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第2巻第1章 バニスターとキサラギ亜人王国

バニスターの偵察部隊

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「それで、バニスターの偵察部隊っていうのは、今どこにいるの」

「ここだ」

 監視所にたどり着いたマヤは、さっそくマッシュが言っていたバニスターの偵察部隊のことを尋ねた。

「へえ、こんなにはっきり見えるものなんだね」
 
 マッシュに言われるままマヤが覗き込んだ魔石の中には、黒を基調とした服に身を包んだ、数人の男たちが映っていた。

「でもさ、この人たち本当にバニスターの偵察部隊なの? 普通の人にしか見えないけど」

「まあそうだろうな。そもそもどこの世界にそれとわかる偵察部隊がいるのだ。偵察部隊というのは一目でそれとわかる格好などしていないものだ」

「なるほど、確かにそうだね」

 偵察部隊が偵察部隊だとわかるような恰好をしていては、偵察などできるわけがない。

 敵味方が入り乱れる戦場で戦うわけではないのだ、それとわかる服装をする必要もないのだから、周りに溶け込める服装の方がよいに決まっている。

「じゃあどうしてマッシュはこの人たちが偵察部隊だってわかったの?」

「どうして、と言われると言葉にしにくいが、しいて言うならこいつらの身のこなしだな」

「身のこなし?」

「森の中を歩いているというのに全くペースが落ちていない。簡単なことのように思えるが、森の中を移動するのは訓練していないと案外難しいのだ」

「なるほどね」

「それで、こいつらだが、どうする?」

「うーん、どうしようね……」

 マッシュが地図に表示している偵察部隊の現在位置は、キサラギ亜人王国の国境を越えるか越えないかといったところだ。

「ちなみに、ここから魔物を操ってやっつけちゃうのはあり?」

「まあなしではないだろうな。一番波風が立たない方法でもある」

 マヤの提案に対し、マッシュの返答はどこか歯切れが悪かった。

「なんか問題があるの?」

「いや、問題というわけではないのだがな、魔物にやられた場合、バニスターにうちの国がしっかりと国境を守っているということが伝わらんかもしれん」

「そこら編の魔物に襲われてやられた、ってことになっちゃうわけか」

「そういうことだ。もちろんお前が行ってその場で強化魔法を使えば解決だけどな」

「うーん、まあそれでもいいけど、それならさ、せっかくだから精鋭部隊の候補生達に行ってもらおうよ」

「大丈夫なのか?」

「大丈夫じゃない? その偵察部隊の人たちって、そんなに強いかな?」

「いや、見たところそこらの一般兵よりは強いだろうがその程度だな」

「じゃあ大丈夫でしょ。さっき見た感じだとファムランドとレオノルさん相手にそこそこ戦えてたみたいだったし」

「ふむ、それならまあ、問題はないだろう」

「よし、じゃあ決まり。せっかくだから、今回の作戦がうまくいったら、候補生の皆を正式に精鋭部隊の隊員ってことにしてあげよう。部隊名は何にしよっかなあ」

「やれやれ、相変わらず呑気なやつだ」

 いろいろな部隊名をつぶやきながら、マヤたちが魔石を覗き込んでいた監視所の監視室の隣の仮眠室に入ってベットに寝転がるマヤに、マッシュは苦笑する。

 ドワーフの里からの長旅で疲れていたのだろう、部隊名をつぶやくマヤの声が少しずつ小さくなっていった。

「マヤ! 寝ても構わんが、バニスターの偵察部隊とうちの候補生達が交戦し始めたら起こすからな!」

「ふぁーい……」

 マヤの返事を聞いたマッシュは監視所の出て、ファムランドとレオノルのところに向かったのだった。

***

「おいマヤ、そろそろ起きろ」

 マッシュは監視室から隣の仮眠室に入ると、ベットで静かに寝息をたてるマヤの胸に跳び乗り、その頬を前足で叩いた。
 
「ふぁああああ……。おはよう、マッシュー……。わー、もふもふだー」

「おい! やめろ、何を寝ぼけて、こらっ! 前足をもふもふするな! このねぼすけ!」

 寝ぼけてマッシュをもふもふするマヤに、マッシュは最終手段としてマヤの顔全体に覆いかぶさる。

 最初、マッシュのお腹のもふもふに幸せそうにしていたマヤだったが、すぐに息が苦しくなってもがき始める。

「んぐっ!? んんんんんんー! ぷはっ!」

「目が覚めたか?」

「……うん、おはようマッシュ」

「うむ、おはよう」

「もう朝?」

「忘れたのか……バニスターの偵察部隊をうちの精鋭部隊の候補生で迎え撃つ、ということだっただろう?」

「ああ、そういえばそうだったね! 起こしてくれたってことはもう交戦しそうなの?」

「ああもうすぐだ、と言いたいところだが、お前が私をもふもふしている間に始まったようだ」

 マヤは胸に乗っているマッシュをそのまま抱っこすると、監視室に移動した。

 監視室では、マヤが寝ている間に監視所にやってきたオリガが魔石の映像を壁に投影プロジェクションで大きく映してくれていた。

 その隣にはオリガと一緒に来たのであろうカーサの姿もあった。

「マヤさん、おはようございます」

「マヤさん、おはよう」

「うん、おはよう2人とも。それでどう、うちの候補生たちは」

「それが……」

「うん……」

「えっ! もしかしてやられちゃいそうなの?」

 もしかしてまだ実戦投入するのは早すぎたのだろうか、とマヤの胸に不安がよぎる。

「いや、そうではないようだぞ?」

「うん、マヤさん、勘違い」

「はい、お二人の言う通りです。候補生達は圧倒的強さでバニスターの偵察部隊を倒していっています」

「なんだ、そうなんだ。よかったあ~」

 マヤも落ち着いてオリガが大きく映してくれている映像を確認すると、確かに精鋭部隊の候補生達が、バニスターの偵察部隊に一方的に攻撃していた。

「それにしても、バニスターの偵察部隊にしては弱くないですか?」

「そうなの?」

「いえ、私も見たことはないので、実際はあの程度なのかもしれませんが、一般にバニスターといえばすぐに戦争する国家で、そのせいもあって軍が強いイメージなんです」

「確かにそうだな。バニスター軍とはこの程度なのか?」

「なるほど、本当はもっと強いんじゃないか、ってことね」

「そういうことです。とはいえ、候補生たちもそれなりに強くなっていますし、そのせいかもしれません」

「カーサとオリガにボコボコにされてたのに?」

「それは……」

「ごめんなさい、ちょっと、やりすぎた」

 マヤにからかわれ、2人は恥ずかしそうにうつむいてしまう。

 2人もドワーフの武器が嬉しくてやりすぎてしまったのかもしれない。

「まあでも、とりあえずバニスター連中は追い払えたみたいだし、今は一件落着、ってことでいいんじゃない?」

 マヤがそう言ったちょうどその時、殿のバニスター兵が魔石が映し出すキサラギ亜人王国の領土から姿を消したのだった。
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