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幕間 キサラギ亜人王国の日常

ルースとシェリル

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「そういえば、ここは何が売ってるところなんですか?」

 延々と撫でられていたオリガは、話題を変えるためにわざと大きな仕草で周囲を見回すと、マヤとカーサの間から抜け出した。

「ここは家具が売ってるんだよ。基本的にドワーフがやってるお店が多いね。ドワーフとエルフが協力して魔法の家具とかも売ってるんだよ。ほら、あれとか」

 マヤが指差した先では、一見なんの変哲もないドアノブが実演販売されていた。

「どうして、あの店員さん、あんな、分厚い、手袋、してるの?」

「まあ見てればわかるよ……ははは……」

 マヤは準備中のショッピングモールで見た光景を思い出し苦笑する。

 実演販売の店員がゆっくりとドアノブを握ると――。

「うわっ」

「な、なんですかあれ」

 店員の手はあっという間にドアノブから変形した牙の生えた口のようなものに噛みつかれてしまったのだ。

「相変わらずやりすぎな気がするけど……えーっとね、あれは登録されていない人が握ると噛み付いて離さなくなるドアノブなんだよ。悪意のあるなし関係なしだから、配達のお兄さんにも噛み付いちゃうのが欠点みたいだけど」

「それであの手袋ですか……というか、家の人以外誰彼構わず噛み付くってことですか? それって使えないんじゃ……」

「わかって、いれば、かわせない、速さじゃ、ない」

「いやいやいや、それはカーサさんだからですよ……」

「あはは、まあ確かにあれはまだ実用段階じゃないよね」

「そういう意味では、バニスターの収容所にあったはよくできてましたね」

 オリガは魔法で収納していたへしおれたドアを取り出す。

「ああ、ルースのことね……ん?」

「このドア名前あったんですか? 確かにそう書いてありはしますけど……マヤさん? どうかしました?」

「いや、もしかしたら、あの人たちなら……カーサ、このドア持ってついてきてくれる?」

「いい、けど、どうしたの?」

「もしかしたら、ルースを助けられるかもしれないと思ってね」

「「?」」

 嬉しそうなマヤに、そもそもルースが誰なのかあるいは何なのかもわかってないオリガとカーサは首を傾げる。

 そんな2人を放っておいて噛み付くドアノブの実演販売をしている店に入っていくマヤに、オリガとカーサもついて行く。

「こんにちはー」

「おっ、陛下じゃないですか!」

「どうしたんですか、仮にも国王でしょうに、こんなところにいていいんですか?」

 マヤが店に入るなり、ドワーフとエルフの店員がマヤに話しかけてきた。

「まあまあ、細かいことはいいじゃん。今はただの可愛い女の子ってことで」

「えー、自分で可愛いって言うんですか?」

「流石にそれはちょっとないですね」

「なにおう? じゃあ2人は私が可愛くないって言うの?」

「「いや、普通に可愛いですけど」」

「じゃあ素直に認めてくれればいいじゃん!」

「それはちょっと、なあ?」

「それは、ねえ?」

「もう! いつもいつも君たちは私をからかうんだからー!」

「「はははははっ、すみません、陛下が面白いからつい」」

「全く……まあこの方が気が楽でいいけどさ」

 最近来るたびにやっているお約束の流れを終える。

 それくらいマヤはこのショッピングモールの各店舗には顔を出していた。

「マヤさん、流石に、そろそろ、ちょっと、重い」

 マヤが店員2人とふざけあっていると、後ろから少し不機嫌そうなカーサの声が聞こえてきた。

「わあ、ごめんごめん。それじゃあルースをここにおいてくれる?」

「うん、わかった」

 カーサがマヤの指示通りに、ルースを店員2人の前に置くと、さっそく2人はルースに興味を示した。

「陛下、これは…………魔法のドア、いやそんなチンケなもんじゃないか」

「ああ、これは悪魔が封じられてたドアじゃないか」

「わかるのか?」

「魔法陣が書いてあったみたいだからな。めずらしい文字だ。それに――」

 まじまじとルースを観察し、議論を交わす2人。

 正直マヤには半分もわからなかった。

 後ろを振り返ると、オリガは興味深そうに聞いているが、カーサはマヤ同様よくわかっていないのか首を捻っていた。

「えーっと、つまり?」

「おっと、すみません陛下。ええっとですね……簡単に言うと、このドアは物凄い品だってことです」

「いやいや、簡単に言いすぎでしょ。じゃあ聞き方を変えるけど、直せたりするかな?」

「おそらくですが、使われてる魔法が古すぎて私には……」

 エルフの店員が渋面を浮べると、隣でドワーフの店員も同じ表情でうなずく。

「魔法だけじゃないですよ。使われてる石材も今じゃ滅多に手にはらない聖魔石ってやつです。これじゃあ直すなんてとても……」

「そっか……。ごめんね、無理なこと頼んだりして」

「いえいえ、我々こそお役に立てず――」

「あれ、懐かしいもの持ってるねー」

 店員の言葉を遮ってマヤたちの間に入ってきた影は、ルースを見てそんなことを言った。

 姿を見るまでもなくその声は、あのイタズラ好きな魔王のものだった。

「ルー――んぐっ!?」

 ルーシェは目にも止まらぬ早業でマヤの口を塞ぐと、頭の中に直接話しかけて来る。

(シェ・リ・ル! バカなのかなマヤさんは!? こんなところに魔王がいたら大騒ぎでしょう!)

(いやいや、それならルーシェが出てこなきゃいいだけじゃ)

(だから今はシェリルなの! それにマヤが悪いんでしょ!)

(私? なんかしたっけ?)

(マヤが手紙で何度も何度もショッピングモールがすごいって自慢するから来たくなっちゃったんじゃん!)

(あー、それはー、うん、ごめんね?)

(わかればいいんだよ! とにかく今の私はシェリルなんだからね!)

 念押ししたあと、ルーシェ改めシェリルはようやくマヤを開放する。

「久しぶりシェリルさん、魔王城のお仕事はお休みなの?」

「お久しぶりですマヤさん! 今日はこれが仕事なんですよ。ルーシェ様が代わりにショッピングモールとやらを見てこいって」

「なるほどね」

 マヤがそう言うと同時に、後ろの2人も状況を察したようだ。

「それでシェリルさん、このドア、見たことあるんですか?」

「うん、魔王城の倉庫で似たようなのをね。たぶんルーシェ様なら治せるんじゃないかな?」

「本当!?」

「うん、幸い聖魔石を生み出せる子もいることだし、治せると思うよ」

 そう言って、マヤに視線を向けるシェリルに、マヤは首を傾げることしかできなかった。
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