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第2巻第1章 バニスターとキサラギ亜人王国

バニスターの思惑

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バニスターの思惑
「ほう、つまりキサラギ亜人王国のエルフとオークの混成部隊にやられて帰ってきたわけだな?」

「…………は、はい……」

 バニスター将国の将軍室にて、キサラギ亜人王国への偵察を終え帰還した偵察部隊の隊員たちは、直立不動でマノロ将軍の前に並んでいた。

「しかし、彼らの強さは我が国の想定を――」

「黙れ」

 弁明しようとする隊員を、マノロ将軍の言葉が遮った。

 その声は決して大きくもなければ激しくもなかったが、有無を言わせぬ迫力がこもっている。

「っっっ……。失礼いたしました」

「キサラギ亜人王国ごときの新興国に、我が国の偵察部隊を退けるほどの手練がいたとはな」

 マノロ将軍の考えでは、今回の偵察部隊をキサラギ亜人王国内に潜伏させ、亜人王国内の状況を探る予定だった。

 そうすることで、最小の兵力でキサラギ亜人王国を攻め落とし、不可侵領域となっていたエルフの森を手中に収めようというのが、マノロ将軍の野望なのだ。

「閣下、我々はどうなるのでしょうか?」

 黙り込んでしまったマノロ将軍に、偵察部隊の隊長が、恐る恐る尋ねる。

 マノロ将軍は失敗した者には容赦しない、というのはバニスター将国軍の中では有名な話だ。

「ん? ああ、すまん。これからも頑張ってくれ」

「よ、よろしいのですか?」

「ああ、死体としてなら利用価値があるからな」

 けだるげに告げたマノロ将軍の一言に、どこからともなく現れた兵によって、偵察部隊の隊員たちはまたたく間に拘束され、猿ぐつわで口を封じされてしまう。

「んんんんんー! んんんー!」

「閣下、こやつらの処遇は?」

「魔物に殺させろ、死体に利用価値があるからな、殺したら保管しておけ」

「はっ!」

「んんんんん! んんん! んんんんんんーっ!」

 マノロ将軍の命により、連行された偵察部隊の隊員たちは、その日のうちに魔物たちを用いて処刑されてしまったのだった。

***

『マノロ将軍、お久し振りです』

「レオノルか、私に対して通信魔法とは、少しは失礼だと思わんのか?」

 偵察部隊の処刑を命じた数時間後、部下のすべてを退室させた将軍室で、マノロ将軍は目をつむり1人で話していた。

『ふふふふっ、将軍と落ち着いて話そうと思ったら通信魔法のみの方がよろしいかと思いますよ?』

 初めて会った時から、会うたびにまともの話す前にベッドに押し倒されてきたことを思い出し、レオノルは楽しそうに笑う。

「お前が誘惑してくるから私は乗ってやっているだけだぞ?」

『あら、そうだったのですか? てっきり将軍は私のことが好きなのかと思っておりました』

「誰がお前のような女狐など好きなものか」

『まあ、酷い』

「はあ……。それで、まさか私をからかうために通信してきたわけではなかろう?」

『もうちょっと付き合ってくれてもよろしいのに。まあいいでしょう。先日、キサラギ亜人王国に偵察部隊を放ったそうですね』

「耳が早いな」

 つい今朝方帰還した偵察部隊のことを知っているとは、相変わらず油断ならない女だ。

(男ならこいつの虜になって情報を漏らすようになる気持ちもわからなくはないがな)

 実際のところ、マノロ自身もレオノルの虜になっている部分がないとは言えない。

 自分としては致命的な情報は教えないようにしているつもりだが、果たしてどこまで理性が働いているのかは、マノロ自身にもわからなかった。

『いろいろな殿方が教えてくださるので』

「この女狐が」

『うふふふっ。それで、将軍はなんのためにキサラギ亜人王国ごときを偵察したのです?』

「お前がそれを知ってどうするのだ?」

『どうもしませんよ。単純な興味です』

 絶対に嘘だ、マノロはそう確信したが、それにも関わらず、レオニルになら教えていいかとも同時に思ってしまう。

 結果として、マノロはキサラギ亜人王国を偵察した理由を語りだしていた。

「大方予想はついているだろうが、我が国は亜人の奴隷化を認めている。そして、エルフは貴族どもの愛玩奴隷として、オークは商人の労働奴隷として需要が高い。後は言わなくてもわかるだろう?」

『相変わらず人でなしですね、ふふふっ』

「お前にだけは言われたくないな」

『そうかもしれません。しかし、偵察部隊は敗走したとも聞きましたが?』

 どうしてそんなことまでもう知っている? という言葉が喉元まで出かかったマノロだったが、なんとか抑え込んだ。

「それならそれでやりようはあるさ」

『まあ怖い、どうせろくでもない方法なのでしょう?』

「お前がそれを言うと、もはや喜劇だな」

『あらあら、ひどい言われようです』

「事実だよ。それではな。次は直接来い」

『そんなに私を抱きたいんですか?』

「お前が私に抱かれたい、の間違いだろう?」

『うふふっ、相変わらずすごい自信ですね。それではごきげんよう』

 レオノルが通信魔法を切ったのを感じ、マノロは勢いよく将軍室の椅子の背もたれに体重を預けた。

 呆然と前方上方の中空を見つめるマノロの顔には、疲労が色濃く表れていた。

(あの女狐め。私は貴様の言いなりにはならんからな)

 マノロはゆっくりと目を閉じ、しばらく瞑想してから、再びゆっくりと目を開いた。

 ちょうどその時、将軍室のドアがノックされる。

 マノロは立ち上がると、将軍室を後にした。

***

 数日後、魔物に体のあちこちを食いちぎられ、見るも無惨な姿となった偵察部隊の兵士たちの遺体は、観衆の前、演説台に登ったマノロの下の豪華な棺桶に収められていた。

「皆の者、よく集まってくれた」

 マノロの言葉に、集まったバニスター国民たちから歓声が上がる。

「今回は、非常に残念なことに、キサラギ亜人王国と平和条約を結ぶべく派遣された我が国の特使達が、このような姿で帰還した」

 見るも無惨な偵察部隊を隊員たちを見て、集まった国民たちは、キサラギ亜人王国を非難する言葉を口にした。

「これは明確な我が国への挑発であり、もはや宣戦布告である」

 怒りをあらわに国民に呼びかけマノロに、国民が歓声と拍手をもって最大限の同意を示す。

「そこで私はここに、キサラギ亜人王国へ宣戦布告することを宣言する」

 マノロの言葉に、会場の国民たちから一際大きな歓声が上がった。

 その日のうちに、バニスター将国がキサラギ亜人王国に宣戦布告したという情報が各国にもたらされ、キサラギ亜人王国とバニスター将国との戦争が始まったのだった。
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