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第3巻第1章 ドワーフの内情

ブランの悩み事

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「マヤさん、ちょっといいでしょうか?」

 かしゃんかしゃんという爪が軽く床をひっかく特有の足音の後に聞こえてきた声に、マヤは誰が来たのかそれだけで理解した。

「ブランさん? いいよ入ってきて、どうしたの?」

 マヤは人間仕様のドアをうさぎのブランが開けるのは大変だろうと思い、形ばかりの大きな執務机の椅子から立ち上がると、ドアを開けてブランを招き入れた。

「ありがとうございます。このドア開けるのはちょっと苦手なので助かりました」

「あはは、やっぱりうさぎのもふもふな前足じゃ難しいよね。マッシュも苦手だったから」

 これでもブランの夫で同じくうさぎのマッシュとは数カ月間同じ宿で暮らしていたのだ。

 人と普通に話せるとはいえ体はうさぎのマッシュやブランが、人との生活で困ることはだいたいわかっている。

「それで、わざわざ私の部屋まで来てどうしたの?」

「実は、うちの国の農産物がちょっと問題になっているようで……」

 農業大臣であるブランの相談は、やはり農作物に関すことだったようだ。

「農産物が問題? まさか直中毒でも出た?」

 ブランの言葉に、マヤが真っ先に想像したのは、もとの世界でも時々ニュースになっていた食中毒だった。

 食べ物の問題と言えばやはりそれが一番あり得るだろと思ったのだが、ブランは首を横にふる。

「いえ、うちの国の野菜はマヤさんの提案で冷やしすぎないように魔法で冷やして保管してそのまま輸送してるので、食中毒どころかいつでも新鮮だって評判です」

「そりゃ良かった。でも、それじゃあ何が問題なの」

「その……私にはなんともよくわからない話なのですが……安くて美味しくて量が多いのがいけないらしくて……」

「えーっと、どういうこと?」

「ですから私にもよくわからないんです。何でも、私達が作った農作物が輸出されたドワーフの里で、農作物が原因で揉めてるらしくて……」

「ああ、そういうことか……」

 そこまで話を聞いて、マヤはようやく事情をおぼろげながら理解した。

 つまり、キサラギ亜人王国が美味しい農作物も安く大量に輸出しているため、輸出先の農業関係者が怒っているのだろ。

 いわゆる貿易摩擦というやつだ。

「わかったんですか?」

「まあね。もっと複雑なの見たことあるし」

 マヤがもといた世界では、農作物の作り方がちょっと効率的でちょっと進んだ技術を持っているだけで貿易摩擦が起きる時代はとうに終わっていた。

 天然資源だ半導体だ戦争による小麦不足だと、もっともっと複雑で意味不明な話ばかりな世界にいたマヤにとっては、農作物で貿易摩擦などかわいいものだ。

「よくわかりませんけど……流石マヤさんですね」

「いやいや、そんな大したことじゃないって。それより、気になってたんだけど、ドワーフの里に輸出ってどういうこと? ドワーフの里って全部うちの国の加入したんじゃなかったの?」

「あれ? そういえばそうですね。そんな話になったって聞いた気がします。あれ? そうなってくると輸出っておかしいですよね?」

 自国内で他の地域運ぶこともまあ輸出と言わないこともないだろうが、普通輸出といえば他国のものを運ぶことだろう。

「だよね? ねえブランさん、誰がブランさんにその話を教えてくれたの?」

「ドワーフをまとめているあの……」

 ブランが名前を思い出せないようなので、マヤは助け舟を出す。

「セルヒオさんかな?」

「あっ! そうですそうです、セルヒオさんです。あの方が、うちの農作物がいろいろ問題を起こしてるらしいって教えてくれました。そういえば、マヤさんがもっと色々買ってくれれば解決するとか言ってたような……」

「あんにゃろう、さてはあえて誤解させたな~?」

「マヤさん?」

 セルヒオの言っていたという言葉からだいたいの状況を察したマヤは、冗談混じりにとはいえ少し怒った様子で明後日の方向を睨みつける。

「ねえブランさん、セルヒオさん呼んできてくれる? 大至急で」

「わかりました……マヤさん、まさかセルヒオさんに酷いことしたりは……」

「まっさかー、そんなことするわけ無いじゃーん」

 おどけてそう言うマヤだが、ブランには目が笑っていないように見えた。

「と、とりあえず呼んできますね!」

 ブランは一抹の不安を感じながら、セルヒオを呼びに走ったのだった。

***

「やあセルヒオさん、久しぶりだね」

 翌日、セルヒオは屋敷の一室でマヤと向き合っていた。

 ブランが呼びに行った時には亜人王国のはずれで商談をしていたセルヒオだったが、国王命令で中央にあるマヤの屋敷に呼び出されたのだ。
 
「お久しぶりです。陛下におかれましてはご機嫌麗しく――」

「はあ、私がそういうの嫌いだって知ってるでしょ? セルヒオさんは商人なんだから、商人らしく要件を簡潔に話す会話をしよう、ね?」

 そう言って手を組んだマヤに、セルヒオはへりくだった態度をしまい込むと、顔を上げてマヤと向き合った。

「そういうことでしたら遠慮なく。陛下、何用で私を突然呼び出したのですか?」

「なんとなくわかってるでしょ?」

「…………そうですね、とぼけるのも潮時でしょう」

「いやー、まんまと騙されたよ。わかったのだって、セルヒオさんがバラそうとしたからでしょ?」

「まあ、そうですね。ドワーフのとの農作物輸出による問題はそろそろ隠せる状態じゃなくなってましたから」

「やっぱりそういうことか」

 全く、セルヒオの筋金入りの商人気質にも困ったものである。

 要するに、他のドワーフの里に黙って自分の里だけキサラギ亜人王国に加入し、キサラギ亜人王国からもたらされる利益を独占しようとしていたわけだ。

「商人ですから」

「はあ、まあそうだよね。そもそもよく確認しなかった私も悪いし」

 マヤは改めて諜報組織を用意する必要性を痛感した。

 とはいえ、今は目の前の課題を解決する方が優先だ。

「それで、今は具体的どんな状況なの?」

「言ってしまえば内戦寸前です」

「ええ!? 何それやばいじゃん!」

「まあ、そうですね」

「軽っ! え、なになになに、怖いんだけど? セルヒオさんってドワーフなんだよね?」

「ええ、そうですが?」

「いや、そうですが? じゃなくてさ、え? 身内が内戦寸前になってるのになんにも感じないの?」

「身内って……別に同じ種族なだけですよ? マヤさんだって人間が内戦寸前ってだけで身近な人が関係なかったらなら何も感じないでしょう?」

「いやまあ、それはそうかもだけど……」

 原因の一端はセルヒオにもあるのだから、もう少し心を痛めてもいいのでは、と思わなくもないが、そんなこと言っていたらやってなれないくらいドワーフ商人の世界は厳しいのかもしれない。

「はあ、まあいいや、まだうちに加入してないドワーフがいるなら勧誘しないとだし、ついでに内戦もどうにかしちゃおう。セルヒオさんもそれでいいね?」

「仕方ないですね。内戦は内戦で儲かりそうだったんですが」

「…………商魂たくましいなんてレベルじゃないんね、まったく」

 マヤはセルヒオにやや恐怖を感じながら、ドワーフの内戦を止めるべく動き始めることを決めたのだった。
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