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第2巻第3章 キサラギ亜人王国戦争

レオノルの目的

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 しばらく黙っていたレオノルはゆっくりと口を開いた。

「いつから気がついていたんですか?」
 
「最初から、かな。最初にあったとき、レオノルさんの胸元から黒いもやが出てるのが見えたからね」

「魔眼、ですか……」

「そう。まあ魔石に由来する魔力しか見えないっぽいけどね」

 それでも十分珍しく強力な能力なのだが、今のレオノルにそれを指摘する余裕はない。

 今はとにかく、自分がダークエルフのだということを隠していた理由をなんとかごまかさなければいけないのだ。

「ダークエルフだということを隠していたことは謝ります。ですが、私には目的なんてありませんよ。亜人の国ができたと聞いたから移住してきただけです」

「本当に?」

「本当です」

「じゃあなんでダークエルフだってことを隠してたのかな?」

「ダークエルフは忌み嫌われているからです」

「そうらしいね。でもさ、うちにはオリガがいるよね。それも、国王である私の側近として。そんな国でダークエルフだってことを隠す必要なんてあるのかな?」

「それは……」

「もう一つ聞かせてほしいんだけど、レオノルさんって、生まれついてのダークエルフじゃないよね?」

「どうしてそう思うんですか?」

「簡単だよ。ダークエルフが自然に生まれるなんめったにあることじゃない。だから生まれたら絶対話題になってるはずだけど、オリガ以外のダークエルフのことを、エメリンさんは知らなかった」

「確かにエメリンさんは物知りかもしれませんが、だからといって全てにダークエルフのことを知っているわけでは……」

「確かにそうだろうね。でも、自分と同い年くらいのダークエルフがいて、それを全く知らないっていうのは流石にないんじゃない?」

 マヤの見たところ、エメリンとレオノルの年齢はほぼ同じくらいに見える。

 エメリンがどれだけ若作りで、レオノルがどれだけ老けていたとしても、2人の年の差は大して大きくないだろう。

「…………それは……そうかもしれませんが……」

「でしょう? それに、エルフの森を出ていったエルフって言うともっと少ないよね。その中にダークエルフがいれば、絶対誰か覚えてると思うんだよね。でも、誰もオリガ以外のダークエルフのことは知らなかった」

 ちなみにジョセフも後天的なダークエルフだが、村長が操られていた、という情報だけでも衝撃的なのに、ましてやダークエルフでした、などと言っては余計に村が混乱するので、ジョセフがダークエルフだということは一部の人間しか知らない。

「だからたぶんだけど、レオノルさんってハーフエルフ何じゃない?」

「はあ……よくわかりましたね。ただの女の子だと思って油断してました」

「はははっ、ただの女の子だよ、私なんかさ。それにしても、やっぱりハーフエルフだったんだね」

「そうですよ。ハーフエルフでダークエルフなのが今の私です」

「色々属性てんこ盛りだ」

「なんですかそれ……。それで、これから私をどうしようって言うんです?」

 レオノルの問いに、マヤはシロちゃんを止めると、その背から降りてレオノルの正面に立った。

 マヤに合わせて、レオノルもシロちゃんから降りてマヤの正面に立つ。

「レオノルさんにやりたいことがあるならやってみるといいよ」

「どういうこと、ですか?」

 レオノルの前で両腕を広げたマヤに、レオノルは訝しげな表情を浮かべる。

「そのまんまの意味だよ。何がしたいのか知らないけど、私が目的なんでしょう?」

「どうして、そう思うんです?」

「はあ、ここまでチャンスをあげたんだから、素直にやっちゃえばいいのに……しょうがないから教えてあげるよ、って言っても、レオノルさんも予想は付いてるんだろうけど」

 マヤは腕を組むと、レオノルへと近づいて、その瞳の中を覗き込むように腰を折った。

「ねえ、見てるんでしょ、ベルフェゴールさん? まあ、私と同じなら声は聞こえてないんだろうけど、魔王なら読唇術くらいできるよね?」

 自分の眼を通してベルフェゴールを、自分の主を覗き込むマヤに、レオノルは思わず顔を背ける。

「…………やはり、気がついていたんですね」

「まあね。ジョセフのこともあったし」

 マヤはくるりと回れ右すると、レオノルから離れて再びレオノルに向き直る。
 
「じゃあ改めて言うよ。レオノルさんのしたいことでも、ベルフェゴールにやるように言われたことでも、やりたいこと、やっていいよ」

「私、は…………っ!?」

 レオノルがなにか言いかけた時、その体が突然強化魔法の光に包まれ、えぐる勢いで地面を蹴ったかと思うとマヤへと肉薄する。

「わわっ!」

 マヤは慌てて飛び退ると、もともとマヤがいた場所に大きなクレーターができていた。

「いきなりだね。この感じ、もしかしてベルフェゴールが操ってるのかな」

「ご明察だ、亜人の王」

「はじめまして、ベルフェゴール。初めての対面が魔人越しだなんて、なんだか不思議な気分だね」

「貴様ごとき、私が直接出向くまでもない。こいつで十分だ」

「ふーん、そうなんだ。その言葉、後悔しないといいけどね! シロちゃん!」

 マヤは出したままにしていたシロちゃんに強化魔法をかけると、そのまま近くに呼び寄せる。

 一瞬でマヤのもとに駆けつけたシロちゃんに乗ってその場を飛び出すのと、マヤがいた場所にレオノルの魔法が炸裂したのがほぼ同時だった。

「シロちゃん、みんな、行くよ!」

 マヤはシロちゃんに乗ってレオノルの攻撃を避けながら、腕輪を使って次々に魔物を呼び出していく。

「なるほど、これが噂の白い魔物か。確かに凄まじい魔力だ」

「そうでしょうとも。それでどうする、降参する?」

「この程度で魔王たる俺が降参するわけがないだろう? レオノル、後はお前がやれ」

 レオノルの体から一瞬力が抜けると、すぐに顔を上げたレオノルと目があった。

「わかり、ました、ベルフェゴール様」

「なに、逃げるのベルフェゴール? ねえレオノルさん、レオノルさんはさ、それでいいの?」

「いいん、です。これで、いいんですっ!」

「うおっ! 今のは危なかったー……」

 やけになったような言葉とは裏腹に、予備動作のわかりにくい動きと、ベルフェゴールに操られていた先ほどまでとは段違いの鋭さで迫ったレオノルの手刀を、マヤはギリギリのところで回避する。

(なるほど、ベルフェゴールが引いたのはこういうことか……)

 ベルフェゴールは逃げたのでも諦めたのでも手を抜いたのでもなかったのだ。

 レオノルの体をレオノルが使ったほうが強いと判断したから、レオノルの体から離れただけだったのだ。

「なるほど、これは殺さずに倒すのはちょっと難しいかな?」

 正直なところ、自分へ強化魔法をかける、という切り札を得たことで、何でもできる気でいたマヤは、ここに来てようやく、自分のあまりにも楽観的すぎる見立てを少し後悔したのだった。
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