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第3巻第1章 ドワーフの内情

泥棒の正体

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「戻ったぞ」

 マヤとカーサが宿に着いて小一時間ほど立った頃、マッシュが宿に戻ってきた。

「遅かったじゃん。何かあったの? 泥棒くんを引きずってないところを見ると、ゲス野郎じゃなかったみたいだけど」

「そうだな、どこから説明したものか……それよりカーサはどこに……いや、風呂か」

 マッシュは数軒先の公衆浴場からカーサの声を聞き分けた。

 どうやらドワーフと比べる何もかも大きいカーサは地域の女性から色々質問ぜめにあっているらしい。

 困ったカーサの声が、マッシュの耳にははっきりと聞こえてきた。

「あー、マッシュいやらしー」

「何がだ! そもそも私は人間の女には何も感じないとお前も知ってるだろうに」

「それはそれは、これはこれでしょー? 何も感じなくても、女の子のお風呂の音を聞くのはデリカシーに欠けると思わない?」

「うぐっ……それはたしかにそうかもしれん……すまなかった……」

「うん、わかればよろしい」

「――っと、こんなことを話している場合ではない。もう入ってきてもらった方が早いだろう。入ってきていいぞ」

 マッシュがドアの向こうに声をかけると、ゆっくりとドアが開かれ、一人のドワーフの少年が現れた。

 背格好(と言って泥棒されたときは暗すぎて、マヤには小さいことくらいしかわからなかったのだが)からして、先ほどの果物を盗んだ子どもだろう。

 屈強な男でも出てくると思ったのだろうか、マヤと対面した少年は目を丸くした。

 ドアの外までマヤの声は漏れ聞こえてはずだが、それが聞こえないくらい緊張していたのかもしれない。

「これが泥棒くん?」

「……っ!」

 マヤの姿に驚いた後、少し安堵した様子だった少年だが、マヤの泥棒という言葉に身を固くする。

「ああ、こいつはパコというらしい」

「パコ君ね。それで、なんでわざわざ連れてきたのさ」

「それはだな――」

 マッシュはパコの身の上を話し始めた。

 ざっくり言ってしまうと、パコは孤児で、体の弱い妹のためになんとか食料を確保してらしく、マヤの店から果物を奪ったのもその妹のためだそうだ。

 そして、家族のために頑張る姿に共感したマッシュが、なんとかできないだろうかと連れてきたらしい。

 最後など涙声になっていたので、マッシュはパコに相当感情移入しているのだろう。

「なるほど、妹さんのためにねえ……」

「そうだ……だからお前のところの果物を盗んだんだ」

 悪びれた様子のない少年の態度に、マヤは少し感心してしまった。

 明らかな年下にお前呼ばわりされて少し腹が立ったのも事実だが、それ以上に、家族のために自分は酷い目にあっても構わないという意志を感じたのだ。

「悪いことをしたってことは、わかってるんだね?」

 ゆっくりと、しかしながら少し迫力を感じさせるマヤの語り口に、パコは息を飲む。

「……っ! わかってるさ……」

 しかしながら、それでもパコは屈しなかった。

 毅然としてマヤを正面から見据えると、しっかりと自分の非を認めた。

「なーんだ、それならお仕置きするだけで許してあげるよ。…………死なないでね?」

 一転して軽い雰囲気で、あっけらかん恐ろしいことを言うマヤに、パコの顔を冷や汗が伝った。

 身をこわばらせるパコの前で、マヤは腕輪を上に掲げ、一番小柄な狼の魔物を召喚する。

 これから自分に降りかかる災難に目をつむったパコを無視して、マヤは無慈悲にも魔物に指示を下す。

「じゃあやっちゃっていいよー」

 相変わらず軽い調子で発せられた指示に従って、狼の魔物がパコに襲いかかる。

 生暖かい吐息を首元に感じ、死を覚悟したパコだったが、次の瞬間訪れたのは痛みではなく浮遊感だった。

「な、何が……」

 何がなんだかわからず目を開けたパコの目の前には、白いもふもふしたものが広がっている。

「よーしよしよし、上手にできたねー、偉いねー」

 そのもふもふの向こう側で、だらしない顔をしたマヤが、自分を乗せている狼の魔物を撫で回しているのを見て、パコはますます混乱する。

「おいっ! これは一体なんのつもりだっ!」

「もう、耳元でうるさいよー」

「あっ……悪い……じゃなくって、これはどういうことだって聞いてんだよ!」

「見てわかんないの、魔物の上に乗ってるんじゃん」

「そういうことじゃない! お前わかってて言ってるだろ!」

「えー、なんのことかなー。それじゃ、とりあえずこの子お風呂に連れて行ってくれるかな? はいパコ君、これお金ね」

 マヤはパコの質問にすっとぼけると、魔物に改めて指示を出して、パコにお金を握らせる。

「こんなに……」

 公衆浴場に入るだけにしては明らかに多い金額に、パコは呆然としている。

「それでお風呂上がりに隣の食堂で好きなもの食べてきなよ」

 マヤが言い終わると、パコがなにか言う前に、狼の魔物は前足で器用にドアを開けて出ていってしまった。

 パコを乗せた魔物と入れ替わるように、バスタオルを頭から被ったカーサが帰ってくる。

「今、マヤさんの、魔物が、出て、いった、けど?」

「あっ、カーサおかえり。ちょっと色々あってさ。悪いんだけど、今からマッシュとちょっと出かけてくるから、留守番しててくれる?」

「? うん、いい、けど……」

 何がなんだかわからないカーサは首を傾げる。

「ありがと。そういえば、なんでバスタオル被ってるの?」

「…………その、みんなが、美人、美人、って、言って、きて、恥ず、かしく、て……」

 たしかに、カーサはオークの中でもとびきり美人だ。

 ドワーフからすれば背も高く顔立ちも整ったカーサは、憧れの的なのかもしれない。

「カーサは美人だからね、仕方ないよ」

「マヤさん、まで……恥ず、かしい、から、やめて、ほしい……」

「あははっ、ごめんごめん。それじゃあ行ってくるよ。すぐ戻ってくるから」

「うん、いって、らっしゃい」

 マヤは宿を出てシロちゃんを呼び出すと、その背にまたがる。

 マッシュも素早くシロちゃんの上に跳び乗った。

「それで、どこに行くのだ?」

「わかってるくせに」

「まあな、あっちだ」

 マッシュが前脚で指した方向に向けて、マヤはシロちゃんを走らせる。

 夜の街を5分ほど走ったところに、それはあった。

「これは、なんというか、ひどいね」

「ああ、大通りには大きな屋敷がある一方で、裏はこんなざまだ。格差が大きいのだろうな」

 マヤたちの目に前にあるものは、家と言うにはあまりにも粗末なものだった。

 そんな粗末な家が立ち並ぶエリアを、マッシュはどんどんと進んでいく。

 しばらく歩いたところで、マッシュは立ち止まり、振り返った。

 マヤはうなずくと、その家の様なものの中に入っていった。
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