上 下
54 / 324
第2巻第2章 バニスターの宣戦布告

SAMAS結成

しおりを挟む
「バニスターがうちに宣戦布告? それ本当なのエメリン?」

「ええ、ルーシェ様の配下が各地で集めて来た情報から、確実にバニスターはキサラギ亜人王国の宣戦布告したとのことです」

 久しぶりに魔王ルーシェのところから戻ってきたエメリンの第一声に、マヤは驚かされていた。

「うーん、やっぱりこの前のあれかなあ」

「ファムランドに任せていた部隊がバニスターに偵察部隊を撃退した件ですか?」

「そうそう。あれが原因で宣戦布告されてるのかなって」

「それはないと思うぞ?」

 マヤの発言を否定したのは、最近聞いていなかった青年の声だった。

「王子様じゃん! 久しぶり!」

「ああ、お前とは久しぶりだったな、マヤ」

「ジョン! マヤさんは仮にもキサラギ亜人王国の国王なのですよ! 呼び捨てとは何事です!」

「お言葉ですがお義母さま――」

「お義母さま?」

「失礼いたしました……しかし、お言葉ですがエメリン様、私とてヘンダーソン王国の時期国王です。マヤとは対等であると考えております」

「ぐっ…………そんなものは詭弁です」

「まあまあ、私が呼び捨てにしてほしいんだからエメリンさんもそんなに目くじらたてないでよ」

「そうだよお母さん、いくらジョンちゃんのことが気に入らないからって」

「マヤさんにクロエまで……! もういいですっ!」

 エメリンは怒ってそっぽを向いてしまう。

 いつもは冷静で理性的なのに怒ると子供っぽくなるのはどことなくオリガと似ていて、やはり2人は親子なのだなと実感する。

「それで、王子様、この前の一件で宣戦布告されたわけじゃないって思うのはどうして?」

「そこまで難しいことではないぞ? マヤならわかりそうなものだが…………なあマヤ、お前は軍を動かしたことはあるか?」

「軍? いやそんな経験ないけど……」

 前の世界でのゲームの中を含めたって、マヤに軍を率いた経験などない。

「だろうな。細かいことは今度エメリン様に教えてもらうといいだろう。あの方はかつて天才軍師呼ばれた方だからな」

 ジョン王子の言葉に、マヤは思わず未だそっぽを向いてぶつぶつ言っているエメリンの方を見た。

 その姿だけ見ていると、子離れできない母親がすねているようにしか見えない。

「いや本当にエメリンさん何者なのさ……」

「大雑把に言うと、偵察部隊というのは影の存在なのだ。敵国で惨殺されようが事故で死のうが自国で粛清されようが、表沙汰になることはない」

「つまり、うちが撃退したからってそれがバニスター国内で公表されることはないってこと?」

「そういうことだ。それに、偵察部隊が撃退されたなどどいう情報で国民が戦争に向かうとは思えん」

「じゃあどうして宣戦布告したんだろう?」
  
「あの国は軍が支配する国だが、それを打倒しようという者はそれほどいない。それは軍が上手く国民の心をとらえているということだ。このあたりはクロエが詳しいはずだ。しばらくバニスターを偵察してもらっていたからな」

「そうなのクロエさん?」

「ええ、と言っても数年前のことですけど」

「バニスターはどうやって国民を操ってるの?」

「そうですね――」

 クロエの説明によると、バニスター軍は、国民に与える情報を完全に掌握することで国民を操っているらしい。

 加えて、軍に都合の良い思想になるように、娯楽のすべてを軍が提供しているそうだ。

 要するに、第2次大戦期の日本やドイツのようなファシズムを現在進行系でやってるのがバニスターということなのだろう。

「じゃあ今回の一件も軍のよって何かがでっち上げられて宣戦布告されたってことか」

「おそらくそうだろうな」

 ジョン王子はエメリンの様子をうかがう。

 魔王ルーシェの情報網ならバニスターで実際に何が起きたかを把握していると、ジョン王子は思っているようだ。

「ねえエメリンさん、そろそろ機嫌直してよ」

「別に不機嫌なんかじゃありませんけど?」

 口ではそう言っているがこっちを向いてくれないあたり、どう見ても不機嫌だった。

「仕方ないなあ、ねえ王子様、ちょっと」

 マヤはジョン王子を手招きすると、メモに「今日はクロエさんだけエメリンさんの家に泊まらせて」と書いて、エメリンから見えないようにジョン王子に見せた。

「そんなことで解決するのか?」

「たぶんね。今日だけだからさ、我慢してくれない?」

「まあいいだろう」

 マヤはそのままクロエと筆談で交渉を済ませる。

「ねえエメリンさん、今日はクロエさんがエメリンさんと二人っきりですごしたいって言ってるよ?」

「え? それは本当ですかクロエ?」

「うん、私も久しぶりにお母さんと2人でお話したい」

「まあ! そうと決まれば早くお家に――」

「っと、その前に、バニスターで何が起こったのかだけ教えてから行ってくれる?」

「そうでした、私ったら嬉しすぎて忘れていました。バニスターでは、マヤさんが魔物を操って、平和条約を結ぶために派遣したバニスター特使を殺して死体をバニスターに送り返した、ということになってるらしいですよ。それでは私はこれで!」

「ちょ、ちょっとお母さん!? 歩ける、私一人で歩けるからあああああ」

 エメリンは恐ろしいほどの早口でまくし立てると、クロエをお姫様抱っこして走り去ってしまった。

「あははは……エメリンさん、クロエさんを王子様にとられてそうとう寂しかったんだね」

「お義母様には悪いことをしていたかもしれないな。これからはもう少しお義母様とクロエだけの時間を作るようにしよう」

「それにしても、まさか私が殺したことになってるとはね」

「こちらが生かして返した以上、殺したのはバニスター軍だろうな。相変わらず人を人とも思わん外道だなマノロ将軍は」

「やっぱりそういうことだよね。嫌だなあ、そんな国と戦争するの」

「好きで戦争をする君主は良い君主とは言えん。少なくとも民の事を考えるなら戦争などするべきではないのだからな」

「だよね。王子様とは気が合いそう」

「……私はクロエ一筋だぞ?」

「いやいやいや、気が合うとは思うけど、別に王子様のこと好きじゃないから安心して」

「そこまではっきり否定されると好きでもない相手でも多少は傷つくものだな」

「それはごめんだけど、クロエさんに恨まれたくないしね」

「それで、これからどうするのだ? バニスターは軍が支配している国だけあって、戦争は強いぞ?」

「うーん、どうしようかな? まあでも、いざとなれば私が手持ちの魔物全部強化して戦うよ」

 ジョン王子は自分がマヤに奪われた魔物たちの事を思い出し苦笑する。

「確かにマヤの強化魔法があれば、私から奪った100匹程度の魔物でも、バニスター軍とある程度は戦えるかもしれんな」

「でしょ? それに精鋭部隊も順調に鍛えられていってるし」

「そういえば気になっていたのだが……」

「どうしたの?」

「この国の精鋭部隊に名前はないのか?」

「ああああああ! すっかり忘れてたよ!」

 そういえばバニスターの偵察部隊を退けられたら候補生達を正式な隊員にして精鋭部隊に名前をつけようと思っていたのだが、今の今まですっかり忘れていた。

「そうだなあ、じゃあSAMASサマスでどうかな」

 スペシャルアサルトマジックアンドソードの英語の頭文字を取ってつけた名前だ。

「どうと言われてもわからんが……まあいいのではないか?」

「よーし、じゃあ早速ファムランド達に伝えて来るよ」

 マヤはそう言うやいなや国王の屋敷を飛び出して行ってしまう。

「あいつ、これから戦争始まるってわかってるんだろうな……?」

 後には、呆れ半分関心半分で苦笑するジョン王子だけが残されたのだった。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

ようこそ異世界へ!うっかりから始まる異世界転生物語

Eunoi
ファンタジー
本来12人が異世界転生だったはずが、神様のうっかりで異世界転生に巻き込まれた主人公。 チート能力をもらえるかと思いきや、予定外だったため、チート能力なし。 その代わりに公爵家子息として異世界転生するも、まさかの没落→島流し。 さぁ、どん底から這い上がろうか そして、少年は流刑地より、王政が当たり前の国家の中で、民主主義国家を樹立することとなる。 少年は英雄への道を歩き始めるのだった。 ※第4章に入る前に、各話の改定作業に入りますので、ご了承ください。

魔力吸収体質が厄介すぎて追放されたけど、創造スキルに進化したので、もふもふライフを送ることにしました

うみ
ファンタジー
魔力吸収能力を持つリヒトは、魔力が枯渇して「魔法が使えなくなる」という理由で街はずれでひっそりと暮らしていた。 そんな折、どす黒い魔力である魔素溢れる魔境が拡大してきていたため、領主から魔境へ向かえと追い出されてしまう。 魔境の入り口に差し掛かった時、全ての魔素が主人公に向けて流れ込み、魔力吸収能力がオーバーフローし覚醒する。 その結果、リヒトは有り余る魔力を使って妄想を形にする力「創造スキル」を手に入れたのだった。 魔素の無くなった魔境は元の大自然に戻り、街に戻れない彼はここでノンビリ生きていく決意をする。 手に入れた力で高さ333メートルもある建物を作りご満悦の彼の元へ、邪神と名乗る白猫にのった小動物や、獣人の少女が訪れ、更には豊富な食糧を嗅ぎつけたゴブリンの大軍が迫って来て……。 いつしかリヒトは魔物たちから魔王と呼ばるようになる。それに伴い、333メートルの建物は魔王城として畏怖されるようになっていく。

魔力値1の私が大賢者(仮)を目指すまで

ひーにゃん
ファンタジー
 誰もが魔力をもち魔法が使える世界で、アンナリーナはその力を持たず皆に厭われていた。  運命の【ギフト授与式】がやってきて、これでまともな暮らしが出来るかと思ったのだが……  与えられたギフトは【ギフト】というよくわからないもの。  だが、そのとき思い出した前世の記憶で【ギフト】の使い方を閃いて。  これは少し歪んだ考え方の持ち主、アンナリーナの一風変わった仲間たちとの日常のお話。  冒険を始めるに至って、第1章はアンナリーナのこれからを書くのに外せません。  よろしくお願いします。  この作品は小説家になろう様にも掲載しています。

スキル【僕だけの農場】はチートでした~辺境領地を世界で一番住みやすい国にします~

カムイイムカ(神威異夢華)
ファンタジー
旧題:スキル【僕だけの農場】はチートでした なのでお父様の領地を改造していきます!! 僕は異世界転生してしまう 大好きな農場ゲームで、やっと大好きな女の子と結婚まで行ったら過労で死んでしまった 仕事とゲームで過労になってしまったようだ とても可哀そうだと神様が僕だけの農場というスキル、チートを授けてくれた 転生先は貴族と恵まれていると思ったら砂漠と海の領地で作物も育たないダメな領地だった 住民はとてもいい人達で両親もいい人、僕はこの領地をチートの力で一番にしてみせる ◇ HOTランキング一位獲得! 皆さま本当にありがとうございます! 無事に書籍化となり絶賛発売中です よかったら手に取っていただけると嬉しいです これからも日々勉強していきたいと思います ◇ 僕だけの農場二巻発売ということで少しだけウィンたちが前へと進むこととなりました 毎日投稿とはいきませんが少しずつ進んでいきます

俺のスキルが回復魔『法』じゃなくて、回復魔『王』なんですけど?

八神 凪
ファンタジー
ある日、バイト帰りに熱血アニソンを熱唱しながら赤信号を渡り、案の定あっけなくダンプに轢かれて死んだ 『壽命 懸(じゅみょう かける)』 しかし例によって、彼の求める異世界への扉を開くことになる。 だが、女神アウロラの陰謀(という名の嫌がらせ)により、異端な「回復魔王」となって……。 異世界ペンデュース。そこで彼を待ち受ける運命とは?

異世界転生したらたくさんスキルもらったけど今まで選ばれなかったものだった~魔王討伐は無理な気がする~

宝者来価
ファンタジー
俺は異世界転生者カドマツ。 転生理由は幼い少女を交通事故からかばったこと。 良いとこなしの日々を送っていたが女神様から異世界に転生すると説明された時にはアニメやゲームのような展開を期待したりもした。 例えばモンスターを倒して国を救いヒロインと結ばれるなど。 けれど与えられた【今まで選ばれなかったスキルが使える】 戦闘はおろか日常の役にも立つ気がしない余りものばかり。 同じ転生者でイケメン王子のレイニーに出迎えられ歓迎される。 彼は【スキル:水】を使う最強で理想的な異世界転生者に思えたのだが―――!? ※小説家になろう様にも掲載しています。

異世界転生雑学無双譚 〜転生したのにスキルとか貰えなかったのですが〜

芍薬甘草湯
ファンタジー
エドガーはマルディア王国王都の五爵家の三男坊。幼い頃から神童天才と評されていたが七歳で前世の知識に目覚め、図書館に引き篭もる事に。 そして時は流れて十二歳になったエドガー。祝福の儀にてスキルを得られなかったエドガーは流刑者の村へ追放となるのだった。 【カクヨムにも投稿してます】

料理スキルで完璧な料理が作れるようになったから、異世界を満喫します

黒木 楓
恋愛
 隣の部屋の住人というだけで、女子高生2人が行った異世界転移の儀式に私、アカネは巻き込まれてしまう。  どうやら儀式は成功したみたいで、女子高生2人は聖女や賢者といったスキルを手に入れたらしい。  巻き込まれた私のスキルは「料理」スキルだけど、それは手順を省略して完璧な料理が作れる凄いスキルだった。  転生者で1人だけ立場が悪かった私は、こき使われることを恐れてスキルの力を隠しながら過ごしていた。  そうしていたら「お前は不要だ」と言われて城から追い出されたけど――こうなったらもう、異世界を満喫するしかないでしょう。

処理中です...