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第2巻第2章 バニスターの宣戦布告
マヤのやるべきこと
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「まさかバニスターがもう手出してくるとはな」
ようやく考えついた部隊名を伝えるついでに、バニスターがキサラギ亜人王国に宣戦布告してきた事を聞いたファムランドは、あっけらかんとした反応だった。
「まさか、とか言う割には、あんまり驚かないね?」
「まあな。昔からバニスターって国はすぐに戦争をふっかける国だったからよ。この前の一件で、もしかしたらうちと戦争する気かもな、とは思ってたんだ」
「やっぱりそういう国なんだね、バニスターって」
「ああ、とにかく戦争戦争さ。まあ、それで国を回してるんだから仕方ないわな」
「ファムランドは今回の戦争、どう思う? 勝てるかな、うち」
「うーん、そうだな……」
マヤのストレートな質問に、ファムランドは顎に手を当ててしばらく考える。
「絶対大丈夫、とは言えねえが、おそらく勝つだけなら簡単なんじゃねーか?」
「あれ、意外と楽観的だね?」
「いや、楽観的なわけじゃねーよ。まずな――」
ファムランドは自分が考えるキサラギ亜人王国が勝つだけなら簡単だと思う理由を、一つ一つ丁寧にマヤに説明してくれた。
「つまり、SAMASの準備が間に合ったことと、地の利があること、万が一の時は私の魔物もいるから大丈夫ってこと」
「随分ざっくりまとめやがったな……でもまあ、だいたいそんな感じで合ってる」
「なるほどね。確かに今回私達は攻められる側だもんね。とりあえずこの領土だけ守れればいいわけか」
「そういうこった。でもな、だからこそ考えとかねーといけねえことがある」
先程までの気楽な雰囲気から、ファムランドが少しだけ緊張した表情になる。
「何かあるの?」
「マヤは知らねえかもしれねえが、攻め落とすのは守り切るよりも圧倒的に難しいんだ」
「それは聞いたことあるかも」
大昔の兵法書かなにかに、城を落とすには10倍の兵力が必要、というようなことが書いてると聞いたことがある。
それがこの世界の戦争にも当てはまるのかはわからないが、ファムランドの言葉からして、守るより攻めるほうが難しい、というのはこの世界でも同じらしい。
「それなら話が早え。いいか? この前までただの魔物使いの冒険者だったマヤでも聞いたことがあるようなことを、四六時中戦争してるようなバニスターの軍隊連中が知らねえなんてことはありえねえだろう?」
「それは確かにそうだろうね」
「だろ? つーことはだ、うちを攻め落とせるだけのなにかがあるって考えるほうが自然じゃねーか?」
「確かに、それはそうかもね」
ファムランドの言うとおり、攻める方が難しいことを心得ているバニスターが無策でやってくるとは思えない。
しかも、バニスターの偵察部隊は、先日SAMASに完全敗北と言っていいほどこっぴどくやられているのである。
「うーん、何があるんだろう? もしかしてスパイがいてうちの情報を流してる、とか?」
「そこまではわからねえな。それに、自分で言っといてなんだが、もしかすっと、ただ単にうちがしっかりと軍隊なんかを整備する前にさっさと潰して併合しちまおうってだけかもしれねえしな」
「なるほど」
「マヤがあのヘンダーソンの坊っちゃんから奪ってきた100匹の魔物のことも、バニスターにはバレてねえんだろう?」
「たぶんね。王子様がもみ消したみたいだから」
以前念の為、マヤがマッシュの家族を助けるついでに、魔物と魔石を奪った一件についてその後どうしたのか聞いてみたのだが、国内にすら絶対に漏らさないように完全に隠蔽したとのことだった。
クロエに頼んでしばらくは幻覚魔法で城の崩れた部分を壊れていないように見せていたというくらいなので、おそらくバニスターはおろかヘンダーソン国内にも知られていないだろう。
「それなら単純に兵力差があるうちに攻めてきたってことかもな。本当のところはわからんが」
「そうだね、とりあえず今はそう考えておくことにするよ」
「それでいいと思うぜ。大将ってのは、大きく構えといてもらわねえとな」
「えー、それはちょっと難しいなあ。この前までただの冒険者だったし」
さらに言えばその前はただの平事務職員だったのだ。
大将なんてものは最も縁遠いと言っても言い過ぎではないくらいである。
「そんなこと言っても、マヤはもう王なんだ、諦めるしかねえよ」
「そういうもんかー」
マヤは思わず天を仰いでしまう。
自分が王だと、改めて言われると、なかなか重たい言葉だった。
「そういうもんだ。まあ俺やジョセフ、姐さんもいる、困った時は俺らを頼ってくれりゃあいい」
「ありがとう。これからもよろしくね」
「ああ、任せとけ」
ファムランドはマヤと握手を交わすと、そのまま踵を返し、精鋭部隊改めSAMASの隊員たちが訓練している方へと歩きだした。
「あっ! そうだった! ファムランドー!」
「ん? どうした?」
「これから戦争が始まるわけじゃない?」
「そうだな、今更どうした、そんなこと確認して」
「私はどこで戦えばいいのかな?」
真剣な表情のマヤの言葉に、ファムランドは驚きと呆れと納得の入り混じった微妙な表情をする。
シロちゃんたちを使えるようになってから、我ながら結構強くなったと思っていたマヤは、もちろん前線だと思っていたのだが、ファムランドの表情からして根本からなにか間違っているのかもしれない。
「あのなあ、マヤ」
ファムランドは、どこか子供に言い聞かせるような優しい表情と声音で、マヤの肩に手をおいてゆっくりと話し始める。
「う、うん、なにかな」
「王ってのはな、最後の最後まで戦わねえんだ」
「そう、なんだ」
「そうなんだ」
「じゃ、じゃあ、私は何をすれば……」
「いいか? 戦争ってのは、言い換えりゃ王を守るための戦いでもある。だからな、マヤ、お前さんの仕事は――」
「仕事は?」
「俺たちに守られることなんだよ」
ファムランドはそれだけ言うと、今後こそSAMASの隊員たちのところに歩いていった。
見えなくなるまで去っていくファムランドの背中を見つめていたマヤは、そのままゆっくりと空を見上げる。
「守られることが、私の仕事…………本当に、そう、なのかな?」
マヤの独り言は、空へ溶けていき、それに答える者は当然ながらいなかった。
ようやく考えついた部隊名を伝えるついでに、バニスターがキサラギ亜人王国に宣戦布告してきた事を聞いたファムランドは、あっけらかんとした反応だった。
「まさか、とか言う割には、あんまり驚かないね?」
「まあな。昔からバニスターって国はすぐに戦争をふっかける国だったからよ。この前の一件で、もしかしたらうちと戦争する気かもな、とは思ってたんだ」
「やっぱりそういう国なんだね、バニスターって」
「ああ、とにかく戦争戦争さ。まあ、それで国を回してるんだから仕方ないわな」
「ファムランドは今回の戦争、どう思う? 勝てるかな、うち」
「うーん、そうだな……」
マヤのストレートな質問に、ファムランドは顎に手を当ててしばらく考える。
「絶対大丈夫、とは言えねえが、おそらく勝つだけなら簡単なんじゃねーか?」
「あれ、意外と楽観的だね?」
「いや、楽観的なわけじゃねーよ。まずな――」
ファムランドは自分が考えるキサラギ亜人王国が勝つだけなら簡単だと思う理由を、一つ一つ丁寧にマヤに説明してくれた。
「つまり、SAMASの準備が間に合ったことと、地の利があること、万が一の時は私の魔物もいるから大丈夫ってこと」
「随分ざっくりまとめやがったな……でもまあ、だいたいそんな感じで合ってる」
「なるほどね。確かに今回私達は攻められる側だもんね。とりあえずこの領土だけ守れればいいわけか」
「そういうこった。でもな、だからこそ考えとかねーといけねえことがある」
先程までの気楽な雰囲気から、ファムランドが少しだけ緊張した表情になる。
「何かあるの?」
「マヤは知らねえかもしれねえが、攻め落とすのは守り切るよりも圧倒的に難しいんだ」
「それは聞いたことあるかも」
大昔の兵法書かなにかに、城を落とすには10倍の兵力が必要、というようなことが書いてると聞いたことがある。
それがこの世界の戦争にも当てはまるのかはわからないが、ファムランドの言葉からして、守るより攻めるほうが難しい、というのはこの世界でも同じらしい。
「それなら話が早え。いいか? この前までただの魔物使いの冒険者だったマヤでも聞いたことがあるようなことを、四六時中戦争してるようなバニスターの軍隊連中が知らねえなんてことはありえねえだろう?」
「それは確かにそうだろうね」
「だろ? つーことはだ、うちを攻め落とせるだけのなにかがあるって考えるほうが自然じゃねーか?」
「確かに、それはそうかもね」
ファムランドの言うとおり、攻める方が難しいことを心得ているバニスターが無策でやってくるとは思えない。
しかも、バニスターの偵察部隊は、先日SAMASに完全敗北と言っていいほどこっぴどくやられているのである。
「うーん、何があるんだろう? もしかしてスパイがいてうちの情報を流してる、とか?」
「そこまではわからねえな。それに、自分で言っといてなんだが、もしかすっと、ただ単にうちがしっかりと軍隊なんかを整備する前にさっさと潰して併合しちまおうってだけかもしれねえしな」
「なるほど」
「マヤがあのヘンダーソンの坊っちゃんから奪ってきた100匹の魔物のことも、バニスターにはバレてねえんだろう?」
「たぶんね。王子様がもみ消したみたいだから」
以前念の為、マヤがマッシュの家族を助けるついでに、魔物と魔石を奪った一件についてその後どうしたのか聞いてみたのだが、国内にすら絶対に漏らさないように完全に隠蔽したとのことだった。
クロエに頼んでしばらくは幻覚魔法で城の崩れた部分を壊れていないように見せていたというくらいなので、おそらくバニスターはおろかヘンダーソン国内にも知られていないだろう。
「それなら単純に兵力差があるうちに攻めてきたってことかもな。本当のところはわからんが」
「そうだね、とりあえず今はそう考えておくことにするよ」
「それでいいと思うぜ。大将ってのは、大きく構えといてもらわねえとな」
「えー、それはちょっと難しいなあ。この前までただの冒険者だったし」
さらに言えばその前はただの平事務職員だったのだ。
大将なんてものは最も縁遠いと言っても言い過ぎではないくらいである。
「そんなこと言っても、マヤはもう王なんだ、諦めるしかねえよ」
「そういうもんかー」
マヤは思わず天を仰いでしまう。
自分が王だと、改めて言われると、なかなか重たい言葉だった。
「そういうもんだ。まあ俺やジョセフ、姐さんもいる、困った時は俺らを頼ってくれりゃあいい」
「ありがとう。これからもよろしくね」
「ああ、任せとけ」
ファムランドはマヤと握手を交わすと、そのまま踵を返し、精鋭部隊改めSAMASの隊員たちが訓練している方へと歩きだした。
「あっ! そうだった! ファムランドー!」
「ん? どうした?」
「これから戦争が始まるわけじゃない?」
「そうだな、今更どうした、そんなこと確認して」
「私はどこで戦えばいいのかな?」
真剣な表情のマヤの言葉に、ファムランドは驚きと呆れと納得の入り混じった微妙な表情をする。
シロちゃんたちを使えるようになってから、我ながら結構強くなったと思っていたマヤは、もちろん前線だと思っていたのだが、ファムランドの表情からして根本からなにか間違っているのかもしれない。
「あのなあ、マヤ」
ファムランドは、どこか子供に言い聞かせるような優しい表情と声音で、マヤの肩に手をおいてゆっくりと話し始める。
「う、うん、なにかな」
「王ってのはな、最後の最後まで戦わねえんだ」
「そう、なんだ」
「そうなんだ」
「じゃ、じゃあ、私は何をすれば……」
「いいか? 戦争ってのは、言い換えりゃ王を守るための戦いでもある。だからな、マヤ、お前さんの仕事は――」
「仕事は?」
「俺たちに守られることなんだよ」
ファムランドはそれだけ言うと、今後こそSAMASの隊員たちのところに歩いていった。
見えなくなるまで去っていくファムランドの背中を見つめていたマヤは、そのままゆっくりと空を見上げる。
「守られることが、私の仕事…………本当に、そう、なのかな?」
マヤの独り言は、空へ溶けていき、それに答える者は当然ながらいなかった。
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