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第2巻第2章 バニスターの宣戦布告

作戦会議とマヤの仕事

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「こんなところだろうな」

「ええ、そうですね。それにしてもマッシュさん、兵の運用にも明るいようですが、どこかで兵役経験でもあるんですか?」

 先程まで開戦からの兵の動きを検討していたエメリンは、ファムランドと自分の話に混ざって議論をしていたマッシュに感心した様子で尋ねる。

「魔物が入れる軍などないさ。私が作っている魔物は結局のところ戦いの道具だ。職業柄嫌でもどういうふうに兵を動かせば効果的か、ということにも詳しくなるというだけだ」

「なるほど、確かに魔物は軍用品ですもんね」

「終わったー?」

 エメリンたちの間に流れる空気が弛緩したのを感じ取ったマヤが、作戦を立てていたテーブルの斜め下から呑気な声を出す。

 一応国のトップとして最初は会議に参加していたマヤだったが、話が始まって間もなく、正直なにを言ってるのかわからなくなったので、早々に諦めてシロちゃんや他の魔物たちをブラシでグルーミングしてあげていたのだ。

「お前というやつは、もう少し危機感を持ったらどうなんだ……」

「えー、そんなこと言われてもなあ……正直何言ってるかわからないし?」

「だからといって作戦を立てている横で魔物たちのグルーミングを始めるとは何事だ」

「だってやることなかったし。あ! もしかしてマッシュもグルーミングしてほしかったの? もーう、それならそうと言ってくれればよかったのにー」

「いや、私は別に――って、マヤ! 掴むな! 離せ! 私はグルーミングなど――おふぅ」

「はーい、おとなしくしててねー」

 マヤのブラシが背中を撫でた途端、マッシュは借りてきた猫のようにすっかり大人しくなってしまった。

「あはは、相変わらずマッシュさんはマヤさんのグルーミングに弱いですね」

 書記を務めていたオリガが、目を閉じて気持ち良さそうにしているマッシュを見て苦笑する。

 初めてマヤがマッシュをグルーミングしてからというもの、マッシュはマヤのグルーミングの虜なのだ。

 本人は恥ずかしいのかグルーミングされている間あまりにも無防備になるからなのか、マヤのグルーミングは嫌いだと言っているが、それが嘘なのは誰の目にも明らかだった。

「相変わらずマヤは呑気なもんだ。まっ、大将ってのはそれくらい度胸がある方がいいんだろうけどな」

「あまり呑気すぎても困るのですが……それからファムランド、マヤさんは一応国王なのですからもう少し敬意をですね」

「いいんですよ姐さん。な、マヤ?」

「うん、いいよー。ファムランドはそのほうが楽そうだし、私もその方が楽だし」

「マヤさんがそれでいいならいいですが……」

 ちなみに、最近エメリンはファムランドから姐さんと呼ばれても注意しなくなっていた。

 おそらく何度言っても姐さんと呼び続けるファムランドに、エメリンの方が折れたのだろう。

「そうだ、ねえファムランド、結局どんな作戦になったの?」

「マヤ、お前本当に何も聞いてなかったな?」

「ははははは、ごめんごめん。でも本当によくわからなかったんだもん。これからもちょっとずつ勉強するからさ、ね? 今回は大目に見てよ」

「仕方ねえな。ざっくり言うとだな、バニスターの連中を少数にして、少しずつ倒すのが今回の作戦だ」

「どこかに誘導するってこと? 細い道とか?」

「だいたいそんな感じだな。正確には、幻覚魔法で相手の軍を細かく分断して、俺たちSAMASサマスが1つ1つ潰していくって感じだ」

「なるほど。でもさ、それって幻覚魔法を破られたら終わりじゃない?」

「たしかにそうだな」

「その時はどうするの?」

「どうって……そうだ! その時はマヤにバーっと魔物を操ってもらって――」

「ファムランド、あなたも途中から理解していなかったのですか?」

「い、いや姐さん、そんなことは……」

「いいですかマヤさん、幻覚魔法が万が一破られた際は、オリガとジョセフ、それからカーサさんとオークの剣士達にも、参加してもらいます。マヤさんはこのとき、オリガとジョセフに強化魔法をかけてくれればそれだけで大丈夫です」

「それだけでいいの?」

「ええ、それだけで大丈夫です」

「私も前線で戦えるけど……」

「ファムランドからも聞いていると思いますが、それは最終手段です。マヤさん国王なのですから」

「……そっか」

「不満ですか?」

「え? いやいや、不満なんかじゃないよ? みんなが私を守って戦ってくれるのは嬉しいよ。それは本当。でもさ……」

 マヤは少し悩んだが、最終的に自分のなんとも言い難いモヤモヤとした気持ちを素直に話すことにした。

「私だけが戦わないって言うのは、なんていうかこう、嫌……じゃないな、そうじゃなくて……私だって戦いたいわけじゃないんだけど…………だからその……みんなが頑張ってるのに、私だけ後ろで守られてるなんていうのはさ、その…………そう! 自分で自分が許せない、っていうか、さ。なんかそんな感じがするんだよね」

「マヤさん……」

 正直に自分の気持ちを吐露したマヤに、エメリンは若干戸惑ったような困ったような表情を浮かべる。

「だからエメリンさん、私も前線で戦いたいんだけど、だめかな?」

「………………流石に、前線はやめてください」

「やっぱりだめ、なんだね……」

 肩を落とすマヤに、エメリンは苦笑とともに1つため息をついた。

「でも、先程の作戦は変更します。マヤさんには、遊撃部隊として色々なところの戦闘に参加してもらいましょう」

「おい姐さん! そいつはちょっと危険すぎるんじゃねーか?」

「確かに、遊撃部隊は孤立する危険もありますが、いざというときは撤退に専念することもできます。最前線で敵に狙い撃ちされるよりは安全でしょう」

「そうかもしれねえが……」

「それにマヤさんは元冒険者です。マッシュさん、オリガ、カーサさんの3人と一緒に好き勝手に戦ってもらっていたほうが、かえって安全かもしれませんよ?」

「そりゃあまあ、マッシュやお嬢やカーサが一緒なら下手な城の中より安全だろうけどよ……」

「どうでしょうか、マヤさん?」

「本当にいいの?」

「いいわけないじゃないですか……でも、無理に屋敷で守られてるように言ったって、抜け出したりしそうですし、それならいっそのこと私の目の届くところで戦ってほしいと思っただけです」

「ははは……流石に逃げたりしないと思うけどなあ」

「そうですか? マッシュさんがピンチになっても? クロエが敵に捕まっても? カーサさんが瀕死の重傷を負っても? それでもマヤさんはこの屋敷で動かず我慢できますか?」

「それは…………無理だね、うん」

「でしょうね。マヤさんは優しすぎますし、まだ人の上に立つことに慣れていませんから仕方ないでしょう。だから今回は特別に、戦いに参加する事を認めます。渋々ですが」

「わかった。ありがとねエメリンさん!」

「どういたしまして。でも1つだけ約束して下さい」

「なに?」

「あなたは私達亜人をまとめるために必要な人――いいえ、それだけじゃない、私の娘達と幼なじみの恩人でもある。だからどうか、死なないで下さい」

「それはもちろん!」

 マヤは力強くそう答えたのだった。
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