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第2巻第3章 キサラギ亜人王国戦争

妖精の杖

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「なんだ、あれは…………」

 いつもの通りバニスター兵の様子を観察していたファムランドは、今まで見たことが無かった装備に身を包んだバニスターへの一団がいることに気が付いた。

「あれは…………そうですか、それまで持ち出しますか」

「なんだお前さん、あれが何か知ってるのか」

「ええ、エルフとしては許しがたい武器ですよ。詳しく聞きたいですか?」

「ああ、それを知っておかねえと戦えねえだろう?」

「そうですか、流石ですねフェムランドさん」

「なんだよ、そんなにやばい武器なのか?」

「そうですね、性能も恐ろしいですが、私たちエルフからすればそこまで脅威ではありません。なにせ、あの武器は、エルフのレベルの魔法が発動できる武器でしかないわけですから」

「どういうことだ? 人間が俺たちエルフクラスの魔法を発動できるようになるってのか?」

「そういうことです」

「なんだよそりゃ、そんなすごい武器ならさっさと使っときゃよかったじゃねーか」

「そうはいきませんよ。妖精の杖は強力な武器ですが量産ができません」

「そりゃまたどうしてだ? 俺は武器のことなんてたいしてわかりゃしねーが、そんなに手に入りにくい素材でもあるってのか?」

「ええ、恐ろしく手に入りにくい素材があるんです。それは、エルフの少女ですよ」

「…………は? お前さん今なんて言った?」

「だからエルフの少女です。私たちエルフの小さな女の子が必要なんですよ、あの武器を作るには」

「まさかとは思うが、あの武器は…………」

「そのまさかですよ。あの武器は生きたエルフの少女を、魔法発動装置に加工したものです」

「…………なんてもんを、作りやがったんだ、バニスターのクソどもは!」

 レオノルの言うとおり、妖精の杖とは、生きたエルフの少女を薬物等によって意識を半ば消失させ、咥えこませた魔石からの指示に従って魔法を発動するためだけの存在に加工した物だ。

 おおよそ倫理的に許される所業ではないが、バニスター将国においてエルフは奴隷であり、奴隷はものでしかない。

 そのような認識が国中で当然に受け入れられているバニスターだからこそ開発できた人間の悪意の塊のような武器である。

「それでどうしますか、ファムランドさん」

「レオノル、お前さんやけに落ち着いてるな、あんなものを見て」

「……これは、戦争ですから。それに、を助けるには、冷静に彼らを無力化していくしかありません」

 ファムランドは、レオノルが決して何も感じていないわけではないことを理解した。

 同族に対する、いいや、人に対するあのような行いを、レオノルとて許せないのだ。

 でもだからこそ、レオノルは冷静になろうとしている。

 そうしなければ助けられるものも助けられないからだ。

「ははっ、そうだなレオノル。やっぱお前さんはいい女だよ」

 ファムランドはレオノルの頭に手を乗せると、そのままぽんぽんと叩く。

「なっ!? いきなり何するんですか! それになんですかこんな時に、いい女だなんて……っ!」

 ファムランドのいきなりの言葉と行動に、レオノルは顔を真っ赤にして目を回してしまう。

「うおっ! そっちこそどうしたんだよそんなに驚いて……。何だそんなに嫌だったのか?」

「いえ……、嫌というわけではないですけど……」

「じゃあどうしたってんだよ? 熱でもあんのか?」

 ファムランドが全く遠慮することなくレオノルの額に触れたため、レオノルはとうとう限界を迎えてしまう。

「だ、大丈夫! 大丈夫ですから! それでは、私は出撃前にちょっとお手洗いに行ってきますっ!」

 レオノルはファムランドに背を向けると、脱兎の如く走り去ってしまう。

「何だあいつ、トイレに行きたかったのか。それならそういやあいいのに」

 不思議そうにつぶやくファムランドの後ろで、SAMASサマスの面々が深いため息をつく。

(((((どうしてあれで気が付かないんだろうな、隊長は……)))))

 ファムランドのあまりの鈍感さに、隊員たちは今日もまたやれやれと首を振るのだった。

***

「お前ら気をつけろ! 今日の奴らは今までと違えからな」

「「「「はいっ!」」」」

「彼らが背負っている着飾った少女は傷つけないように!」

「「「「了解!」」」」

SAMASサマスは今日三度目の妖精の杖を持つ部隊との戦闘を行っていた。

「それにしても、きょうはやけにすぐ次のやつらに当たるな。やっぱり幻覚が破られたのが痛えか」

「そうですね。今までであれば、もう少し余裕を持って戦えたのですが」

 ファムランドとレオノルは立ちはだかるバニスター兵を次つぎと無力化しながら、状況を整理していく。

「その上、妖精の杖を使う連中は隊員たち並みの魔法使いときてやがる。俺とレオノルの敵じゃねえが、隊員たちに1対1で倒させるのはなかなか厳しそうだな」

「しかし、そうする他ないのではないですか? 数が数ですし」

 SAMASサマスはもともと少数精鋭部隊なのだ。

 数で押すのは一般兵の仕事で、精鋭部隊の仕事ではないのだから仕方がない。

 しかし今回は、急に戦争をふっかけられたため、一般兵などに用意できていない。

 結果として、SAMASサマスと同等の敵がたくさん出てきてしまうと、亜人王国としては少しまずい状況になるのだ。

「本当は避けるべきなんだろうが、マヤたちに来てもらうか」

「いいのですか? 彼女は仮にも国王ですよ?」

「それはまあそうなんだがな。考えてもみろ、この状況で、あいつがただ傍観してる玉か?」

「さっすがファムランド! 私のことよくわかってるじゃん!」

 その言葉とともに現れたのは、予想通りの人物。

 白い大きな狼にまたがった白髪少女と黒髪の少女、そして緑髪の女性、マヤとオリガとカーサが、さっそうとファムランドの前に降り立った。

「やっぱり来たんだな」

「だってピンチだったんでしょ?」

「なーに、俺が本気出せばこれくらい……」

「隊長が直々に本気出して戦わないといけないってぎりぎりってことだよね?」

「ははっ、まあそうとも言うな」

「まったく、笑い事じゃないでしょうに」

「ファムランドさん、私達はどうすればいいですか?」

「ファムランドさん、指示、ちょうだい」

「だってさ、ファムランド隊長?」

「いやマヤ、お前が連れてきた2人だろ? 御前が適当に指示出して戦えって」

「えー、私はレオノルさんと一緒に戦うから、オリガとカーサはファムランドに任せるよ」

「ええっと……マヤ陛下、どうして私なのでしょう?」

「ん? うーん、強いて言うならなんとなく? 前からもう少し話してみたいと思ってたし」

「おいおい、そんな理由で――――」

「隊長おおおおお! 助けてくださーーーい!」

「そんなこと言ってる場合じゃないみたいだね、行くよレオノルさん!」

「は、はい! 陛下」

 シロちゃんの大きな跳躍で、助けを求めて来た隊員までいっきに距離詰めるマヤに、レオノルは慌ててついていく。

「しかたねえな、お嬢、カーサ、とりあえず他のヤバそうなやつを援護してくれ!」

「「了解」」

 こうして、いつもとはちょっと変わった組み合わせで、マヤたちの戦いは始まったのだった。
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