを呼ぶ声がした。

「呼ばれちゃった。それじゃあね、お兄さん。あっ! 買うならちゃんと一番後ろから並ぶんだよー」

 マヤはそれだけいうと、店の前の人混みに消えていく。

 ラッセルはマヤの態度を見て、1つの計画を実行に移すことを決断したのだった。
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